5・小さな騎士 その1
少し、王宮から離れた話になります。
「教鞭を取る」とはよく言ったもの。
まさか本当に鞭打って教えてくれるとは思わなかった。
高校受験の時だって、こんなに勉強はしなかった。
昨夜は、しごきにしごかれた。
眠りそうになると「眠気覚ましに」と例の微妙な異臭のする液体を口に放り込まれ、胃がびっくりして胃痙攣を起こすかと思った。
(おかげで眠らずに済んだけど。)
「二度と飲むか、あんな液体」
ぎゅっとわたしは雑巾を絞った。
師匠が所要があるというので、今日一日は自分の居住スペースを確保するために師匠の家の掃除に当てた。
階段をあがった2階は居住スペースで、師匠の部屋はもとよりわたしに当てられた客室も埃まみれだったので、自分から申し出て掃除に取り掛かることにしたのだ。
昨夜は机に突っ伏して寝てしまったのでそれでよかったが、このまま埃まみれの場所に寝たら、胃どころか肺までやられてしまう。
とりあえず風呂に入りたかったので、まずは風呂掃除から始めた。
入浴を済ませた後、師匠が用意した男もののシャツとズボンに着替え、
本や資料などはまとめて置き、食器類は洗って棚に片づけ、散らかった服や布団は洗って干した。
雑巾で一通り汚れた個所の拭き取り作業を終えた頃にはもう日が落ちていた。
「随分きれいになったじゃないか」
と、師匠からはお褒めの言葉を頂戴した。
その後、師匠と共に食堂へと向かった。
それは王宮の職員用食堂で、もちろんあのキラキラした麗しいイケメン共はやって来やしない。
この王宮で働く者達は師匠のような一戸建ての家をもらえる者は少数派で、寝るだけのスペースを与えられた者だったり、外から勤務しに通ったりする者がほとんどなので、こうした職員用の食堂が兼ね備えてあるのだ。
師匠の家には狭いが炊事場が付いている。
わたしだって簡単な料理くらい作れるが、師匠の炊事場は調合用スペースと化していて、至る所にオレンジや緑、青色といった染みが付いていたので、とても料理をする気が起きなかった。
そのため、今日の昼食もわたしはここにお世話になっている。
夕食のメニューはシチューとパン、サラダ。飲み物は水をセルフサービスで。
熱いシチューのジャガイモをハフハフ頬張っていると、師匠がこう切り出した。
「ヤマダ、今後の予定だがね。お前、明日から孤児院へ行っておいで」
「ふぁい?」
熱々のジャガイモを頬張っているので、まともに受け答えできないのは勘弁して欲しい。
(孤児院とな?)
とうとうわたしは孤児院へ捨てられることになったのだろうか、と寂しく思ったが
「せっかく言語を教えたんだ。こういうのは実地で学んでこそ身に付くもの。
孤児院の子供達と触れ合うことで、更に言語の幅が広がるだろう」
違ったらしい。
どこぞの「英会話学校キャンペーン実施中!」といった風情で師匠は説明してくれたが、
「私もそうそうお前の相手ばかりしていられないからな」
(ボソッと言ったつもりでも、ちゃんと本音が聞こえてますよ。)
体のいい厄介払いがしたかっただけなんじゃないか、という疑念は捨てきれなかった。
翌日は師匠に連れられて孤児院へ向かった。
この世界の孤児院は神殿に隣接して存在し、その神殿に務める者が子供達の世話をしているそうだ。
わたしはそのお世話の手伝いを兼ねて、子供達と触れ合いながら言語を学ぶことになる。
「じゃあな、しっかりやれよ」
と、師匠はサッサと帰っていった。
「とにかく、子供達と仲良く遊んでくれればいいですから」
と、この孤児院の代表の女性(ちなみに名前はマーサさん)に言われ、のほほんと付いくわたしはバカだった。
(何、このことごとく期待を裏切られる感じ・・・。子供ってもっと可愛い生き物じゃないの?)
新参者のわたしはしっかり洗礼を浴びました。
「こちらはヤマダさん。今日から皆さんと遊んでくれます。仲良くしてくださいね」
はーい、とこちらを見た子供達の目がキラキラと輝いていたのは、
「仲良く遊んでくれるお兄さんが来た、わーい!」ではなく、「新しいおもちゃが来たぜ、やっほい!」の間違いだった。
抱きつくと見せかけ締め上げる、引っかく、噛み付くは当たり前。
追いかけっこと称した延々とわたしが鬼のループ。
追いかけた先ではロープを張っていて、しっかり引っかかった。
木の上からは葉っぱと小石と、ついでに虫が降ってきた。
最後には殴り合いの喧嘩に発展し、様子を見に来たマーサさんの登場で引き分けとなり、その日はお開きとなった。
「さっそくやられたか。子供ってのは活発な生き物だからな」
帰ってから、師匠にあちこちにできた傷に薬を塗ってもらった。
「活発どころの話じゃないですよ。あいつら可愛いのは顔だけで、所業は悪魔ですよ、悪魔!」
「明日はどうする?」
一応、師匠なりに気遣ってはくれているらしい。そう尋ねてくれたが、
「もちろん行きますよ。このままやられっぱなしじゃ悔しいですから」
このままでは気持ちが収まらない。
(絶対に服従させて、じゃなかった、絶対に仲良くなってやる。)
と意気込むわたしに
「そうか、まあ頑張れや」
と、師匠はやる気のないエールを送ってくれた。
山田と子供達とのバトル勃発。




