8・愛すべき小鳥 その5
ちょっと短めです。
「そんな・・・『王の盾』がただ初代の為だけに存在していたなんて。ワタクシ、常識が崩壊しそうな気分」
魔女の家にて、真実を知らされた者達は概ねカレンデュラと同じ気分だった。
「ヤマダが初代の娘だったとは・・・」
サイラスの言葉に魔女が神妙な顔をして応える。
「意図して選んだわけじゃない。力を求めて引き寄せた結果そうなった」
「だが、それも納得がいきますね。初代の娘なら、その力もまた大きいはず。時間も超えて引き寄せられたのも、また運命」
「本来なら、俺と魔女、そしてヤマダだけでことを進める手はずだった。お前達には、全てが終わってから真実を伝えてこちら側へ巻き込もうと思っていたんだ。・・・そして桃姫、お前には真実を知らせず日向を歩いていってもらう予定だった」
ラズーロ王子が桃姫の手を取って引き寄せた。引き寄せて、切なそうに眉をひそめて自分の額に当てた。その姿は、まるで許しを乞うているようだ。
桃姫はぎゅっとクチビルを噛んで俯いた。でも、それも一瞬のこと。
ぱっと顔を上げた桃姫は両手で王子の頬をはさんだ。
「王子、私はそんなに弱くないんだから。貴方とこの国を守っていくって決めたの。その覚悟をなめないで。本当のことを知ったって、この気持ちは変わらないんだから!」
「強いな。俺のパートナー殿は」
(その明るさが、この国を支える。彼女が『王の盾』で良かった)
弱々しい表情も、桃姫の言葉に切り替わる。
「して、魔女。今後の算段は?」
「バカ猫の話では、ヤマダの魂は今傷付いて疲弊している。カンパールの獅子王とこの国を目指しているなら、戻ってくるまで待ってもいいと思う。ウサギが動いたとして、数日でまた仕掛けてきはしないだろう。カンパールの方はやっかいな荷物を運んできているようだし。仕掛けてくるのは、獅子王の到着後だろうよ。その間、私は盾のお嬢さんの訓練をする」
「私の?」
「あんたも今のままで結構な力はあるんだがね。ウサギが何か仕掛けてきても対処できるようにしとかないと。それでも付け焼刃にしかならないかもしれないが」
「やります! ヤマダさんだって頑張ってるんだもの。私も頑張ります。アデリアさん、お願いします!」
「俺たちは・・・まあ、できることもないし、今のところは静観するしかないか」
さて切り上げるか、そう立ち上がりかけたところでディエルゴ騎士団長が声をあげた。
「俺はヤマダを迎えにいきます」
ほお、と王子が方眉を上げる。その顔は面白いものを見たという表情を浮かべている。
「待っていてもいずれ戻ってくるぞ? しかもあいつは記憶が飛んでいるらしいじゃないか。回復すれば黒猫が力ワザで記憶を戻させるらしいが。今行っても、お前のことが分からんかもしれん。それに、お前には騎士団長としての職務があるだろう?」
「傷付いているのなら、ヤマダは必ず俺を待っています。職務があるというのなら、今ここで辞職します。俺は行かないといけない。今行かないと、手遅れになりそうな気がするんです」
彼が騎士団長であることに誇りを持っていることを王子は知っていた。
(それがこうも変わるか)
「どうせしばらくは大きな行事もないですし、行っても良いのではないですか? 有休も溜まっていたでしょうし」
ヒューバートが口を挟む。桃姫以外には厳しい彼もヤマダを追いたい一人ではあった。
(しかし、私が行くよりも彼が行った方が良いでしょう)
ヤマダはディエルゴに懐いている。自分が行ったところで「誰?」と言われるのが落ちだ。それはショックを受けそうなので避けたいところだ。反してディエルゴは、「誰?」と問われても気にしなさそうだ。
ヤマダに記憶があろうがなかろうが、ただその顔を見たい一心なのだろう必死さが伝わってきた。
「ふん、好きにしろ。ディエルゴ、お前は今から休暇だ。好きにどこへでも旅しに行けばいい」
もう少しからかいたい気持ちはあったが、ヒューバートは止めるし、これ以上突くと本気で辞められかねなかったのでそう申し付けた。
※ ※ ※
『―――――そんなわけで団長さんと一緒に来たんだけど、来て良かったよ。来る途中で、大きな力を感じたと思ったら、そこらじゅうの木々は元気になるし、冬なのにタンポポが咲いて綿毛が飛び出すし。外に居た他の人達は奇跡だって喜んでたけど、こっちは君が死んじゃうんじゃないかと思って、心臓バクバクだったにゃ』
そんなことがあったのか。
そこまで大事に思ってくれるディー団長に改めて胸が暖かくなる気持ちだ。
(だけどね、それとこれとは違くないかな?)
「あの・・・いい加減、降ろしてもらえませんか?」
先ほどからキティに話を聞いていたのだが、それはディー団長に抱き込まれたままの形で行われていた。
キティも陛下も突っ込んでくれないため、自分で突っ込むしかない。
「気にするな」
「気にします」
「こっちに来るか? 小鳥」
「陛下は黙っていてください!」
ちゃちゃを入れるのは止めて欲しい。陛下の言葉にディー団長が抱きかかえる腕に力を込めた。
(うぐっ。く、苦しい)
『騎士さん、それ以上やると窒息しちゃうにゃ』
「す、すまん」
そう口に出しても、ディー団長が私を離してくれることはなかった。どこか不安そうで、思い詰めているような雰囲気に首を傾げる。
(こんなディー団長は初めて見る)
「いえ、大丈夫ですけど・・・・」
ディー団長がわたしの肩口に額を付けて、ふうっと息を吐いた。
「また『大丈夫』か。まったく、お前は心配させる」
「すみません。これが口癖で」
「目を離すとすぐに傷付くのに、何もなかったような顔をして・・・・・・もう少しだけ、こうさせていてくれ。お前に触れて、体温を確かめていないと安心できない」
ディー団長にとっては、気をかけていたわたしが不意にいなくなるわ、やっと見つけたと思ったら死にかけてるわで、キティの言葉ではないが心臓が止まる思いだったのだろう。
でも、ここまでわたしのことで不安に心を揺らす姿を見てしまうと、こう思わざるを得ない。
「やだなぁ、ディー団長。わたしはこうして無事でいるし、大丈夫ですよ。そんなに不安になるなんて、ディー団長ってばまるでわたしのことが好きみたいじゃないですか」
もちろん冗談のつもりだった。ディー団長の気が紛れればいいかな、なんて思ってましたよ。
しかし、わたしの言葉に、ディー団長はひどく驚いた顔をした。
「えっ」
『えっ』
「小鳥・・・」
『君・・・・』
「なんとなく鈍いなと思っておったが、よもやここまでとは・・・」
「えっ、あの、冗談のつもりだったんですが」
私の背中にタラーっと冷たい汗が流れる。次に頬が熱くなり、ついでに耳まで熱くなっていく。
ぎ、ぎ、ぎ、と顔をディー団長の方に向けると、合わさった瞳に熱が宿っているのが分かった。
「俺も常々そう思っていたが、痛みだけでなくこっち方面もそうとうなものだったみたいだな」
ディー団長の薄茶色の瞳が近づいてくる。
「ここまでしないと伝わらないか?」
ゴツゴツとした剣ダコのできた、それでいて綺麗な手が頬に添えられ、暖かなクチビルが降ってきた。
あまりに近くて閉じた目蓋に、ディー団長の手を外そうと重ねた手に、指に。
心臓がバクバクして、このまま激しく動き続けたら止まってしまうんじゃないかと思えるほどだった。
「妬けるな」
もうすっかり獅子の顔に戻った陛下が呟く。
『陛下もアチチできる相手を探せばいいにゃ』
「気の遠くなる話だな」
(いや、そこ。見てないで止めてよ!)
そう叫びたかったが、キャパオーバーになった私は、プシューっと頭から湯気を出すしかできなかった。
ディー団長のクチビルが次々に場所を移動していく。頬に、眉間に、そしてわたしのクチビル・・・・・のぎりぎり端っこに。
「もう少し待つつもりだったが止めた。お前は自分を大事にしなさすぎる。お前を想う相手もいるのだと知れば、その無鉄砲さも少しは直るだろう」
「ぜ、善処します」
かろうじて出た言葉がそれだった。
ディー団長、ちゅっちゅしまくったみたいだけど、山田のクチビルは守りました。
(陛下の「愛してる」はすんなり受け入れられる山田だけど、自分が想う相手の「好き」は受け入れづらいのを知っているから)




