3・揺らぐ目標
とても不思議な空間だった。
紫色の天幕のテント、机の上には大きな水晶とゆらゆらと煙を吐き出す香炉。
私は丸イスに座り、後ろにフェイト君が立っていた。
赤いルビーの瞳が瞬く。とても澄んでいて、キラキラと澄み過ぎてとても怖いと感じた。綺麗過ぎる水の中で生物が息をできないように、その瞳が綺麗過ぎて呼吸が苦しかった。
頭がぼーっとする。
「おいチビ、今のこと本当なのか!?」
「ボクは本当のことしか言わないよ、小さな騎士さん」
にっこりと笑っているのに、歪んで見えた。
(私は道具なの? ただ、生きてここにいればいいだけの力の器? 今まで頑張ってきたのは無駄なこと?)
築いたものがガラガラと音を立てて崩れていく。
「不安だよね。『王の盾』なんて大層な名前を付けられたのに、それがただの飾りだったなんて。しかも必要なのは君じゃなくて、誰でも良かったなんて・・・」
水晶に手をかざすと、その中に像が結ばれた。
「逃げたくても、この国の人間はそれを許さない。勝手な妄想を膨らませて、身勝手な願いを託すんだ」
たくさんの人の顔があった。
声が聞こえる。
「盾様。我々に平和を」「王に守りを」「国を光へと導く守護者」
その期待が重くて、耳をふさいだ。
「ボクなら助けてあげられる」
白い手が差し伸べられた。ふさいだ隙間から甘い声が耳に入ってくる。
「苦しいよね。不安だよね。ボクが楽にしてあげようか?」
手が震えた。ゆっくりと耳から離して、その手を取ろうとしたら、
パシッ
手が握られた。
冷たくなった私の手に暖かさがじんわりと熱が伝わってくる。
「必要ない!」
フェイト君が睨んでいた。
「ふーん。ま、いいよ。また来るから。よく考えておいて」
それを最後に、白銀色の髪の子供の姿が目の前から消えた。
※ ※ ※
サラサラと河が流れる。
私は王都の大橋の上でじっと水の流れを見つめていた。
「モモコ、城の奴ら心配してんじゃねぇの? 帰らなくていいのかよ」
「・・・・・」
「おい、聞いてんのか」
「どうしよう。・・・私、耳をふさいじゃった。何のために『王の盾』が存在するのか分かんなくなって」
バシッ
頭を叩かれた。
「なに揺らいでんだよ。確かにこの国の人間は『王の盾』に過剰な期待を持ってる。けど、そこにいるだけで安心できるんだよ。『王の盾』がいるから、自分は明日も頑張れるって思えるんだ。そのお前が胸を張ってないでどうすんだよ!」
後ろを振り返る。
フェイト君が腰に手を当てて、真っ直ぐに立っていた。
その横を荷物を抱えた人が歩く。子供達がお菓子を持って走る。荷馬車が後ろに人を乗せてポクポクと進む。
いつかの高台での王子の言葉が耳にこだました。
「ここは俺の気に入りの場所でな」
そのときは深く考えていなかった。ただ、綺麗な景色だと思って王都を見た。
(王子の言う「景色」とは、人の生み出したもの。人の営みそのものなんだ)
なんて事ない日常。それを守るために『王の盾』は存在する。
「重いね」
ぽつりと呟いた。
「でも、立派な『王の盾』になるって言ったのは本当だから。揺らいでる場合じゃないよね。
『王の盾』で居続けたい、みんなの期待に応えたいって思ったのは私の願いなんだから」
「ウソならお前がマコトにしろよ。王様を守って、国を守って、本物になれよ。誰でもいいなら、お前が『王の盾』になれよ。どうせもう一人はやる気なんてないんだし」
その言葉に、フェイト君も山田さんの力を知っている事が分かった。
「フェイト君も知ってたんだ。山田さんに力があること」
「ヤマダは力はあっても、そこに意志がないと無駄だって教えてくれた。お前の目標は『王の盾』という立場にしがみつくことじゃないだろ。立派な『王の盾』になって、みんなを守るってのがお前の目標なんじゃないのか? だったら、その立場を逆に利用してやれよ。易々と使われてやるな。精一杯抵抗して、自分のやりたいことのためにその立場を使えばいい」
(私のやりたいこと。王のパートナーとして『王の盾』として、この国のみんなを守ること。誰か一人の為に使うんじゃない)
「俺は騎士になるのが目標だけど、それは騎士という立場が欲しいからじゃない。みんなを守りたいって願いを叶えるのに適しているから騎士になるんだ」
「立場を利用する・・・」
何だか悪者みたいだ。
でも、脈々と続く『王の盾』達は、知っていたかどうかは分からないけど、立派にその役目を果たしてきた。その場にいればいいだけの人形で終わらなかった。だからこそ、人々がこちらに向ける瞳には多大な期待が含まれているのだ。
(大事なのはその始まりや目的じゃない。死んだ後、力をどう使われようとどうでもいい。私が生きている今、何が出来るのか考えないと。その役目を途中で放棄しようとするなんてもってのほかだった)
「私、まだ何もしてなかったね。騎士になったり、『王の盾』になったり、それはまだ目標の途中なんだよね」
あの場にフェイト君がいてくれてよかった。そうでないと、あの子の手を取っていたに違いない。
そして何も出来ないまま、楽になって、後悔していただろう。
「ヤマダの目標って何か知ってるか?」
そういえば山田さんのしたいことって何か知らなかった。「ううん」と首を振ると、フェイト君は苦笑して教えてくれた。
「表に立たず、平穏無事な生活を送ること。あいつ、表に出るくらいなら舌を噛み切って死んでやる!って力説したんだぜ」
「あははっ。山田さんらしい」
「だから、あいつの為にもお前が表に立っててやれよ」
「学芸会の主役を嫌がる子みたい」
確かに山田さんは裏方でバシバシ働いているイメージが強い。一生懸命に舞台の装置や衣装を作って、舞台が成功すると嬉しそうに笑うのだ。
フェイト君が何を思い出したのか、その口元を緩める。
「でもな、あいつは他人を守るためなら簡単にその身を差し出すくらい強いんだ。盾がなければ自分が盾になるくらい。あいつにとっては立場なんて邪魔なだけなんだ。でもそう思える奴は少ない。俺はそんなあいつの強さに憧れる」
「うん、分かる気がする」
「そんな奴が裏方についてるんだって思ったら、何とかやっていけそうじゃね?」
私が『王の盾』で居続けたい、と泣いたとき、山田さんは「みんなを守ろうと思える桃姫は強い」と言ってくれた。そして自分は知ってる人しか助けられない、と苦笑して言った。
その「知ってる人」の中に(おこがましいけど)私も含まれていると思う。きっと困ったら、全力で助けに来てくれるのだ。
(私は一人じゃない)
そう思ったら、頑張らないといけないなと心が奮えた。
「一つお願いがあるんだけど」
フェイト君の手を取ってお願いをする。
「ダイジョウブって言ってくれないかな?」
ふうっと溜め息をつかれる。
(あっ、また溜め息)
でもそれは否定する為のものじゃない。わたしのお願いを聞くかどうかの選択をするときの彼の癖。少しの間を置いて思考するのだ。
(今、気が付いた。何だ、そっか。断る理由を探してるんじゃないんだ)
「ダイジョウブ」
フェイト君はたどたどしい日本語で言ってくれた。同時に握った手にほんの少しだけ力が込められる。それだけで天にも昇る思いがした。
「ねぇ、ぎゅっとしていい?」
「えっ、それは嫌!」
「即答っ!?」
本当に嫌そうに言われたのでショックだった。へこむ私を置いてフェイト君が歩き出す。
どこへ行くのか聞いたら、「王宮」と一言だけ返ってきた。
(送っていってくれるんだ)
嬉しくなって、小走りで近づいて横に並んで歩いた。
「えへへっ」
「何笑ってんだよ。気持ち悪い」
笑っていて気持ち悪いと言われたのは初めてのことだった。私が笑ったらみんな笑顔で返してくれるのに、フェイト君は他の人と大分違うと思う。
でも、どんな言葉や態度だって私にくれるものは全て嬉しいと思った。その全部が私という一人に対して考えて発せられたものだからだ。
「フェイト君は私が『王の盾』として胸を張っていたら嬉しい?」
駄目もとで聞いてみる。
「俺はお前じゃいまいち不安」
(やっぱり違う)
言われた言葉は多少は胸にチクリと刺さるけど、けど「まだ頑張れ」って言われているみたいで嬉しくなって、また「えへへっ」と笑った。
フェイトは桃姫攻略に対してだけはチート。
全ての行動・発言が高感度UPにつながります。




