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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
花の歴史編
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4・彼女の記憶

「ヤマダ、久しぶりに特訓に行くか。」


とうとう桃姫の腕輪の修理が完了し、それを渡してきた師匠が言った。

そういえば、最近はわたしが風邪をひいたり、桃姫の腕輪が壊れたり、師匠の気が乗らなかったりで特訓ができていなかったなと思い返す。


師匠の着替えを待って、王宮の北の森へと出掛けていった。


 ※ ※ ※


もう冬だというのに、森の草木が成長していた。

「なんか、森が成長している気がするんですけど・・・。」

「覚えていないのか。」

「何をですか?」

「そのうち思い出すさ。」

師匠は様子の違う森にも目もくれず、訓練場所を抜けて更に奥へと入っていった。

気にはなったが、付いていかないと見失いそうだったのでわたしも師匠の後を追って奥へと入っていった。


しばらく道なき道を進んでいくと、開けた場所に出た。広場のようになっていて、その中心に一本の大きな大樹がそびえ立っていた。

枯れてはいるが、それは桜の木に見えた。

「師匠、これ桜ですか?」

「そうさ。今日はこれを使う。」

(使うと言ってもどう使うのだろう?)

「お前も大分、魔力の流れについては分かってきただろう。この世界のものは全てに魔力の流れがある。それを見極めて、この桜をもう一度咲かせてみろ。」


「咲かせてみろって言ったって・・・。」

いつもは放出された魔力を感じ取り扱っているので、その物体自体に存在する魔力を感じたことがないわたしに突然探れと言われても無理だろう。

とりあえず、木に触れて魔力の流れを意識して目を閉じてみた。

幹は完全に沈黙していて、何の流れも感じなかった。木というのは、生きていれば触れればその湿度なりなんなりを感じるものだが、この木はカラカラになっていて、花を付けさせるのは無理なように感じた。

それでも木の先から根元まで丹念に意識を這わせてみる。

(木の根の辺りにぼんやりとした暖かさを感じる。)

気になって桜の根に触れた。


わたしの意識に何か別の意識が流れ込んできた。



『―――――ありがとね、アデリア。』

さらりと長い黒髪を揺らして女の人が笑っていた。ありふれた美人というより、快活なエネルギーに溢れた美人という印象を持つ。その手にはシャベルが握られていた。横には今と同じ姿で師匠が立っている。どこまでも年齢不詳な人だ。


目の前には大きく掘られた穴があった。どうやらシャベルを持った人が掘った穴らしい。その手には泥が付いていて、服も泥で汚れていた。

その穴の数メートル上で、蕾の付いた桜の木が空中にふよふよと浮かぶ姿は異様だ。


『東国で見つけた。お前と同じ名のサクラだと聞いて持ってきたんだ。』

言って、大きな穴に桜の木がドーンと植えつけられた。

『だからって苗木を持ってくるかと思ったら、まさか桜の成木をそのまま転移させてくるとは思わなかったわ。』

地面に植え付けられた桜の木を見上げて感嘆の意を述べる女性。

『どうせなら咲いている姿をすぐ見たいからな。』

さすが師匠。やることのスケールが違う。一から育てず、次の春には見れるようにすでに成長した木をそのまま持ってくるとは。

『あんたって長命な割りに短気なとこがあるわよね。』

師匠の魔力を受けて、周囲に桜の花びらが舞った。

『一足早い花見ね。今はまだ偽者だけど、春になったらこの木に綺麗な花が付くわ。ひらひらと舞う姿は見物よ。』

まだ蕾の桜の木にひらひらと舞う花びらは、それでも美しかった。

『そしたら、一緒にこの木の下で酒でも飲みながら花見をしましょう。』


(これは、この桜の木の記憶・・・?)


また場面は変わった。

満開の桜の木の下で、酒を酌み交わす二人の姿があった。

『どうしても行くのか?』

『戦争だからね。『王の盾』が行かないわけにはいかないもの。』

『逃げてもいいんだぞ。』

『逃げたりしないわよ。分かってるでしょ?』

哀しげに笑う女性。師匠も無表情ではあったが、同じように哀しげに見えた。

『帰ってきたら、また花見でもしましょう。』

女性は笑っていたが、きっと戻っては来ないような気がした。


それからまた場面は変わり、何度も咲く桜の木の下で師匠がぼんやりとそれを眺める風景が繰り返された。

そのうち、もう桜は咲かなくなり、春になっても寂しく佇む枯れた桜の木の風景が繰り返された。


そこに師匠の姿はなかった。



顔を上げる。

「今のは・・・。」

「桜の記憶さ。この木は3代前の『王の盾』サクラと一緒に植えた木だ。少し前に枯れたきり咲いていないがね。」

わたしはどうしても師匠にあの景色をもう一度見せてあげたくなった。

もう一度意識を集中して魔力の流れを掴み取る。流れを木に這わせてくみ上げていき、途切れた流れをつなぎ合わせる。桜だけでなく、大地からもくみ上げた流れを木の先まで届かせた。

(結構きつい。)

途中で集中力がきれかけて、何度も流れが逆流しそうになった。滞った流れを再び流しては押し戻ってを繰り返してようやく、

 ポッ

枯れていた桜に蕾が付いた。

 ポッ ポッ

一つ付けば次々と蕾が付き、花びらが開花していく。


疲れたわたしは地面に寝転がった。

 ハラリ

頬に一枚の花びらが舞い落ちてきた。見上げると、満開の桜が色づいてハラハラと花びらが舞っていた。

「やれば出きるじゃないか。」

横に視線を向けると、いつの間に取り出したのか師匠が徳利で酒を飲んでいた。

師匠の髪にたくさんの花びらがついて、まるで花飾りのように見えた。やっていることは徳利を片手に手酌で冷酒をグビグビ飲んでいるのに、その姿は艶やかで魔女と言うより桜の精霊のように見える。

美女は何をしても美女なので羨ましい。

「満開の桜の木の下で飲む酒は格別だと教えてくれたのはアイツだ。この冷酒というのもアイツが教えてくれた。」

「季節はずれの桜も良いものですね。」

「そうだな。」

グビッと酒を飲み、もう一度酒を注いで高く持ち上げた。いなくなった過去の友人に向けての杯なのだろう。


杯の中にひとひらの桜が舞い落ちた。


 ※ ※ ※


「ヤマダのおかげで、今日は美味い酒が飲めた。」

「多分、もう二度と咲きませんよ。」

満開だった桜は数時間でその花びらを全て落としていた。もう枯れていたのを無理に咲かせたのだ。それでも咲いたのは、昔を思い出して桜の木自身も頑張ってくれたに違いない。

(お疲れ様。)

そう念じながら、木の幹に額を擦り合わせた。


「いいんだよ。こいつの最後の晴れ舞台さ。植生の合わない地に無理に連れてきたんだ。枯れた後までしっかりと大地に根を張っていたのだって奇跡さ。パッと咲けてこいつも満足だろうよ。」

師匠の意図するものが、言葉通りの桜の木に対して向けられたものだけではないような気がした。


「どうしてサクラさんは亡くなったんですか?」

歴代の『王の盾』の記録では、3代前の杉本 桜は享年24歳でこの国に来て6年で死亡しているはずだ。そして彼女は、近年の『王の盾』の早期死亡者の始まりだ。


師匠が最後の杯をあおり、徳利に残った酒を桜の木の根に振りかけた。


「少し、話をしようか。むかし、むかしと言っても、それ程昔のことではない話さ――――――。」





次回、師匠の思い出話。


サクラは山田こぼれ話で出てきた「伝説の女」のあの人です。

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