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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
王宮生活~応用生活編
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30・対話と謝罪

夢の中で、わたしは森の中を歩いていた。


(この森・・・いつも師匠と訓練している王宮裏の森だ)

一部だけ伸びた木や草、異常に大きなキノコに見覚えがあった。わたしが失敗して成長させた植物達だ。


森の中は霧が漂っていて、見えるのはせいぜい2M先くらいまでで遠くの方までは見渡せない。

見知った森のはずなのに、いつもの森の気配とは違っていた。

 ドクン ドクン

(魔力の流れを感じる)

木や草、花や大地に至るまで森全体に魔力の流れが脈動しているように感じた。


『懐かしき匂いを感ジル』


直接頭に響いてきた声に驚き、ビクッとして傍にあった木に触れた。

 ゾワッ

木に流れていた魔力がわたしを通して全身を巡り、また木に戻っていった。

 サワサワ

触れた木がわたしの変換の力を受けて枝を伸ばしていく。


(森が喜んでる)


『昔はよくこうして遊ンダ』

『懐カシき力だ』


横を見ると、霧の中に何かの生き物の形が影となって見えた。人の背の何倍もあろうかというのに、不思議と怖さは感じない。それは1体だけではなかった。空を飛翔する者、大木に寝そべる者、こちらを覗きこんで来る者、幾つもの影がわたしを取り囲んでいた。


『我らヲ友と呼ぶ人?』


『一緒に遊ボウ』

龍のような形をした影がわたしに鼻先を近付けてきて髪に触れた。

こんな至近距離でも、その姿は黒い砂嵐のようにブレてぼんやりとした影にしか見えなかった。

力が静かなぬくもりを持って流れ込んでくる。魔力とはまた違うもののような気がする。より生命の流れに近い力。

(魔力が色をもっているとしたら、この力は限りなく透明な白)

「優しい力・・・。暖かい」


わたしの言葉を受けて影達が喜んだ。


『同じダ。友の言葉ダ』

『友が帰ってキタ』

『大好キ。遊ぼう』

『遊ぼウ』


たくさんの力が光りの束となってわたしに流れこんできた。

ザワザワと森がうなりをあげて草が伸び、木が伸び、花が開いた。

(何でだろう?・・・喜んでいるはずなのに哀しい。)

何がそんなに哀しいのか分からないのに、涙が溢れて止まらなかった。


影達に寄り添おうとしたところで、

『おやめっ!』

ストンッとわたしの2倍は背丈のある黒猫が目の前に降ってきた。その黒猫は尻尾を逆立てて影達を威嚇する。

「これはお前達の友ではない!懐かしい匂いに釣られて来たんだろうが、お前達の力はこの娘には大きすぎる。大切な器だ。壊すんじゃないよ!」

猫の傍らに燃えるような赤髪の人物が立っていた。

「師匠?」

こちらに顔を向けてはいなかったが、雰囲気で師匠のような気がした。


『もうお帰り』

赤髪の人物の方へ行こうとしたら、ぬっと黒猫が間に入ってきた。

『ここにずっといてはいけないよ。アレはずっと昔に失われた者達の幻影。懐かしさに惹かれて再び寄り集まった残骸にすぎない』

そして黒猫はペロリとわたしの涙を舐め取った。

『また会おう。『(まこと)の盾』』

夜空に浮かんだ月のようなキラキラとした金色の瞳がわたしを覗きんでいた。


徐々に霧が濃くなり、すぐ目の前の黒猫でさえ判別がつかなくなっていく。


わたしは黒猫へ手を伸ばした。


 ※ ※ ※


「待って!」

「きゃあっ」

伸ばした手が掴んだのは柔らかな猫の毛ではなく、白魚のようなスベスベの柔らかい腕だった。

 バチッ

掴んだ瞬間、静電気のような衝撃が走って手を離した。


「あー驚いた。静電気かな。空気が乾燥してるもんね」

腕をさすって桃姫がわたしの額に手を当ててきた。

「うーん、まだちょっと熱があるみたい」

(美少女に看病されるって何フラグだ)

窓の外はもう明るくなっていて、時計の針は8時をさしていた。わたしの身体はびっしょりと汗をかいていた。昨日は風呂に入れなかったので、今日は風呂に入ってさっぱりしたい。


「ずっといたの? 桃姫だって風邪ひいてるでしょ」

「私はもう治ったから安心して。ここに来たのは少し前だよ。随分うなされてたから心配しちゃった。起こそうかなって思って声を掛けようとしたら飛び起きてくるんだもん。ビックリしちゃった」

(こっちは貴女の存在にビックリしたよ)

可愛く微笑んでくる桃姫。こんな可愛い子に看病された日には、男だったらイチコロだろう。


「悪い夢でも見ちゃった?」

額に当てていて温くなったタオルを水に浸して桃姫が聞いてきた。

「うーん、悪い夢のようなそうでもないような・・・。アレッ? 忘れちゃった」

夢なんて起きて時間が経てば忘れるもの。桃姫の登場に驚いたこともあって、今見た夢の内容はスッパリ頭の中から消え去っていた。

「やたら大きな黒猫と師匠らしき人が出てきてたような気がするんだけど・・・」

「ふふっ、何それ。はいどうぞ」

そう笑って絞ったタオルを渡してくれた。


「わざわざ病明けに看病に来てくれたんだ。ありがとう」

「うん。それもあるんだけど、山田さんとお話したかったのもあるんだ」

桃姫がじっとこちらを見てきた。大きくつぶらな瞳は、女のわたしでも見入ってしまうほど綺麗で形が良い。

(くそう。羨ましいぜ)


「話って?」

すると桃姫は視線をずらしてモジモジと指を動かし始めた。どう切り出そうか迷っているようだった。

「仮面舞踏会のとき、池で私を助けてくれたの山田さんだよね?」

「頬を叩かれたこと?」

「違う。・・・・・池のスイレン」


二人の間に沈黙が走った。


(あー、やっぱそっちのことか)

何となく桃姫には分かってしまうかな、と思ってやったことなので特別驚くことでもないが、突然力を感じた桃姫には衝撃だったかもしれない。少しは力があると言っていたのが、少しどころの話ではなかったのだ。

(そりゃビックリするよね)


「「ごめんなさい。」」

二人同時に頭を下げて謝罪した。


「・・・・・」

「えっと、桃姫からどうぞ。何に対する『ごめんなさい』?」

また沈黙しかけたので、言って桃姫に先を促した。


「あの、何て言ったらいいのかな・・・。ラズーロ王子が決めたこととはいえ、私が『王の盾』になってしまって、山田さんのチャンスを奪ってしまったことへのごめんなさいかな」

桃姫はウルウルと瞳に涙を溜めてわたしに謝罪してきた。

わたしは頭を抱えたくなった。

「えーと、それは何? チャンスって、わたしが『王の盾』になるチャンスってことかな?」

うんうんと桃姫は首を縦に振った。


(んなもんいらんわー!)

わたしは頭の中で某野球漫画のお父さんのようにちゃぶ台をひっくり返した。


「池でのこと・・・山田さん、もしかして私より力が強い?だったら私、ラズーロ王子に言って」

「ちょっと待ったー!」

(あんなバカ王子のパートナーとか絶対無理!)


桃姫の肩に手をやり、不安げに揺れる瞳に語りかけた。

「いい?わたしは桃姫以上に『王の盾』に適任な人はいないと思ってる」

(ついでにあのバカ王子の相手を出来るのも桃姫だけなんだからね!)


「それは力のあるなしじゃないんだよ?」

それでも不安げな桃姫に、わたしは言葉を重ねた。


「桃姫はこの国が好き?」

うんと首を縦に振る桃姫。


「この国の人達が好き?」

もう一度首を縦に振る。


「あのコスモスの咲く高台でラズーロ王子とこの国を一緒に守るって約束したでしょ。あれは嘘だったの?」

今度は首を思いっきり横に振った。


「王子とこの国を守るって、その自覚が芽生えたから剣の訓練をしようと思ったんじゃないの?守られてるだけじゃ駄目なんだって自分で気付いたんだよね?自信を持たなきゃ。わたしが『王の盾』で何が悪いの、って顔してなよ」

「でも・・・、」

やる気のあるなしはとても重要だ。民衆だってやる気のない人に自分の国を守って欲しくないだろう。

わたしはそんなやる気はこれっぽっちも抱いていないのだ。

(いきなり今日から『王の盾』やれよ、とか言われても無理!そんなことになったら国外逃亡する)


「あのね、わたし桃姫みたいに心が広くないんだ」


わたしはおどけて肩をすくめてみせた。


夢の出来事は忘れ、桃姫との対話は次回へ続きます。

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