7・冬の王都 その1
『王の盾』の死因に関与する一つの意志について、二人は教えてくれた。
「他の神獣の意志を引き継いだのは今や2匹となった。そのうちの1匹が暴走している。」
『あいつは待つことに飽きたんだ。力の成熟にかかるのは数年。でも人が死ぬまでは数十年かかる。そんなの悠久の時を生きる私達にとっては、ほんの数瞬のこと。そんな短い時間すら、人の時を知ったあいつには苦痛だった。』
残った2匹に託されたのは、初代返還のための最後の役割。
キティは眠らされている初代を起こすのが役割。正しい方法で起こさないと、初代の肉体が崩れたり、他の予測できない事象が起こる可能性があるのだそうだ。
もう1匹は世界の穴の探知。初代が来た穴、もしくはそれに近い時代の穴を見つけて初代を元の世界に返還するのが役割。
『あいつは200年が過ぎた頃から、力が成熟した『王の盾』をすぐに殺すようになった。人を使ったのはあいつにとっては退屈な時間をつぶすための暇つぶしさ。』
「ゆがんでる。」
(ただ待つことに飽きたからって、殺すことを選ぶなんて・・・。)
「人は玩具じゃない。」
『あいつにとっては大して変わらないよ。あいつにとって特別はただ一人。それ以外は虫と同じ。虫に感情移入なんてしないだろう?本音を言うと、私もどうでも良かったんだ。』
何でもないことのようにキティはペロペロと前足を舐めながら言った。
『あいつが暴走しようが力が集まればいい。そう思って放置してたんだけど、その寿命を縮めてまですることではないと魔女に説得されてね。彼が起きた時に嫌われたくないし。』
「気にするな。神獣なんてこんなものだ。」
わたしの微妙な顔を見た師匠が言った。
『あと1、2代で力は集まる。でも、あと少しの時間すらあいつには待てない。あいつは止まらない。』
「次はどんなことをしでかしてくるか分からない。もしかすると、この国さえ滅ぼさないまでも、それに近いことはけしかけてくるかもしれない。そうなる前に、初代を起こして返還する。そのためにより力の強い者を呼び寄せるように陣に術を加えた。」
「それがわたしですか?」
「ああ。残りの必要な分をお前の力で補う。」
異世界の人間の排除の力は装置の一部。それを集めるためには、死んだ後にその力を取り出すとキティは言った。
「わたしに装置の一つになれと、わたしに死ねと言うことですか?」
「お前には仮死状態になってもらって力の分離を行う。そのための方式は出来ている。」
『でも、五分五分。そのまま目覚めない可能性もある。』
師匠が苦い顔をする。
キティの言ったように、成功の可能性は五分五分なのだろう。うまくいけば目覚めるし、失敗したらそのまま死んでしまう。
「わたしにも贄になれと言うんですか・・・?知らない人の為に命をかけろと?」
「では、お前の知る人々の為だと思え。今代の『王の盾』、ラズーロ王子、孤児院の子供達、他にもサイラス神官、ヒューバート宰相補佐、騎士団の連中。お前が力を貸してくれなければ、そいつらに確実に災禍が訪れる。」
「そんな言い方、ずるいです。」
彼らの名前を出されたら、うなづくしかないではないか。
「逃げてもいい。選択はお前に預ける。」
師匠の瞳は冷静で思慮深く、遥か先まで見通しているようだった。
でも、わたしにとってはすぐ目の前のこと。
「わたしは・・・。」
「まだ、初代の名前を教えていなかったな。彼の名は―――――――。」
風に吹かれてザワザワと森の木々が音を立てた。
~アデリアside~
「少し、頭を冷やしてきます。」
自分達の返事を待たずに歩き去っていくヤマダの姿を見送る。
『魔女はずるいよね。あれじゃ、うなづくしかない。』
「もう後がないんだ。あいつは自分の大切な者のためには命だって張る。そういう奴だ。それに罪の存在を知った。」
『教えて後に引けなくさせたんだ。』
「いつかは知ることになる。」
『魔女ってコワーい。』
黒猫がプルプルと身を震わせた。
※ ※ ※
そのまま家に帰ることもできず、わたしは王宮内をウロウロとしていた。
たくさんの人の顔があった。
調理場の男の子がたくさんの野菜を抱えて歩いていた。洗濯場のおばちゃんが乾いた洗濯物を運んでいた。庭師のおじさんが春に向けて土を丹精に作っていた。書記官が束になった書類を持って忙しそうに歩いていた。
みんな、わたしの知っている人だった。
師匠はわたしがやらないと、みんなに災禍が訪れると言っていた。
(それは、今いるみんなが傷付いてしまうということ?)
わたしは自分の手を見た。
手が震えていた。
そのままフラフラと召喚の塔の螺旋階段を上った。
召喚の陣はやっぱり小憎たらしいくらいに優しく淡く光っていた。
王様の言ったとおり、『王の盾』は贄だった。ただし、王の為でも国の為でもなく、ただ一人の為に呼ばれる生贄。
「・・・・・何てバカらしい。」
そして、わたしもその人に為に呼ばれた。
「全てまやかしだったの?」
人々の『王の盾』に向ける瞳、その存在に希望の光を見出していたのもまやかし。
一人の女の子がその期待に応えようと「頑張る」と涙したのもまやかし。
今までの何人もの人達が死んでいったのが、王や国の為というのもまやかし。
ただ一人の為。
陣をこすった。何度も何度も。
「こんなものがあるから、みんな傷付いた。」
ごしごし ごしごし
一心不乱に陣をこすった。
「消えろ、消えろ、消えろっ!」
「そこまでにしておけ。擦り切れて血が付いてる。」
わたしの肩にポンと手が置かれた。そろそろと手を持ち上げると、擦り切れて血が滲んでいた。
「王子・・・。」
振り向くと王子がわたしと同じように座り込んできて、そっと陣を撫でた。
「そんなことしても陣が消えるわけじゃない。」
「何ですか。今は冷静に貴方の相手をしてさしあげる余裕はないんですが。」
「荒れているな。」
王子が懐からハンカチを取り出して血をぬぐってくれる。
「王子がわたしに優しいなんて、気持ち悪いですね。」
「俺だってたまにはそういう時だってある。ふんっ、気落ちしていても失礼な奴だ。」
そう言って、王子はわたしの腕をとって立ち上がらせた。
「ヤマダ、少し付いて来い。」
※ ※ ※
王子の後に付いていくと、王宮の門を抜けて王都へ出た。
もう日は落ちかけていて、家々には明かりが灯り始めていた。
途中で居酒屋らしきところへ入る。中に入ると暖かい空気がわたしの身体を覆った。そこで初めてわたしは自分の身体が随分冷えていたことに気付いた。店の中に陽気な音楽が流れて、仕事帰りの男たちが酒を片手にワイワイと騒いでいた。
「よう、久しぶりラズ。今日は連れがいるのかい?」
居酒屋のカウンターにいた太った男の人が話し掛けてきた。
「ああ、シチューを2つ。俺には発泡酒とこいつには暖かいミルクを。」
王子は慣れた感じで注文をすると、そのままわたしを伴ってカウンターに座らせた。
「ここは俺の行きつけの店でな。味はまあまあだが値が安い。」
「何が味はまあまあだ。いつもおかわりしていくくせに。」
ドンっと皿が並べられて、わたしの前に暖かく暖められたミルクが置かれた。
「わたしはお腹が空いているわけではないんですが。」
言ったら、料理を運んできた男の人がギロリと睨んできた。
「俺のメシが食えないってか?」
「いえ、そんなこと、」
「顔色が悪いな。ちゃんとメシ食ってるのか?俺のメシは栄養満点だからな。すぐに元気になるさ。」
ワハハっと笑って背中をバンバン叩かれる。
「そうだぞ、ボウズ。俺達なんてここのメシが美味すぎて、このとおりさ。」
周りにいた男たちが太鼓腹をポンポン叩いて笑いかけてきた。
「腹が減っていては余計に気が滅入る。いいから食え。それに残したらコイツの機嫌が悪くなる。」
「はい、いただきます。」
勢いに押されてスプーンでシチューを掬った。暖かい湯気がほわっと漂う。
「美味しいです。」
「美味いか。そーだろう。」
ごしごしと頭を撫でられた。
シチューを食べ終わると、また外へ出る。
「持って行け。」
店の男の人がマフラーを貸してくれた。「風邪をひかないようにな」とそれをぐるぐると首に巻かれる。
「今度返しに来ます。」
「やるよ。子供が遠慮すんな。」
もう一度ごしごしと頭を撫でられた。
「何してる、ヤマダ。置いていくぞ。」
王子はさっさと歩いていく。
そっちが付いて来いと言ったくせに、と思わないでもなかったが、「待ってください」とその後ろ姿を追った。
王子は振り返らずに、どんどん先へと進んでいく。
(たしか、この先は・・・。)
その道順には覚えがあったが、王子の後を追いかけるのに必死で確かめることはできなかった。
辺りは暗さを増していき、王都に夕闇が訪れていた。
王子もたまにはヤマダに優しい。たまにね。




