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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
花の歴史編
77/95

11・力の増強

『まだまだ頑張らないと死んじゃうよ?』

キティの言葉は素直すぎて、ときどき胸にグサッとくる。


師匠とキティに協力する旨を伝えてから、わたしの訓練の先生は師匠からキティに変わった。

今している訓練は力の流れを視覚的にとらえるというもの。

『桜の木で感じたのと似ている。意識すれば、私の本来の姿が見えてくるよ。やってみて』


じいっと集中して目の前の黒猫を見つめる。力の流れを追っていく。するとその力がぼんやりとカゲロウのようにたちのぼり幻影のように形をとっていくのが分かった。

小さな黒猫に重なるように、私の倍くらいの大きな黒猫の姿が浮かび上がってきた。

それは数秒間のことで、目に疲労を覚えたわたしはブンブンと頭を振った。

「ふうっ。これ結構疲れる」

『まだほんの数秒だよ。最低1時間は見ていられないとね』

やれやれと金色の瞳で見つめてくるキティの言葉は、そして冒頭の一言へつながる。


『まだまだ頑張らないと死んじゃうよ?力の分離をする為に君には仮死状態になってもらうけど、力が十分に成熟していないと、戻ってこれなくなるからね』

キティによると、わたしの力の成熟度は6割といったところなのだそうだ。

的確に魔力を捕えて大量の流れを扱えるようにならないと、いざというときにわたしの魂ごと消滅する、と言われた。

「てか、仮死状態ってどれだけ大変な状態なの?」

『うーん。正確に言うと仮死状態っていうのは違うかな。力を取り出すときには、身体を一度分解して魂と力が分離した状態になってもらう。力を取り出して、余力でもって自力で帰還しないといけないんだ。そのときに自分の流れを把握できてないと再構築ができなくて最悪魂が消滅しちゃう』

「それって、そうとう大変ってことなんじゃ・・・」

『だから成功の確率は五分五分って言ったにゃ』

(身体まで一旦無くなってしまうなんて、それは・・・)

「あの、それはつまり'仮死状態'っていうか'死んでる状態'って言わない?」

『・・・・・』

「・・・何その沈黙」

 にゃあ

キティが一声鳴いて走っていく。

「あ、こら待て!」

わたしは静止の声を掛けたが、キティは構わずさっとどこかに身を隠してしまった。


「もう。あの気まぐれ猫は」

わたしにとっては相当シビアな状況なのに、キティはその気まぐれな性格で分が悪くなったり気分が変わるとすぐに何処かへ行ってしまうのだ。

師匠に愚痴を言ったら、

「神獣なんてそんなもんさ。たいがいの行動が気まぐれ。加えてアイツはその性質が猫だからな。初代が奴らと友人となったのだって奇跡さ」

なんて言っていた。


仕方がないので、日課のバイトとして王宮の窓拭きをしつつ独自に力の訓練をすることにした。

誰も来ない静かな場所を選んで、一人もくもくと窓を拭きながら意識を研ぎ澄ませてみた。

深く呼吸をする。

吸って、吐いて、吸って・・・・・ドクドクと自分の中を流れる血流の音がする。

(いや、わたしのじゃない。外の木々が、草が魔力を身体にめぐらせて大地に返す呼吸の音だ)

淡い様々な色を持った光が、生きているものの間を流れているのが見えた。

外を歩く人がいる。その身体にも光が流れているのが分かった。その光は生物の教科書に出てくる人の体を巡る血流の図のようにぐるぐると流れている。

(人によって微妙に色が違うんだ)

その人は薄緑色を帯びていたが、隣りにいる人は薄緑だがより黄色に近い光だった。


一人が手を挙げてこちらに向かってくる。

「おーい。ヤマダ」

光に包まれていて顔が見えないので誰か分からなかったが、どうやらわたしの知り合いだったようだ。

集中力を解くと、光が消えてその顔が見えた。さっきまでまばゆかった光を失い、辺りが暗くなったように感じる。

「何、ぼーっとしてんだよ」

わたしに向かってきたのはチックさんとナートさんだった。2人は年も同じで仕事柄ペアを組むことも多いので大抵一緒に行動をしている。だからなのか、見えた光の性質がよく似ているように感じた。

「少し考え事をしていただけです」

「ふーん。ま、いいや。なあヤマダ、まだ仕事が残ってるのか?」

「もう終わりますよ」

ぼーっとしているように見えても手は動かしていたので、窓はピカピカになっている。

ナートさんにそう答えると、チックさんがわたしの肩に腕を回してきた。

「そうか。じゃあ、さっさと終わらせちまって、ちょっと俺達に付き合えよ」

「いったい何事ですか?」

不思議に思って尋ねると、チックさんとナートさんは揃ってふふふっと笑った。


(嫌な予感がするのは何故だろう・・・?)

「やっぱり、わたし忙しいので、」

「お前の参加はもう決定事項だから」

「な、何に参加するんですか!?」

チックさんが拭き終わった雑巾をバケツに放り込んで、ナートさんがそれを片手に持つ。そして二人してわたしを囲んで連行していったのは―――――。


 ※ ※ ※


夕方、とある居酒屋にて。

「「はーい、王都3人娘でーす!」」

「(何でわたしがこんな目に・・・)」

「(こら、ヤマダ。練習どおりに動け!)」

チックさんがわたしを肘で突いてくる。


暖かい料理が次々と並べられていく中、わたしは入り口から入って奥にあるステージの上に立っていた。

女の格好をして。


わたしは2つくくりの黒髪のおさげ、チックさんはオレンジ色の長い髪、ナートさんは水色がかった銀髪のポニーテールのカツラをそれぞれ着用し、フリフリの膝丈のスカートを履いている。

足元は編み上げの茶色いブーツで、スカートとの間に少しばかり肌の露出した部分が見えてしまう。

わたしはよかったが、チックさんとナートさんはそこから見える脛毛を綺麗に剃っていた。

(見てはいけないものを見てしまった気分。うえっ)

『王都3人娘』とは、最近巷で流行の可愛らしい歌と踊りをするいわゆるアイドルグループなのだそうだ。

わたし・チックさん・ナートさんの順でウノ・ドゥエ・トレと言うそうだ。

踊るわたし達に「ウノちゃん、こっち見てー!」、「ドゥエ、ごつすぎ!」、「トレちゃん可愛いー!」などの声が口笛交じりに飛んでくる。


窓拭きの後、連行されたわたしはみっちりと2人にしごかれ、歌と踊りを覚えさせられた。

「もう無理です」

そう泣き言を言っても逃がしてはもらえなかった。

「頼む。王都3人娘は3人揃って初めて成立するんだ!」

「そうでしょうね。3人娘って言うくらいですから。でも、わたしを巻き込まないでください」

「これはディー団長を楽しませるための余興なんだ。せっかくの誕生日なんだ。面白おかしく過ごさせてあげたいだろ?」

まったく知らなかったのだが、今日がディー団長の誕生日らしい。(普段、よく面倒を見てもらっておいて、知らなくてすみません)

今年はそのお祝いとして、みんなで居酒屋に集まり、各自余興を行うのことに決まったのだそうだ。

「お前には才能がある!一緒に完璧な王都3人娘を目指そう!なっ?」

最後にはナートさんのキラキラとしたまなざしに負けた。

3人で肩を組んで、まだ星の見える時間帯でもないのに、「あれがスターの星だ!」と明るい空を指差した。


そして今、わたしはセンターをはって、歌って踊っている。羞恥心は捨てた。

(うん、もう恥ずかしくないよ。むしろ恥ずかしいと思ったら負けだ!)

わたしは普段しないようなニッコリと口角を思いっきりあげたスマイルを作ってみせた。後ろの2人もキラキラとアイドルスマイルを放っている。

 ジャーン

最後の音と共に決めポーズ。

(お、終わった。さっさと着替えを)

 ガシッ

「どこへ行くのウノ。これから握手会なのよ?」

チックさんがアイドルスマイルを保持したまま、わたしの腕を掴んだ。


そこからは怒涛の握手会だった。みんな面白がって列に並んで、わたしやナートさんと握手をした。チックさんっは人気がなかったので、早々に列の整理係にジョブチェンジしている。

酔った勢いで抱きついてこようとする人間には、

「はーい、過剰なお触りは厳禁でお願いしまーす」

と引き剥がしてくれる。

その動作はとても手馴れた人のものだった。

後で知ったことなのだが、チックさんは王都3人娘の追っかけをしているそうだ。

(王都の娘さんたちの憧れの存在でもある騎士がアイドルの追っかけって・・・)


「はーい。ウノ、これで最後でーす」

列の最後に並んでいたのはディー団長だった。


わたしの笑顔が固まる。

(貴方も並んでいたんですね、ディー団長)

「何でまた、そんな格好をしているんだお前は」

呆れたような声が降ってきた。

(そして若干、怒ってますか?)

それでも一応、言っておこうか。わたしはディー団長と握手を交わして言った。


「えと、誕生日おめでとうございます」

ぎゅっと握った手に力が込められた。


(握手というより捕縛された気分なのは何故ですか?)







山田、久々の女装。

ディー団長に捕縛されて次回へ。

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