4・わたしが少年(?)になった日 その4
わたし達が召喚された部屋は建物の最上階に当たる場所だったらしい。
部屋の中は天井に花の形を模したステンドグラスから降り注ぐ光で明るかったが、外をのぞける窓は一つもなかった。
部屋から出た扉の横にあった小窓から見える景色から判断したところ、この建物は20M程の高さがあるようだ。
建物は円柱状でらせん階段が続き、他に部屋は無く、下まで見下ろせる形となっている。
(きっと、この塔は召喚を行うためだけに建てられたんだ。)
遠くに見える家々は西洋風で、日本にはあり得ない形のものばかりだった。
やはり自分は今までとは違う世界に来てしまったのだと実感させられて、少し胸が痛くなった。
「あの、日本語分かるんですね」
部屋を出たところでわたしは美女に尋ねた。
「当然だ。私は天才だからな。お前達の言葉なんてとっくの昔に修得済みだ」
フッと尊大に笑った顔も美しい。
「無駄話しは後だ。黙って付いておいで」
黙れと言われたら、それ以降は黙るしかない。
カツカツと無言で進んでいく美女にわたしは早足で付いていった。
外へ出ると、西の空に太陽が傾き、辺りは朱色に染まっていた。
(歩くの、速過ぎっ。コンパスの差が、差がぁ。)
美女は優に170cmは超えている。
座高より長い彼女の足を憎らしく思い、息が若干ゼーゼーと言い始めたところで王宮の東の端に到達した。
そこには何かの施設らしい大きな3階建ての建物があり、後方には小さな建物が並んでいる。
その小さな建物の一つにわたし達は入っていった。
「さっきの大きな建物が魔法研究所の本部で、ここが私の住む家。研究室も兼ねているがね。まぁ、立ち話もなんだ。どこでもいいから座って腰を落ち着かせな」
「そういわれても・・・」
と周囲を見渡す。
扉を入って中央に丸テーブルと椅子が3つ。壁際に作業用の台と本棚が備え付けられている。
左奥には2階へと続く階段が見えた。
どこもかしこも本や資料等の紙、文房具、コップや皿などの食器、何に使うか分からない道具などで埋め尽くされている。
ところどころ埃が積もっており、天井にいたっては蜘蛛の巣が張っている。
仕方がないので、椅子の上にあった本をどかして座らせてもらうことにした。
するといつの間に淹れたのか、美女はお茶の入ったコップを差し出してきた。
ありがたく頂戴しようとしたところで動きがピシッと止まった。
(色が濃い、普通に淹れたら薄茶色の液体がどす黒い・・・。)
微妙な異臭に気が付いて良かった。飲んだら確実に胃がやられそうな液体が満ちている。
(あれだ、この人掃除と料理が壊滅的に出来ない残念な美女だ。)
危険を察知したわたしは、それを飲むふりをして端に避けた。
「さて、今日からお前もここに住むことになる。私の名はアデリア。一応、魔法研究所に属している者だ。
そうだね、私のことは『師匠』とでも呼べばいい。色々とお前に教えていくことになるだろうからね」
「はい、師匠。質問いいですか?」
さっそく「師匠」と呼び、良い子の小学一年生のようにピシッと手をあげてみる。
「なんだ?」
「さっき攻撃してきたのは師匠ですよね。何故、わたしを?」
師匠は初めて目が合った時のようにニヤリと笑った。
「あぁ、あれはお前に『王の盾』の力があるのか試しただけさ。お前には『王の盾』としての力がある。それもあのお嬢さん以上のね。もっとも、あそこに居たバカ共は気付かなかったようだが」
「でも、わたしの時は花弁に変わらなかったですよ」
あの場にいたナルシスト神官の言うとおりなら、『王の盾』とは「魔力を吸収し花に変換させる者」のはず。
つまり、何も変化のなかったわたしには力がないことになる。
「力は変換されるように出来ているんだよ。攻撃の力は破壊に、守護の力は癒しに。ただ消えることはまずない。
お前の場合、変換されるほどの蓄積量ではなかっただけのこと。一見分からないようだが、あの魔力はまだお前の中で巡っている。
あのアホ神官くらいは気付いてもよさそうなものだが、よほど他のことに気を取られていたようだね」
アホ神官とは多分あの銀髪のイケメンのことだろう。そして気を取られた対象は桃姫。
師匠の口振りから察するに、あのナルシスト神官も普段なら力のあるすごい人なのだろう。
それよりも、わけの分からないものが自分の中で燻っているイメージが湧いて来てぞっとした。
「そんな青い顔をしなくてもいい。蓄積量に満ちれば勝手に出て行くさ。私としては、どれだけの力があるのか今すぐ試してみたいって気持ちはあるがね」
それはさっきのような魔法での攻撃を受けるということだろう。
自分の身体に当たらないと分かっていても、気分的には嫌なので、「それは止めて下さい」とブンブン首を振った。
「力のことはさて置き、まずは言葉を何とかしないとね。いつまでも私が間に入るわけにもいかないし」
それはわたしも同意するところだ。
自分一人で相手と会話が成り立つくらいにはならないと、後々きっと不便する。
「教えていただけますか?」
「そこでさっきのお嬢さんが付けた腕輪のような道具がないのか聞かないところがいいね。やる気のあることは良いことだよ。言葉は私が教えてやろう。しっかり学びな」
___数時間後、わたしは「言葉を教えてくれ」と頼んだ自分を呪うことになる。
挨拶や日常で使う基本的な会話どころか、簡単な文章は読めるようになった。
一晩で。
基本的とか簡単な、とか言っているが、まったく言語を知らなかったわたしから言わせたらそうとうの進歩だ。
例えて言うなら、「サルが人間に変化しました!」と同じと言える。
師匠はその言葉通り、懇切丁寧に教えてくれた。
「そこ、スペルが違う。よく文字を見な」
ピシッ。
「そこ、発音が違う。ヲじゃなくてウォだよ。その耳は飾り物かい?」
ピシッ。
ここで鳴っている「ピシッ」という音は師匠の血管が切れた音ではない。
もちろんわたしのでもない。
この「ピシッ」と鳴っている音は師匠がわたしを叩く鞭の音だ。
「こらっ、現実逃避してんじゃないよ」
ピシッ。
「痛っ!」
その音は深夜まで続き、何とか合格点に達するまでわたしは寝かせてもらえなかった。
主人公、鞭でピシピシ叩かれて終了。




