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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
王宮生活~応用生活編
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34・孤児院へレッツゴー

「今日はまた大人数だな。」

門の前で待っていたフェイトは思いっきり嫌そうな顔をした。


フェイトの前に現れたのは、わたしと桃姫と護衛のディー団長。

「言うほど大人数でもないでしょ。」

そう言うと、フェイトはしかめっ面をしてさっさと一人で歩き出した。

わたしはそれを追いかけて横に並ぶ。

「桃姫のことは知ってるでしょ?あの子、翻訳の道具が壊れちゃって、今言葉が分かんないんだよね。子供達に混ざって遊んでれば、自然と言葉も身に付くからと思って連れて来たんだ。ごめんね、怒ってる?」

顔を覗きこむようにして謝ったら、耳を赤くして「別に。」と許してくれた。



結果的に、孤児院へ来たのは成功だった。


桃姫は楽しそうに子供達と遊んでいた。

ただし、そのきっかけを作ったのは、思いもよらないフェイトの行動だった。


来てすぐには馴染めない桃姫に、異国の言葉で次々に話しかける子供達。でも、言葉の分からない桃姫は「どうしよう」という目ですぐにわたしを見てくるので、集まった子供達は1人、2人と桃姫の周りから離れていった。

わたしの横にいたディー団長も困り顔で「どうしようか」と聞いてきそうな雰囲気だ。


そんなときだった。

フェイトが桃姫のもとに近づいて、その白く柔らかな手を握って言った。

「ダイジョウブ。」

「えっ?」

と桃姫が目を丸くして聞き返した。フェイトは彼女の手をポンポンと叩いて、もう一度同じセリフを言った。

「ダイジョウブ。」


それはわたしがここに来てすぐの頃、よく呟いていた言葉だった。

まだよく意味が理解できない言葉でからかわれたとき、子供達からイタズラされたとき、木から落ちたとき、不安になりそうなときはいつもその言葉で自分を奮い立たせていたのだ。

それを覚えていたらしいフェイトが、何度も桃姫に「ダイジョウブ」と声を掛けた。

桃姫の瞳から不安の色が薄れた頃、フェイトが「ヤマダ、通訳。」とわたしを見た。


「俺達は怖くない。言葉が分かんなくたって、お前を取って食べやしない。いいんだよ。にっこり笑ってれば。あんた、そういうの得意だろ?」

(をいをい、それは桃姫に対して失礼だろ。)

と思わないでもなかったが、わたしは言葉通り桃姫にフェイトの言葉を伝えた。


桃姫は瞳を揺らして、「ありがとう。」この国の言葉でお礼を言った。その微笑みはいつものような大輪の花のようではなかったが、小さく咲きほころぶ花のような印象を受けた。


(フェイトって弱い立場の人間には優しいとこあるんだよね。)

口調はぶっきらぼうだが、小さい子のお世話をしたり、色々と面倒見はいいのだ。フェイトのそういうところが、わたしは好きだったりする。


フェイトが「おーい、みんなで鬼ごっこするぞ!」と声を掛ければ、離れていた子供達も戻ってきて、盛大な鬼ごっこが始まった。わたしも、ついでにディー団長も混じってみんなで走り回って疲れきった頃には、桃姫はもうすっかり子供達に溶け込んでいた。

(良かった。桃姫も大分慣れてきたみたいだし。ここに連れて来たのは正解だったな。)

今、桃姫は女の子達に混じって歌を歌っている。その瞳には、もう不安の色は残っていなかった。


 ※ ※ ※


昼になり。昼食の時間になった。

配膳をするのは年長組の仕事だ。わたしも桃姫も一緒に配膳を任される。

エプロンを身に着け、ゆっくりと作業を進める桃姫にフェイトの激が飛んだ。

「モモコ遅い!」

「ご、ごめんね、フェイト君。」

桃姫は比較的のんびり屋だ。ゆっくりだか丁寧に作業をすすめるので、進行は遅くともきちんとした仕事をするタイプだと思う。配膳を任されたスープをゆっくりと注ぐので、前には子供達の行列ができている。少々せっかちなところがあるフェイトにはそれが遅く感じてしまうのかもしれない。


そんなことよりも、フェイトの呼び方だ。

フェイトは桃姫のことを『モモコ』と呼ぶ。今回も桃姫は「桃姫って呼んでね。」とみんなに挨拶していたので、他の子供たちはそう呼ぶのだが、フェイトだけは違った。

「フェイト君は私のこと桃姫って呼ばないのね。」

そうわたしの通訳を介して聞いた桃姫に対して

「だってあんたは俺のお姫さんじゃない。それにモモコがあんたの名前じゃないのか?」

と言っていた。

桃姫はそれに「そっか、・・・うん、そうだよね。お姫様じゃないんだ。」とどこか得心のいった表情で頷いていた。


『桃姫』と呼ばれるのは、桃姫がそう望んでいたからだと思っていたが、そうではなかったらしい。

その呼び名もまた、彼女に押し付けられた理想像の一部なのではないかと感じた。桃姫でさえ、それに気付いていなかったことを今更ながらフェイトに指摘されて気付いたのかもしれない。

わたしも『桃姫』というのが彼女の愛称で定着していたので、そんなものだと思っていたが、まるっきり彼女に興味を示さない人からしたら違和感ありまくりだったんだな、と気付いた。


子供達だけでなくフェイトとの出会いも、桃姫にとっては良い刺激になったのかもしれない。




[桃姫視点]

子供達に囲まれて、意味が理解できない異国の言葉に「どうしよう」と山田さんに視線を送る。

そんな状況を救ってくれたのは、一人の男の子だった。

「ダイジョウブ。」

拙いながらも私の国の言葉で発音された言葉に、私の不安は段々と薄まっていった。

私の手をポンポンと叩くその手つきは女の子に対するようなものではなく、小さな子に対するようなもので、相手が自分よりも年齢が低い子なのに私はひどく安心した。


その子は私に「あんたは俺のお姫さんじゃない。」って言った。

(そっか、フェイト君にとって私はただのモモコなんだ。)

『桃姫』があだ名で、それが小さい頃から定着していた私は、とてもビックリしたと同時にその言葉がじんわりと胸に浸透していくのを感じた。

(どうしてだろう。その事実が嬉しい。)


昼食の配膳でフェイト君に「遅い」と言われても、哀しくなんてならなかった。

彼に『モモコ』と呼ばれるのが嬉しかったから。呼ばれる度に、胸がほっこりと暖かくなるのだ。


その意味するところは、まだよく理解は出来なかった。


・・・・・こんなことを感じたのが初めてのことだったから。


だから、みんなが困らないようにほんの少しだけ作業をゆっくりと進めた。

「モモコ遅い!」

また激が飛ぶ。

「ご、ごめんね、フェイト君。」

謝りながらも、また胸が暖かくなるのを感じた。


 ※ ※ ※


午後、王宮に戻って再びわたし主催の勉強会を始めるも、また王子と喧嘩になり、桃姫も何だか集中力がなそうだったので早めに切り上げた。桃姫は孤児院でめいっぱい遊んだから疲れたのだろう。


作成した宿題を渡してその場を去ろうとすると、王子に呼び止められた。



「―――――で、これは一体、何の拷問ですか?」


王子の部屋に通されたわたしは、何故呼び止められたときに断らなかったのか、今盛大に後悔していた。

「ん?何を言っている。さぁ、次だ次っ!お前を愛している。」

これはわたしへの愛のセリフではない。

ラズーロ王子が「お前の国の言葉で愛のセリフを教えろ」とわたしに詰め寄ってきているのだ。

「何で授業中よりもヤル気になっているんですか!?」

王子はノートとペンを両手に熱心にメモをとっている。


このプライベートレッスンをする前に、

「渡した宿題が全問正解だったら、教えてさしあげます。」

と言ったら、ものの数分で解いて見事に正解しやがりました。

「せ、せいかいです。まるっきり授業なんて聞いていないと思っていました。」

「よく言われる。ふん、俺は一度耳にした内容は忘れんタチでな。」

ものすごい悔しさが私を襲った。赤丸だらけの答案用紙に打ちのめされたわたしは机の上に額をぶつけた。

(聞いていると分かっていたら、無視して授業を進めていたのに・・・。)


こうして、わたしはさっきからずっと王子の言葉攻めにあっているというわけだ。

(しかし、しかし・・・・・もう無理っ!)

王子が発音の確認のためにジイッとわたしの口元を凝視するのだ。バカ王子とはいえ、イケメンのキラキラフラッシュに耐えつつ、甘いセリフのオンパレードを並びたてられたわたしのキャパシティーはもう限界を振り切りそうだ。

「オマエヲ、アイシテイル。」

「ふんふん、アイシテル、か。もう一度言ってくれないか?」

「オマエヲ・・・・・ってもう駄目ですっ!」


わたしは荷物をガサッと抱えて、半泣きで王子の部屋を出た。

「もう耐えられません!これ以上こんな辱めは受けられませんっ!」

 バタンッ

扉を開けた先で、護衛として立っていたディー団長にぶつかった気がしたが、キャパオーバーになったわたしはそのまま走って去っていった。


「王子・・・一体ヤマダに何をしたんですか?」


ディー団長が凍てつくような冷たい視線で取り残された王子に詰め寄ってるなんて、逃げ出したわたしにはまったく見当もつかなかった。


桃姫にとってフェイトは今までいなかったタイプ。

色んな言葉が新鮮に感じてます。


最後は言葉攻めで終了。やっぱりヤマダは王子とは相いれない(笑)

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