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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
花の歴史編
75/95

9・花の記憶 Ⅳ その1

[ユネス大神官長視点]

 パチ パチッ

暖炉にくべた薪が小さくはぜる。季節のめぐりは早いもので、もう暖炉で暖をとるような季節になってしまった。

 カタンッ

揺り椅子に揺られているうちにウトウトとして、手に持っていたものが床に落ちてしまった。

「おっと、いかんいかん。」

手を伸ばして拾い上げ、パタパタと埃を払う。


古い日記だ。

年月を経て、自分が年を重ねていくのと時を同じくして徐々に黄色くなり古びてしまった日記。

かつて自分の親友だった人間が書いた日記。

何度も読み返した。擦り切れるほど。

革の背表紙をなぞる。彼女の性格を表したかのような几帳面な文字で名前が書かれていた。


 河田 アヤメ


2代前の『王の盾』の名だ。


パラパラとページをめくり、書かれた文字をたどる。

『―――――私は真実を知ってしまった。虚構の上に成り立つものでも、私はそれを続けていこうと思う。それが私の宿命と信じている。』

強い女性だった。

いつも背筋をピンと伸ばして、隙を見せない生真面目さで王を支えていた。


瞼を閉じて彼女を思う。

再び意識がゆっくりとまどろみの中へ引き込まれていった。


 ※ ※ ※


「――――アヤメ様がそのようなことを気にかけずともよいのですよ。」

彼女は賢く、よく政治も理解していた。これはそんな彼女の事を快く思わない臣下の言葉の一つだ。

「そんなことよりも、もう少し身なりを整えられてはいかがですか?せっかくの美しさがもったいないですよ。」

女は政治に介入してくるな。そんな思いが込められた言葉だった。


彼女は質素な身なりを好み、あまり装飾品は身に着けないたちだった。公務の際はいつも黒い髪をひっつめてお団子にして飾らず、加えて薄い縁の眼鏡が余計に彼女を知的な印象に高めていた。

対する男は指と言う指に宝石をはめ込んだ指輪をし、腕輪にネックレス、目に眩しいくらい着飾っている。


「必要最低限の身なりは整えてあるつもりです。着飾るべき場ではこれでもかと着飾っていますよ。貴方の目を楽しませるつもりはありません。それより、先日提案した案、検討していただけましたか?」

「おや、そのようなもの、こちらには回ってきておりませんが。おかしいですね。」

こんなことは日常茶飯事である。

彼女の案は文書にして回しても、却下されるかそのまま破り捨てられることがよくあった。

「では改めて文書を作成します。」

ニヤニヤと笑ってすっとぼける臣下に、彼女は表情を変えることもなく言い放つ。

「検討していただくまで何度でも作成致しますから。」

ぐっと嫌そうな表情を浮かべる臣下。

「一部だけでは不安ですか?それではまた紛失しないよう、毎日提出することにしましょう。貴方は色々と紛失することが多いようなので。」

その言葉に周囲からクスクスと失笑が漏れた。


会議の後、肩をいからせて出ていく男の姿に溜め息をつく。

「あまり刺激しないでください。貴方は敵を作り過ぎだ。」

「構わん。『王の盾』としてこの国の人間になった以上、私はこの国を良い方向に導いていきたい。私を壇上でただ微笑むだけの人形にしたい者は多くいるが、手伝ってくれるな?ユネス神官。」

彼女を召喚した者として、彼女を教え諭すのが自分の役目だった。

ほうぼうから、「あの『王の盾』はどうにかならんのか」と文句を言われることもあったが、彼女に傾倒していた自分は彼女を支えることを誇りとしていた。

もちろん答えは「是」だ。

「もちろん。」

少しの間もなく応えた。


「ふうっ。まったく、あの男の相手は疲れる。民はテメェの家族だろ。んなことも分かんねぇのか。あいつこそ、男のくせにゴテゴテと飾りすぎなんだよ。気持ちワリイ。」

「アヤメ、本音が駄々漏れです。文官の顔色が青くなってる。」

公務以外では、その口調は悪くなる。新任の文官が、まさか憧れの『王の盾』がそんな口調になるとは、という表情をして青くなっている。


彼女は元ヤンだ。(ヤンキーというのが何なのかは、後で意味を教えてもらった。)

初めてここに来たとき、その頭は黒髪ではなく、キンキンの金髪だった。その衣装は奇抜な赤で色々と複雑な文字が描かれていて、初めは何かの呪術師なのかと思った。(特攻服、漢字というのも後で教えてもらった。)

彼女は家族に恵まれず、それがきっかけで非行の道に走ったのだそうだ。


周りを威嚇する獣のような彼女の教育担当を自分は任された。

任された瞬間、血の気が引いた。

余りの狂犬さに、己の行為を振り返る意味も込めて日記を付けさせた。

後で日記を見て知ったことだが、始まりの方は「ユネス、ムカツク」が8割だった。(他は「侍女、私にビビリすぎ」とか「あの〇〇〇殴りたい」とかだった。)


あるとき、王都を見下ろしながら言ったことがある。

「王が教えてくれた。これ全部が私の家族だって。私にはこの家族を守る責任がある。」

その頃には伸びた金色の髪は切ってしまって、すっかり黒髪に生え変わっていた。

「では、私はその家族を守る同志といったところですね。」

言うと、ふふっと嬉しそうに笑った。

「・・・そうか、同志か。何かいいな、それ。」


自覚をすると早いもので、彼女はメキメキとその頭角を現していった。

元々、頭が良かった彼女は対外的な自分を作り上げ、積極的に政治に参加するようになった。

それを王に成り代わり女帝にでもなるつもりか、と快く思わない者もいたが、反対に支持する者も多くいた。


そんなある日のことだった

王都郊外に視察に出掛けたときのこと。

一人外を歩いていて戻ってきた彼女は青い顔をして宿としている屋敷に入ってきた。

「アヤメ、顔色が悪い。どうかしましたか?」

「・・・・・ユネス。一つ聞いていいか?『王の盾』としての私をどう思う?」

「何をいきなり。」

「いいから答えろ!」

 ダンッ

襟首を掴んで壁に押さえつけられた。その久々の衝撃に頭がクラクラとする。(最初はよくこれをやられていた。)

「・・・・・。」

彼女の瞳が初めて不安に揺れていた。この世界に召喚された瞬間でさえ、そんな目をしていなかったというのに。

「貴女以上に適任の者はいないと思いますよ。」

最初の頃は『王の盾』がこんな奴でいいのか、という思いもあったが、今は真実彼女が『王の盾』で良かったと思っている。

しばらくじっと互いの目を見合っていた。彼女が一度瞼を閉じる。


柱時計がカチコチと秒針を鳴らしていた。


再び開いた先にあった瞳は、もう揺れてはいなかった。

「ありがとう。その言葉だけで充分だ。」

何を思ったのか、突然外へ飛び出た彼女は叫んだ。

「ウサギ、聞いているか!?私の立っている場所がウソでもマコトでも、私は私の役割を放棄したりしない!民を想うこの気持ちは本物だ!この想いだけは偽りではない。分かったら黙って見ていろ!」

「アヤメ、いったいどうしたんですか?」

後を追って自分も外へ出る。

往来を歩いていた人が驚いて彼女を見てきた。それを気にすることもなく、アヤメは空中を睨み付けていた。


『ふーん。つまんない奴。』


自分達の周囲にいた人間が発したものではなかった。直接耳に入ってくるのではない、脳内に反響するようにそれは届いた。

注意深く周囲を観察すると、一つの屋敷の植木に赤い瞳をした子供が腰かけ頬杖をついていた。声を掛けようとした瞬間にその姿はふっと掻き消える。

「今のは・・・?」

「忘れろ。(いにしえ)の亡霊だ。戯言を。・・・ふざけんな。」

それ以降、そのときのことについて触れることは一切なかった。


詳しい経緯は彼女の死後、日記を開いてから分かった。

『占い小屋のような場所で赤い瞳をした銀髪の子供に声を掛けられた。姿は子供なのに、どこか老成したような印象を受ける子供だった。その子供はウサギと名乗った。そいつから『王の盾』について本当の意味を知らされた。

(略)――――真実を知ったところで、私の居場所はもうここしかない。ここが私の居場所だ。(略)――――ふざけんな、あのウサギ・・・何が「真実を知って辛いよね」だ。何が「ボクが救ってあげようか」だ。今度私の前に現れたらシメル。外見が子供でも容赦しない。決めた、絶対シメル。』

最後の方は昔の性格が如実に現れていた。こんなものが過去の『王の盾』の聖遺物にでもなったら国の恥。そう思うと情けなくなって涙が出た。




ということで、残りの1匹はウサギでした。


可愛い生き物の狂気って何か怖い。

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