6・一人の為の装置
説明の回です。
図書館で調べただけでは分からなかった事実が判明した。
小国との諍いは小競り合いどころの話ではなかった。そして以後に続く盾達に関しても。
「サクラは戦場で、次の代のアヤメは敵対する悪臣に、その次のシラギクは愛する者の手によって死んだ。その全てに一つの意志が存在することを私は知った。」
「一つの意志・・・。師匠、教えてください。『王の盾』は何の為に呼ばれるんですか?」
(師匠は全て知っている?知っていて、今日ここへわたしを連れてきた?)
ビュウと風に揺られて師匠の燃えるような赤髪がその顔を隠した。
(わたしに過去を教えてくれたのは何故?知る必要があるからじゃないの?わたしが知りたがったからじゃない。知らなければいけない何かがある・・・?)
風が止み、そこに現れた師匠の表情にわたしの中に一つの確信が生まれた。
「わたしをここへ・・・この世界へ呼んだのは師匠ですか?わたしに何をさせたいんですか?」
風になびく赤髪を押さえる師匠の口から出た言葉はこんなものだった。
「『王の盾』の帰還。」
(呼び出した者を再度帰還させる?)
師匠の目はあくまで真剣にわたしを見つめていた。
『正しくは初代『王の盾』の、だけどね。』
そのとき、私達の頭上から声が掛けられた。
『そこからは私が引き継ごう。全ては彼のため。『王の盾』は彼のために呼ばれる装置。人と神獣が交わした契約。そして君はその最後の装置。』
桜の木の上から声がしたかと思えば、先日図書館で出会った金色の瞳をした黒猫がわたしの目の前にストンと飛び降りてきた。
『やあ、真の盾。』
にんまりという表現が合っているだろうか。その黒猫は目を細めてわたしに挨拶をしてきた。わたしがキティと名付けた猫の言語は口でというより、脳内に直接語りかけてくるものらしい。金色の瞳はこちらを向いているが、その口は動いていなかった。
「真の盾とは、言いえて妙だな。」
師匠はこの黒猫と知り合いだったらしい。
人語を解する猫にも動じず、会話をしている。
『だろう?私のネーミングセンスもなかなかのものだろう。褒めてよいぞ。』
「誰が褒めるか。」
『ガーン。褒めろにゃ。むしろ撫でろにゃ。』
というか、ノリツッコミしている。
(何だこのノリ。真剣な話をしてたよね今。)
たった今、確信を突こうとしたわたしの言葉がこの黒猫の登場によって台無しになったことに、思わず遠い目をして肩を落とす。
「語尾に「にゃ」とか付けるな。気持ち悪い。可愛いぶるな。私より永久の時を生きている神獣のくせに。」
わたしはキティを持ち上げてその瞳を見つめた。
「これが神獣ですか!?」
にゃあ
キティはテヘッとベロを出してこちらを見つめ返してきた。
神獣とは文字通り神の獣。女神が人に託した庭の番人。永き時を生き、その力は風をおこし、大地を震わせ、雷を落とすほど。自然界の力の源。今はもうほとんど絶えてしまった存在。
(その一匹がこれ?)
『今はこんな姿だが、元の姿はもっと大きいよ。そんなことより、話を戻そう。まずは『王の盾』の存在について話すのがいいかな。』
キティがわたしの手の中からすべり降りた。
『始まりは一人の男だった。そう、初めこの世界に『王の盾』という認識は存在していなかった。この世界と異世界の者が住む世界は違う次元に存在する。それが時折、場所も時間も越えて触れ合い、穴が開く。その開いた穴にその男も落ちてきた。』
そういえば図書館で見た本の中にも、初代は女神に呼ばれてやって来たとあって、人によって呼ばれたという記述はなかった気がする。
初代が来たのは、偶然を「女神の呼びかけ」と表しただけで、召喚によるものではなかったのか。
『元々違う次元の存在には、この世界の魔力は体質に合わなかった。盾の力は排除する力。異世界の人間に合わないこの地の力を循環し変換させて再びこの地に戻す排除の力。男はその力が強かった。』
何だか免疫の話みたいだ。人それぞれ免疫能力が違うように、わたしのこの力も免疫、つまり排除の力がたまたま強かっただけということになるのだろうか。
『男がこの世界に来たのは本当に偶然だった。それ以降の召喚の儀で呼ばれる人間に対しても偶然という言い方ができるかもしれない。それは必然であり偶然。召喚の儀は穴を探知してその傍に居た人間を呼び寄せる術。ここに呼ばれる『王の盾』は選ばれた存在ではなく、たまたま穴に近かった人間が引き寄せられた結果にすぎない。必要なのはその排除の力。』
その人間性なり資質なりは加味されていないということか。
(必要なのは力だけって・・・。それを歴代の『王の盾』達が知ったら怒りそうだな。)
わたしの思考を呼んだように師匠が代弁した。
「ひどい話だろう?たまたま、偶然、・・・必然ではなかったのさ。呼ばれた方は運命と受け入れるしかなかったというのに。」
師匠の言葉には哀しみとそして怒りが含まれているように感じた。
『たまたまでも偶然でも、それが重なれば必然となる。たまたま力の強かった男はたまたま王を助け友となり、元の世界へ返るすべを探し求める途上でたまたま知り合った神獣達と友になった。偶然は必然となり、穴に落ちて10年が経つ頃には、男は『王の盾』と呼ばれ民に慕われるようになった。』
色んな偶然の結果が初代『王の盾』を作ったらしい。
『彼はそう呼ばれるためでなく、多くの偶然による行動の産物が『王の盾』と呼ばれる所以となった。』
『王の盾』の始まりは分かった。
(しかし、そのことが以降の召喚とどう繋がってくるのだろう?)
「召喚は初代の『王の盾』の意志で行っているということ?」
さっきキティは、『王の盾』は彼のための装置だと言った。言葉通り受け取るならそういうことになる。
以前、王様は召喚を理だと言った。キティも契約と言い表した。2代目以降の召喚は初代が指示した事なのだろうか。
「人と神獣が交わした契約とは、初代と神獣が交わした契約ということ?」
「違う。」
しかし、その疑問はすぐに否定された。
『彼は何も知らない。』
「全ては神獣達の身勝手な願望からきている。」
『一言で言ってしまえばそうなる。神獣と契約を交わしたのは男の友であった人の王。』
キティの声に哀しみの色が滲んでいた。キティの語り口調が物語を語るようなものなのは、ただの過去の記録なのではなく、むしろそれが生々しい記憶だからなのかもしれない。
『私達は彼の元の世界に返りたいという願いを叶えてやりたかった。私達は彼を眠らせ、帰還のための力を集めることにした。』
「ちょ、ちょっとストップ!」
わたしは手をあげてキティの言葉をさえぎった。
「眠らせた、って。初代はまだ生きているってこと!?」
初代の記録は確か遡ること300年前の出来事のはず。
(それが生きているなんて・・・。それに帰還のための力って何?)
混乱するわたしをよそに、二人はまた言葉の掛け合いを始めていた。
「あれを生きていると言うならな。」
『失礼にゃ。彼は眠っているだけにゃ。』
「だから語尾に「にゃ」を付けるなと言っているだろ。」
『へいへい、分かりましたにゃ。』
キティはケホンと咳払いをして続けた。
『ということで、初代は生きてはいるが、眠っている状態にある。当時、神獣の力は永き時を経て弱体の一途をたどっていて、私達に彼をあちらへ送り返す力はなかった。』
「帰るのはそんなに難しいことなの?」
世界が触れ合って出来た穴を探知してこちらの世界に来させられるなら、帰るのだって穴を見つけて送り返せばいいのではないだろうか。
首を捻るわたしに師匠がキティの代わりに説明してくれた。
「穴と言っただろう?穴に落ちるのは容易だが、そこから這い上がるのが困難なように、こちらに来るのは容易だが戻るのは難しいんだ。それだけ力を要するってことさ。」
『そこで、異世界の人間が持つ排除の力を使うことにした。』
「あらゆる禁術を侵して神獣達は男を救おうとした。その際、多くの神獣が命を落としたらしい。世界の法則に縛られた存在である神獣には負荷が多すぎたんだ。人に関わろうとしたことが、彼らの寿命を縮めた。」
『友のためだ。私達は喜んでそれを行なった。必要なのは異世界の人間が持つ排除の力。力の成熟を待って、その者が死ぬときにその力を魂から分離させ集積し、彼をこの世界から押し上げる。召喚の儀はそのためだけに存在する。それは男を友とした神獣と人の王との契約。私達の身勝手な願望を彼は知らない。』
「それが理、約束事・・・。では王のパートナーとして召喚するというのは嘘?」
『みなが納得する理由を後付けしただけにすぎない。一度召喚するだけでも、多くの力を要する。それを継続して実行していく為の言い訳が必要だった。』
王様が『王の盾』を贄と称した理由が分かった。
(たった一人の為の装置。彼の為に捧げられる、・・・まさに生贄。)
「人は大義名分というのが好きな生き物だからな。王の為、国の為、民の平和の為、異界の不思議を呼ぶには好都合な言い訳だろう?」
ふんっと師匠が小バカにした態度で言い放った。
『でもその言い訳は彼女達にとって必要なものだった。王宮は力が成熟するまで安全に彼女達を保護するための揺り篭。王のパートナーとするのは、それなりの地位を与えて害される可能性を低くする為。』
「でも、実際害されてますよね。それは何故なんですか?師匠の言う一つの意志って何なんですか?」
『そこが問題なんだにゃ。』
キティが師匠が嫌う語尾に「にゃ」を付けてため息を吐いた。
色々と盛り込みたい話がわんさかあるんですが、今回はここまで。




