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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
獅子王とさえずる小鳥編
86/95

7・愛すべき小鳥 その4

 カンッ カッ 

小気味いい剣のぶつかり合い。

陛下は鍛えられた体躯を生かした力強い振りをし、対する騎士は俊敏な動きでそれを受け流しては剣を差し込む。

(誰・・・?)

騎士はパワー型の陛下の重い剣を両手の握りの剣で受けるときは、さすがに体を弾き飛ばされるのだが、その力を利用してアクロバティックな動きで衝撃を緩和してすばやく斬り込む。

キィィーン

合わさった金属が清涼な空気に鳴り響いた。

まるで演舞のような2人の剣戟に、わたしは声も掛けることが出来ず、ただ見惚れていた。

斬り結んでは離れを繰り返し、もう数分が過ぎようとしているが、2人に疲労の色は見えなかった。


(わたし、この人を知っている)


今はわたしの様子を見て怒っているようだが、いつもは爽やかな笑みを浮かべて、みんなに慕われる人だ。

(優しくて、頼りになって、わたしが泣いたり沈んだりしたときは優しく手を差し伸べてくれる人・・・)

でも、どうしても名前が思い出せなくて、哀しくて目から溢れた涙が床に零れ落ちた。

『気付いて良かった。大変だったね』

黒猫がわたしの膝の上に乗ってきて、ペロリと頬に付く涙を舐め取った。同時に蜘蛛の糸のように細い限りなく透明な白くて優しい力がわたしの身体を循環して消えていった。

『初めからこうしてれば良かったんだけど、記憶が飛ぶほど魂が傷付いてたから・・・無理をするよりも、君の魂の休息時間が必要だったんだ。でも君は本当に無茶をするよね。ま、獅子王の力に触れたおかげで随分と力が飛躍的に成長したみたいだけど』


「キティ・・・」

霞がかってたどり着けなかった名前にようやく手が届いた。

さっき、引き込まれた白い光の中で見たのはわたしのお父さん。小さい頃のわたしのヒーロー。

そして今、陛下と剣を交えているあの人の名は、


「ディエルゴ・リュディガー」


剣が合わさった瞬間、一気に音が失われた聖堂にわたしの小さな声は響いてはっきりと彼らに届いたらしい。斬り結んでいたディー団長の殺気が一気に成りを潜める。陛下もそれに気付いたのか、「まあ、これまでか」と剣を収めてくれた。


剣を鞘に収めたディー団長が近付いてくる。わたしはディー団長に向けて腕を伸ばした。小さい頃、泣いたわたしを迎えに来た父に対してしていたように。

「ヤマダ。迎えに来た。一緒に帰ろう」

力強く抱きしめてくれたディー団長に、胸が苦しくて痛くてその首元に回した腕に力を込めて顔を摺り寄せた。


『残念だったね陛下。彼女の想いを受けられなくて』

「まあよい。小鳥が喜ぶならそれで」

重い剣を収めながら陛下がキティに応える。

『後で落ち込んじゃわないように教えといてあげるにゃ。せっかく人に戻れたみたいだけど、それあと1時間としないうちに元に戻るよ。彼女は君を愛したわけじゃない。君の血にかかった呪力を拡散しただけ。君が愛を知ったことと、彼女の変換の力の作用による一時的な効果だから』

「ふむ、そうか」

さらっと衝撃的なことを言われた割に、陛下の方はそんなに気にしてはいないようだった。


キティの言葉に妙に納得がいった。「触れてはならん」と拒絶の言葉を口にしながらも、あの獅子の力はわたしを受け入れてくれていたように思えたからだ。

(多分、そうでないともっと酷いことになってた)

自分の血の流れを汲む者が哀しんでいることを察知して、わたしの力をあえて受け入れ、わずかの間陛下の姿を元に戻したのではないだろうか。


『意外と平気なんだね』

「人であることを認識できただけマシだ。今後人に戻ることがなくとも、己の本質が獣でないことが分かったのだ」

陛下の視線がわたしの方に向けられる。


「愛されずとも、余は余の小鳥を愛せたことを嬉しく思う」


その言葉にわたしはうずめていた顔を上げた。

陛下が笑っていた。慈愛に満ちたやわらかな笑みだった。

(わたしはこの笑顔を忘れない。愛を返すことはできないけど、どうかこの人が愛を得られますように)

ここは聖堂だ。

信仰心のないわたしでもこの世界の女神様に願いが届くかもしれない。そう切に祈りを捧げた。


「ごめんなさい陛下。元に戻してあげることができなくて」

謝ると陛下が、今度はからかうような笑みを浮かべてわたしの手を取った。

「よい。気にするな。だが、そうまで言うなら・・・どうだ小鳥、余を愛してみるか?」

「いや、それはちょっと・・・」

言いよどむと、ディー団長がわたしを包む腕に力を込めて陛下から引き剥がした。

「いいえ、ヤマダは俺と国へ帰るので。陛下は他に相手を探してください」

再び殺気を織り交ぜた視線で陛下を見るディー団長にわたしは焦った。

「駄目です、ディー団長。仮にもこの方は一国の主ですよ! 喧嘩を売って国家間問題になったらどうするんですか!?」


(先ほど剣を交えたことだって、もう既にアウトな気もするけど)


わたしの制止に、キティが割り込んできた。

『国家間の問題にはならないよ。だって、今、騎士さんは騎士じゃなくて一介の旅人だから』

「ん? どういうこと?」

いつの間にディー団長は旅人にジョブチェンジしたのだろうか。

『そうそう聞いてよー。大変だったんだよ。君がいなくなってから、騎士さんはイラつくし、魔女は恐いしで。もう胃に穴が開きそう』

そう言って、ふにゃーと大あくびをするキティ。「どこが胃に穴が開きそうだ」というツッコミは堪えて、

「何があったの?」

と尋ねると、前足で毛並みを整えながら(本当にこういうとこ猫だよね)キティは教えてくれた。

『えっとね。君を飛ばしてから王都に戻って、魔女に放り出されて―――――』


 ※ ※ ※


時間は少し遡る。

ヤマダが記憶を失い、カンパールの皇帝陛下に鎖で繋がれた数時間後のこと。

王宮の東側、魔法研究所の敷地内、魔女の邸宅には続々と人が集まり始めていた。


始めはラズーロ王子。

彼は魔女アデリアに呼び出されて、ヤマダの不在を知らされていた。

「ウサギの動向が気になるところだな」

ヤマダが普段の掃除をしているとはいえ、乱雑な書籍が積み上げられた机のわずかなスペースに肘を置いて思考する姿は、いつものバカをしている王子とはまた違って見える。

「気を付けろ王子。下準備としてオルンハイム家の坊やに近付いたとはいえ、今回は接触が早すぎる。ヤマダの存在が知られてしまったし、いずれ今代の『王の盾』に接触してくるぞ。悪くすれば、ヤマダの力が成熟しないうちに事を始めなければならない・・・」


 バタン


「王子、アデリア様。今の話、いったいどういうことですか!?」

乱暴に扉を開けて侵入してきたのは、ディエルゴ騎士団長。

彼は、やはりヤマダの不在が気になると、再び仕事の合間に魔女の家を訪れることにしたのだ。

(ヤマダに関しては、動物並みの嗅覚だなこいつ)

魔女はそう思った。


 コンコンコン


「アデリアさん。私、変な子に会って・・・」

「もしかしたらヤマダの身に危険が及ぶかもしれません!」

次にやって来たのは桃姫とフェイト。

フェイトと共に帰ってくる道中、力を求めてウサギが自分に接触してきたということは、自分以上に力がある彼女にも何かしら動きを見せるのではないかと思い、2人してここへ来たのだ。

彼女に残る力の残滓を感じ取ったアデリアが焦りの表情を浮かべる。

「王子、もう接触済みのようだぞ」

「そうか。それはまた分の悪いことだ。まあ、いい。2人とも入って来い」


 コンコンコン


「アデリア様、いらっしゃいますか? 少しお話を聞かせていただきたいのですが」

続いてのノックはサイラス。

ユネスに譲られた日記を読んで、過去を調べ始めた彼は、長年この王宮にいるアデリアに話を聞きたいと思い、やって来たのだ。

「今度はサイラスか」

王子は頭が痛くなってきた。

(秘密裏に事を進めていくはずが、徐々に内情が漏れ始めている。ウサギの登場を皮切りに本当にやっかいなことになってきたな)


 バタン


「ヤマダはいますか!?」

再び扉が乱暴に開けられて、今度はヒューバートとカレンデュラが入ってきた。

黒猫に「王宮へ」と言われた彼は、カレンデュラと共に各地の神殿にある移動陣を乗り継ぎ、急ぎ王宮へと戻ってきたのだ。

一番の確認に、消えたヤマダの所在を明らかにせねば、とヤマダを預かる魔女の元へと走ってきたのだ。

めずらしくその襟元が緩められていた。

「ハア ハァッ。まったく、移動陣の乗り継ぎのうえ走らされるなんて、身体がフラフラしますわ」

なんとか兄の後を付いてきたカレンデュラは息も絶え絶えである。


ここまで来ると、魔女の小さな家は人でぎゅうぎゅう詰めとなった。

それぞれが各々の理由で、そして終着する先は一つとなって一同に会した。


そして最後。

 パッ

何もない空間から現れた黒猫が、不吉な知らせを持ってきた。

『ヤバイにゃ。あの子を見つけたのはいいけど、魂が傷付いて記憶がぶっ飛んでるにゃ。ついでにカンパールの獅子王に超気に入られてるにゃ』


「「「どういうことだ!?」」」


女性陣は息をのみ、男性陣は声を重ねて疑問を口にした。


『あれっ? キティ、タイミングを間違っちゃったかにゃ?』


「・・・・・カオスだな」

王子は机に肘をついていた体勢から、頭を抱える体勢に切り替えた。


それはいつもの周囲を困らせて遊ぶ王子らしからぬ体勢であった。






みんなが事情を知ることになっていく・・・。

そろそろクライマックスへ行きたいところです。

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