2・桃色の想い
今回は桃姫の話です。
[桃姫視点]
カンッ カンッ
目の前で男の子達が剣を合わせる音が断続的に鳴る。
私はそれを見ているようで一人の男の子にずっと焦点を合わせていた。
(フェイト君の剣が一番上手)
他の男の子達が型通りなら、フェイト君のそれは型通りでいて自分の流れを持った剣さばきだった。
力の入れ具合、逆に力の抜き具合も王宮で見る騎士達と比べても遜色ない。
何故、私がフェイト君の剣の稽古を見ているかと言うと、「見たかったから」。
これに尽きると思う。
時間経過を述べるなら、事は今朝の出来事から始まる。
山田さんが現在アデリアさんの用事を言付かって王都を出ているらしい、と団長さん経由で聞いたのが今朝のこと。
でも、団長さんはそれを訝しんでいた。
「今朝方、別れたときには、またあとでと言っていたのに」
と呟いていた。
今朝方というフレーズが気になったけど、そこは突っ込んで聞くのは控えておいた。
(えっ、今朝方って何? 山田さんと団長さんは仲が良さそうだから、何かあったのかな?)
乙女センサーが働いてドキドキしたのだが、人の恋路の邪魔はしてはいけないと思うので聞くのは止めておいた。
(山田さんが戻ってきたら、教えてもらおうかな)
確かに、毎朝の稽古に出られなくなるのに、何の断りもなかったというのはおかしい。山田さんの急な不在に、私も気になって団長さんと一緒にアデリアさんのところまで行った。
けど、「いないものはいない!」と押し切られてしまった。
ちょっと不機嫌気味な団長さんと別れた後、頭に浮かんだのはフェイト君のことだった。
(もしかしたら会えるかもしれない)
そう思って門の前へ行ってみた。
案の定、門の前で山田さんを待っているフェイト君を発見。剣を入れた袋を背負って、壁に寄りかかっている。赤銅色の瞳は今は空を見上げている。この前会ったのはそんなに前のことでもないのに、とても久しぶりに会った気分だった。
本当は「山田さん、今日は来れないみたいだよ」そう伝えてすぐに別れるつもりだった。
「こ、こんにちはフェイト君」
「何だ、モモコか。またヤマダ来れないって?」
声を掛けると視線が私の方へ向いた。それだけで頬に熱がともる。
私を『モモコ』と呼ぶのは彼だけだ。けれども彼の中で私は特別ではない。それが嬉しくて悲しい。
「そうなの。今日は山田さん、来れないみたいで・・・。あの、あのね」
男の子と話すだけでこんなに緊張したのは初めてのことだった。
腕輪が直ってからしばらく会っていなかっただけで何をこんなに緊張しているのか、心臓がバクバクと音を鳴らしているのが分かった。
フェイト君は「なに?」と首を傾げて私の顔を見た。
(フェイト君が私の顔を見てる、みてる、)
顔からプシューっと湯気が出てくるような感じがして、頬を押さえてうつむく。
「何? ヤマダが来ないってのは分かったから、もう行ってもいい? これから剣の稽古だってあるし」
「待って」
この場を去ろうとするフェイト君の腕を引いて止めた。
「私も行ってもいい? えと、私も剣の稽古をしているの。他の人の剣を見たら、稽古の参考になるかなって、思って・・・」
(何言ってるんだろう私・・・)
そう思ったけど、このまま離れるのが寂しいと思った。
ハアッ
溜め息をつかれる。
(あ、きっと駄目って言われる)
涙が出そうになった。私がこうしてお願いしたときの彼の癖だ。どんなささいなことでも、こうして溜め息をついて「他の奴のとこへ行けよ」と言うのだ。
(私は彼に聞いて欲しいのに)
「いいけど、邪魔はすんなよ?」
「えっ。ほんと!? やった!」
仕方が無いなって顔をされたけど、本当に嬉しかった。
(胸が暖かい。嬉しい)
今度は嬉しさで涙が出そうだったけど、ぐっと我慢して「ありがとう」と笑ってお礼を言った。
カンッ カンッ
剣の打ち合いは続いている。フェイト君の相手は彼よりもずっと体格も良いのに、押しているのはフェイト君の方だった。相手の子はその体格を生かして力を込めた打ち合いをする一方、フェイト君はしなやかに剣を動かしてそれを流している。
ガキンッ
最後は相手の剣を弾いて、その首すれすれのところで剣をぴたりと止めた。
「そこまで」
「フェイト君すごい」
ほうっとため息をつく。「剣の稽古の参考に」と言ったが、本当にその姿は参考になった。
良いものを見たと思う。
細身の体の使い方、フェイト君はこれからどんどん成長していって体も大きくなっていくだろうけど、今の自分の力量を最大限引き出す方法を知っていると感じた。
稽古が終わり、孤児院へと向かうフェイト君の後を追う。
「今日はありがとう。すごく参考になった。すごいねフェイト君」
「まだまだだよ。これからもっと訓練して強くならないと騎士にはなれない」
「フェイト君は騎士になりたいの? 何で?」
ふと気になって尋ねてみたら、スタスタと前を歩いていたフェイト君の歩みが止まった。
「あんたは何で『王の盾』になろうと思ったの?」
赤銅色の瞳が私を捕えた。じっとこちらを見てくる瞳に困った顔をした私が映った。
「誰かになれって言われたから? 特別な力があるから仕方なく?」
今まで誰にも聞かれたことのない質問だった。私が『王の盾』であることに誰も疑問は抱かなかったから。
以前、私はどちらが『王の盾』であるべきか、そう山田さんと話をしたことがある。
最初に指名されたのは私だったけど、私より山田さんの方が力が強いと知って、一度はその立場を返そうと思った。
本当は『王の盾』で居続けたかった。何も持っていなかった私が、誰かの役に立てることが分かって嬉しかった。私は『王の盾』になって、初めて自分という存在に誇りを持てた。
そう吐露した私に、山田さんは私の方が向いてるって言ってくれたけど・・・
(でもいつか「何でお前が『王の盾』なの?」って言われるかもしれない)
そんな不安は自分の中にプスプスと燻っていた。それを今、突き付けられているような気がした。
山田さんとの会話を思い出す。
「自信を持たなきゃ」「頑張りなよ」
それらの言葉を反芻する。
「この国が好き?」
(うん、好き)
「この国の人達が好き?」
(もちろん)
「みんなを守るって、その想いだけは力の強弱じゃ測れない」
(そうだよね。この想いだけは誰にも負けない!)
「想いがあるから。みんなを守りたいって。誰に言われたのでもなく、私が『王の盾』になりたいって思ったの」
「ふーん」
「フェイト君は私が『王の盾』じゃ不満?」
人それぞれの思いはあるけど、彼に否定されるのは辛いと思った。
フェイト君の目がすがめられる。まるで見定められてる気分だ。
「いいんじゃない? あんたで。」
ぷいっと前を向いて再び歩き始めた。突然のことだったので、私の足は前に出なくて距離が離れていく。
「同じ」
「えっ?」
「なりたい動機。俺も同じ」
つっけんどんな言い方だったけど、それがフェイト君なりの私に向けた優しい言葉だった。
それが嬉しくて、タタッと小走りに駆け寄って、後ろじゃなくて横に並んで歩いた。
そっと、今は私よりも身長の低い彼の服の裾を掴んだ。一瞬、ちらりとこちらを見たけど、振り払われることはなかった。
フェイト君は私より年が下なのに、時々とても大人びて見える。それは、きちんと目標を持って前に進んで成長していっているからだろうか。『王の盾』としてまだまだだと思う私には眩しく思えた。
(騎士になったとき、私が『王の盾』で居続けたなら守ってくれるかな?)
同時によこしまな思いが頭をよぎる。
(でも、今でも十分格好良いのに、これから成長して大きくなったらもっと女の子にモテちゃうかな?)
「あんまり大きくなりすぎないでね」
つい言葉に出したら、「何それ。嫌味!?」と睨まれてしまった。
慌てて「ち、違うよっ。そういう意味じゃなくて」と否定する。
(あんまり前に進まれちゃうと、追いつけなくなっちゃう)
将来の格好良い騎士の隣に立って恥ずかしくない自分でありたい。
「フェイト君、私、立派な『王の盾』になるからね」
(だから・・・)
掴んだ手にぎゅっと力を込める。
(だから、そのときは私を好きになってね)
目標の中に、好きな人に振り向いてもらう、という項目が追加された。初めて感じる甘くちょっと酸味のある想いに、胸は高鳴る。隣を歩く身長は小さいが(ごめんねフェイト君)大きなぬくもりに足並みが弾んだ。
ツン ツン
ふいに赤いルビーの瞳をした白銀色の髪の男の子に手を引かれた。
「ねぇ、おねえちゃん。ボクとお話しようよ」
改めて決意を固める桃姫にウサギの魔の手が・・・。




