1・かくれんぼ
新章です。
「――――ひゃーく。もういいかい?」
今日も桃姫を連れて孤児院に来ていた。本日は孤児院中を使ったかくれんぼだ。今はディー団長が鬼となって数を数えている。
これまでの『王の盾』の歴代の記録を探しに行きたいという気持ちもあったのだが、翻訳の腕輪の修理が終わるまではなるべく桃姫の傍にいてあげたかった。
本格的に調べに入るのは、腕輪が直ってからでも遅くはないだろう。
鬼の捜索が始まった。
さっそく遠くで「見つけた!」とディー団長が声を掛けて、子供が「きゃーっ」と言うのが聞こえてきた。
こちらへはまだ来そうな気配はない。
「フェイト狭いよ。もう少し寄って。」
「文句言うなら出てけよ。」
わたしは掃除道具入れの戸棚の中にフェイトと一緒に隠れていた。先に隠れていたのはフェイトだったが、ディー団長が数を数え終わりそうだったし、他に隠れられそうなところもなかったので、フェイトを無理やり押し込んで自分も中に入ったのだ。
また「見つけた!」とディー団長の声がした。見つかったのは桃姫のようだ。「見つかっちゃった」と可愛らしい声をあげていた。
桃姫の楽しげな様子からは、不安の色などまったく見えなかった。
(何で『王の盾』は切り立った崖の上に咲く花だと王様は表現したんだろう?)
先日の王様との会話を思い出す。
王様は『王の盾』を「贄」だと言った。それは無理やりこの世界に呼ばれて役割を押し付けられることへの言葉なんだろうけど、まだ他にも意味を含んでいるような気がしてならなかった。
(ってか言葉が抽象的すぎて分かんなかった。もっと具体的に言ってくれたらよかったのに。
こんなにモヤモヤするなら、雰囲気にのまれないで追求して聞き出せばよかった。)
あの王様の威圧感たっぷりの沈黙に耐えられなくなったわたしは「お茶ご馳走様でした。美味しかったです。」と荷物を抱えて部屋を後にしたのだ。
「・・・だって無理じゃん。王様と庶民じゃ、庶民の方に圧倒的に不利。」
「なにぶつくさ言ってんだよ。」
「なんでもないよ。」
わたしと一緒に外の気配を伺っていたフェイトが言った。
「それにしてもさ、あいつを見てると『王の盾』もただの人間なんだなって思うよな。」
桃姫に向かって「あいつ」呼ばわりするフェイトは、なかなかに豪胆な人間だと思う。
「『王の盾』はよく花に例えられるけど、あいつはどっちかっていうと雑草って感じ。」
(をいをい、あんな美少女つかまえて雑草はないでしょ。)
フェイトの審美眼はきっと狂っているに違いない。
「女の子に向かって雑草はないでしょ。」
「じゃあ、野草。どこでだって生きていける。あいつ結構しぶといし。」
桃姫相手に雑草だの野草だの言う人間は、きっとフェイトぐらいのものだろう。ヒューバート様あたりが聞いていたら、きっとお咎めをくらうこと間違いなしだ。
桃姫はある種の神聖な印象を相手に抱かせる。綺麗なものは侵しがたい、そんな言い方が適しているだろうか。だから彼女に対して乱暴なことをしようとする人間はいない。
しかしフェイトは違うようだ。
他の子にするように、桃姫にもいつも通りのぶっきらぼうな態度で接している。
桃姫はここに来るようになってから、随分とフェイトに懐いてしまったようで、何かとあるとフェイトを頼るのだ。フェイトが「他の奴に言えよ」と冷たくあしらっても、あの可愛らしい顔で眉を八の字に下げるのだ。すると他の男の子達から嫉妬含みの冷たい視線に晒されるので、フェイトは一瞬嫌そうな顔をして「仕方ないな」と呟いて相手をする。
桃姫はそれが嬉しいらしく、ぱあっと明るい顔をしてにこにこと笑う。するとまたフェイトは嫉妬含みの視線に晒されるというループに陥るのだが、鬱陶しがっているフェイトの顔が面白いので教えていない。
桃姫が鬼側に加わって、まだ隠れている子供達を探し始める声がした。鬼が増えたことで見つかる子供達がぐっと増えてきたようだ。あちこちで「あー、見つかったぁ。」という声があがっている。
(でも、『王の盾』もただの人間か・・・。誰がいつ決めたか分からない約束事に縛られた人達・・・。)
わたしにとって桃姫は相原 桃子という名前の女の子であるように、これまでの召喚者だって『王の盾』になる前は名前のある人達だったはずだ。
(それを知るにはどうしたらいいんだろう?王宮の図書館なら何か記録が残っているかもしれない。空いた時間に図書館に行ってみよう。)
そう思って扉の隙間から外を覗いた。
「あっ、桃姫が近付いてきた。」
咄嗟に後ろにのけぞったら、フェイトの身体に頭をぶつけた。
目の前を桃姫が通り過ぎる。
通り過ぎるときに「フェイト君はどこなんだろう?」と小さく呟くのが聞こえた。
「お呼びみたいだね。」
からかい気味に言ってみたらイラッとした声が返ってきた。
「俺はやたら纏わりつかれて迷惑してんの!」
「いいじゃん。美少女に懐かれるなんて、そうそうないことだよ?」
「ヤマダはぜんぜん分かってない!俺が傍にいて欲しい人は違うのに。」
フェイトがわたしの肩に手を置いて顔を覗き込んできた。いくら狭いとは言っても、距離が近いような気がする。
フェイトの顔がわたしの数センチ前に到達し、わたしの額にほんの少しだけ触れた髪から爽やかな草の香りがした。
「えっ、分かんない。誰?」
本当に分からなくて尋ねたのに、フェイトはがっくりとうなだれたと思ったら「もういいよっ!」と扉を開けて出て行ってしまった。
ものの数秒で、桃姫の「フェイト君見つけた!」という喜色の声がして、苛立ったフェイトの「うるさい、こっち来るな!」という怒声が聞こえた。
女の子に向かってあの言い方はないと思うので、後で制裁を加えようと思う。
(教育的指導は大事だよね。)
わたしは一人、暗がりに残された。
この状態が、わたしの今の状況に似ているような気がした。
(薄暗闇の中で、模索している。)
王様に突きつけられた『王の盾』に対する疑問もそうだが、わたしの進むべき道が分からなくなっていた。
(わたしは何をしたいんだろう・・・。『王の盾』のこと、この国のこと、それらを知ってどうしたいんだろう。)
元の世界にいたときは、奨学金をもらって大学に行って就職するのが目標だった。母を経済的に支えていきたいという思いがあったからだ。
もう元の世界へ還れなくなった今、わたしは自分が何がしたいのかわからなかった。
(足元がおぼつかない。でも、これは自分で何とかしなきゃいけない。)
知ることまでは、本を調べたり人に聞いたりすることが出来るから良いとして、その先に何をするのかは自分で決めないといけないのだ。
わたしは気合を入れるためにパンッと頬を叩いた。
でも、どうしようもなく、何かにすがりつきたくてたまらなくなった。
そのとき、バタンと扉が開いた。
その拍子に、ぎゅうぎゅうに詰まっていたわたしの体勢が崩れて外にころがった。急に目に飛び込んできた大量の光に目を細める。
でも、目の前に誰が立っているかは、まぶしい光の中でも分かった。
ディー団長がこちらに手を差し伸べる。
「呼んだか?」
「呼んでませんよ。かくれんぼで鬼を呼ぶ人がどこにいるんですか。それにここは「見つけた」と言うべきところですよ。」
手を取って立ち上がらせてもらう。
「呼ばれたかと思ったんだ。」
頭に付いたほこりをパタパタと払ってくるディー団長に、わたしはそれ以上の反論はできずになすがままにされた。
さっき頬を叩いたからか、中にいたことで顔の血流が良くなったからなのか、頬に熱さを感じた。
目標の見えない山田。
フェイトは欲しいフラグは立たないのに、いらないフラグが立ってます。




