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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
王宮生活~応用生活編
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36・花の記憶 Ⅱ

少々、血なまぐさいシーンが出てくるので注意。

[王様視点]


『王の盾』は当然のようにこの国にあった。

王の傍らにあるのが当然で、人々の平和と国の安寧のためには異世界からの召喚は絶対のものなのだと、疑問に思ったこともなかった。


それが当然の世界で、自分達は産まれ育ってきた。


『王の盾』の哀しみなど、考えたこともなかった。


俺のパートナーは白井(しらい)菊子という名の物静かな女で、その名をもじって「シラギク」と呼んだ。元々良い家の出身らしく、頭も良く物腰も優美で洗練されたもので、『王の盾』として申し分ない資質を兼ね備えた女だった。


愛した女は別にいて、それとはまた別の魂の半身のような存在だった。


公務をきちんとこなすシラギクは堂に入ったもので、信頼を寄せるには十分だった。

「あまり過信するなよ。あれも一人の女だ。」

時折、魔女がふざけて声を掛けてくることがあったが、さして気に止めることでもないように思えた。


公務以外の私的な場でシラギクの傍にいて支えとなっていたのは、王宮の魔導士だった。

物静かな男で陰のようにシラギクに付き従っていたが、時折見せる穏やかな顔が本当にシラギクを愛おしんでいると感じさせた。

いずれ二人を婚姻させるつもりだった。


ある日、王宮の片隅で肩を震わせて泣くシラギクの姿があった。その肩を抱き寄せる男の姿を見て、よくある恋のこじれだと思ってその場を去った。


そのとき、二人の間に入っていれば、何かが変わっていただろうかと思うことがある。



15年前、それは花祭りの祝いの席でのことだった。

その日はあいにくの曇天で、外にはシトシトと小雨が降っていた。

大臣達に加えて、当時8歳になる自分の息子も列席し、自分の隣に座していた。

「これが私の祝いの品です。」

それぞれが祝いの品を送る中、魔導士が拳くらいの大きさの珠を差し出した。それは虹のように内部の光の色が移り変わり、それでいて禍々しさを感じさせる奇妙な珠だった。

みんな見入ったように固まり、誰も止める者はなかった。


「選びなさい。この場で珠の力を解き放ち、貴女を縛ってきた全てを打ち壊すか、珠の力を取り込んで貴女自身の魂を解放させるか。」

どちらを選ぶにしろ物騒な代物なのに、何かの術にかかったように二人の間に入ることは叶わなかった。

「全てを打ち壊せば貴女は一人になるが、自分の足で明日を歩いていくことができる。今まで貴女を縛ってきたものに復讐も叶う。反対に、珠の力を取り込めば、皆を救いその身は亡びるが魂だけは自由になれる。どちらを選んでも貴女は自由だ。」


シラギクは選んだ。


「――――ごめんなさい。」

小さな声が聞こえた気がした。

シラギクが触れると同時に珠はその禍々しい光を失い、部屋に太い一筋の光の柱が立ち上り天井を突き抜け、一瞬の後に灰色の雲が振り払われた。

花が舞った。

数多の白い野菊の花が、雨上がりの柔らかな日の光に照らされて舞い降りた。


光が収束した中に、横たわるシラギクの姿と哀しげに佇む魔導士の男の姿があった。

男はシラギクに目線をやったまま一滴の涙をこぼした。

「彼女はずっと悩んでいた。己の故郷でもない異界の地で女神のように崇められる自分の存在に・・・。」

男がこちらに振り向く。その目はいつもシラギクを見つめていた瞳のようにどこまでも穏やかだった。

「出来れば生きる道を選んで欲しかった。優しい彼女のことだ。復讐など望んではいなかったのだろう。ただ自由になりたかっただけ・・・。」


男が懐からナイフを取り出した。


「王よ。シラギクの・・・『王の盾』の哀しみを知れ。」


男がナイフで首を掻き切り、血飛沫が自分と幼い王子に降りかかった。鉄さびに似た生臭さと生きた人の熱をはらんだ血が自分達に降り注いだ。その血は、何も知らなかった、何も気付かなかった己への戒めのように赤く顔を服を手を濡らした。


男の血が、眠るように横たわるシラギクの白い頬に一滴飛び散った。その鮮やかな赤の一点だけが彼女の汚れのようで、また己に向けられた彼女の本音の部分の象徴のようで胸を突いた。


「すまない。間に合わなかった。」

赤髪の魔女がいつの間にか傍にいて、悔しそうに眉を寄せてシラギクを見ていた。

「魔女・・・。」

こうなることが分かっていて、普段から忠告をしていたのか。そう尋ねようとした己に、魔女はため息をついて応えた。

「そんな顔をするな。お前の責任じゃない。」



シラギクの最後の言葉が耳の奥でこだましていた。


「弱くて、ごめんなさい。」


 ※ ※ ※


「あまり刺激してくれるな。」

魔女が畳に座って茶をすすっていた。


「いつまでも知らないままではいられないだろう?」

オセロを振り分け、真ん中に白と黒を4つ並べる。

「いずれ教えるつもりだった。」

魔女が白を取る。

「自分で気付いた方がいいときもある。」

王が黒を選ぶ。オセロを打つときはいつも黒を取った。自分に似つかわしい色だからだ。


「下手にちょっかいなんかかけないで、後はわたしに任せてお前達は楽隠居でも決め込んでろ。お前達に出来ることは何もない。」

魔女の打った手が黒を5つ白に変えた。

「楽隠居を決め込むには、まだまだ不安なことが多くてな。安心して引っ込むことが出来る日が訪れることを願っているよ。」

そう言い終わる頃には、魔女の姿は無かった。


残された盤には黒と白、同じ数のオセロが乗っていた。


「勝負がついていないではないか。」


もうこの場にいない魔女に文句を言い、空になった湯飲みに茶を淹れる為にのそのそと立ち上がった。






王様の過去話でした。

次回から新章です。

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