26・枯れ葉の中で その1
木枯らしが吹き、日差しだけは暖かさをもって降り注いでいる日中のこと。
わたしはホウキを片手に王宮の庭の枯れ葉集めのバイトをしていた。
舞踏会の翌日には、王子があの森の妖精達の父親達に領地の一部没収と半年間の王宮内への立ち入り禁止を申し渡したそうだ。
彼女達の父親達はそれなりに立場のある人達だったらしく、数人の大臣が擁護に回ったらしい。
しかし、父親達の「まさか自分の娘がそんなことするわけがありません。」という訴えにも、
「この俺が直に目にしたことに異論があるのか?ならば、ここで舞踏会の会場で耳にしたお前達に関する色々な噂を語ってやっても良いのだぞ?そういえば、他にも色々な噂話が飛び交っていたなぁ。」
と凄んで脅しをかけて、それ以上の有無は言わせなかったとカレンお嬢様が教えてくれた。
その場にいて、初めは彼らを擁護していた大臣達も口をつぐんだそうだ。
「当然の罰を受けたのよ。今回の処分だって軽いくらい。」
「そうなんですか?」
とわたしが尋ねると「そうよ。」と返事が返ってきた。
「彼女達は『王の盾』に害をなしたのよ?爵位を剥奪されなかっただけでもありがたいことなんだから。あっ、勘違いしないでよね。ワタクシの場合は弱点を握っても、身体的な害をなそうだなんて考えてもいなかったんんだから。」
「どこが違うんですか。精神的な害を与えることも立派な罪ですよ。」
「もうそんなこと考えてやしないわよ。」
カレンお嬢様はわたしのツッコミに口を尖らせて反論した。
「でも、ここしばらくの王子の腑抜け様に油断していたようだけど、それも勘違いだったと大臣達は気付いたみたい。あの方、桃姫の前ではバカみたいに眉根を下げているけど、本来は厳しい方なんだから。」
わたしは桃姫に夢中になっている王子の姿しか知らないので、何とも言えない顔をした。
「まぁ、そのうち分かるわよ。」
そんな会話をするわたし達の後ろを
「お、王子待ってください。間もなく会議の時間がっ。」
と追いすがってくる数人の臣下達を蹴散らして進む王子の姿が見えた。
「会議の時間など多少ずれても構わないだろう。俺は熱を出した桃姫の見舞いをするんだぁ!」
「・・・・・。」
「お嬢様、わたしにはそれを理解する機会は訪れないような気がします。」
わたしはボソッとお嬢様に感想をもらした。
※ ※ ※
枯れ葉の一山を築いて、また一山築くためにホウキを動かす。
舞踏会の翌日、やはり冷たい水の中に入ったのが祟った桃姫は熱を出して倒れてしまった。
たくさんの見舞いの品が貴族や商人達から贈られ、それを置くための部屋を急遽用意したらしい。
三日目になる今日もまだ微熱が続いているそうなので、頃合いを見てわたしもお見舞いに行こうかと思う。
そう、翌日といえばもう一つ―――――。
舞踏会の翌日もいつものようにディー団長は早朝からわたしを迎えにやって来た。
まったく眠れなくて目の下に隈のできたわたしに、クスっと笑って部屋に入ってきたディー団長は、昨日の怖いくらい真っ直ぐな瞳はどこへ消えたのかというくらい、いつも通りの爽やかな笑みを浮かべていた。
ファイティングポーズで出迎えたわたしに
「何やってるんだ。さっさと行くぞ。」
とポフポフ頭を叩いて訓練場に引き連れて行ったディー団長は、まったくいつも通りのディー団長で変化のへの字も見当たらなかった。
これはわたしが気にし過ぎなのかと思いつつも、ディー団長とは離れたところで訓練に参加した。
桃姫が熱で訓練を休んだからか、仮面舞踏会という盛大なイベントごとが終了した後だからなのか、その日の訓練に参加した騎士達は久しぶりに落ち着きを取り戻したように、淡々と訓練をこなしていた。
走り終えて息を整えているところで、
「ヤマダ。」
と耳元でディー団長が声を掛けてきた。
「うぎゃあっ。」
昨夜のことがフラッシュバックしかけて声を上げて思いっきり前のめりにこけた。
「そんなに驚かなくてもいいだろう。」
「だ、だだだだって昨日、あんなことしてきておいて、何しれっと言ってるんですか!」
ディー団長はふうっと息を吐いてこちらに手を差し出してきた。
「ああでもしないと、またお前は誰かのために体を張って助けにいくだろう?」
肩透かしをくらった気分だ。ディー団長の出方を警戒してドギマギしていたわたしは何だったのだろう。
「何ですか。あれはわたしに対するイヤガラセですか。だったら口で言ってくれたらよかったのに・・・。」
「口で言っても聞かないからだろ。だから体で実行してみた。」
(だからといって、あんなことまでしなくてもいいのに。)
わたしは差し出された手を受け取った。
「身に沁みて分かりました。今後は二度とあんなことしないでくださいね。」
「お前が俺の言う事をきちんと聞けたらな。」
(それって、今後もあんなことされるかもしれないってことですか!?)
かなり心臓に悪い。
この人は靴擦れをおこしただけで人を抱っこする人なのだ。今後は少しの怪我でもしないように気をつけなければ、と思う。
立ち上がってディー団長の顔を見たわたしに、
「やっとこちらを見てくれたな。あのまま目も合わせてもらえないのは堪えるからな。」
と優しく笑いかけてきた。
どういう意味なのかと首を傾げていると、
「自分で考えろ。」
そう言って額を小突かれた。
「ヤマダ、今日は桃姫達もいないことだし、久しぶりに相手をしてやろう。」
片手持ちから両手持ちへと剣の握り方を変えたわたしとの手合わせはは初めてのことだったが、ディー団長は軽くわたしをいなして地面に倒れさせた。
「まだまだだな。」
そう言って笑ったディー団長はやっぱりいつものディー団長だった。
※ ※ ※
(そう、昨日も今日もフツーだったんだよね。)
ディー団長が認めた通り、イヤガラセでやられたことなんだと思っておけばいいのだろうか。
それにしてはあの時の目は真剣だった気がした。
アレが弟分に対する態度だろうか。
その先にまた別の感情があるような気がしたが・・・・、
「あー、もう分からんっ!」
わたしはホウキを投げ出して、枯れ葉の上にドサッと倒れこんだ。
手で顔を覆う。
(フツーが良い。その方が気が楽・・・。)
指先は冷たく冷えていたのに、わたしの頬はじんわりとその冷たい指先へと熱を伝えた。
しばらくそうしていると、カサカサと枯れ葉を踏む音が近づいてきて、
「ヤマダ?」
と声が掛けられた。
(こ、この声はっ!?)
「ヤマダ、今回はまた面白いことをしでかしてくれましたね。」
わたしはガバッと立ち上がり、深々と頭を下げた。
「す、すみません、ごめんなさい、わたしが悪うございましたっ!ヒューバート様のお怒りはごもっともですが、この通り平身低頭謝ります。本当に申し訳ありませんでした!」
わたしはヒューバート様の雷が落ちる前に、出来るだけ怒りを静めておこうと平に謝った。
わたしが下げた視線の先に、ピカピカに磨かれた革靴と皴の一つもなくアイロンがけされたズボンの裾が見えた。
「そんなに悪かったと思っているなら、こちらとしてはそれなりの罰を用意しないといけませんが。」
わたしは青くなって先ほどの謝罪に訂正をかけた。
「うう、嘘です!本当は悪かったなんて1割くらいしか思っていませんっ!」
「当然のことだと?」
冷たい声が降りてくる。大事な存在を傷つけるような真似をしたのだから、彼の怒りはもっともだ。
「アレは桃姫のためになると思ってしたことです。そして貴方のためにもなると・・・。」
桃姫に恋する人達は総じて腑抜けになるのだが、ヒューバート様は特に熱をあげて入れ込んでいるようだった。
世の中には、真綿でくるむような愛情もあるのだろう。それがいけないとは言わない。
ヒューバート様の場合は、そうしなければ彼女が壊れてしまうとでも思っているかのようだった。
周囲の人間すべてが敵だと思っていたうちの生徒会副会長も同じような人種だったから分かる。
彼にはわたしが敵ではないことを身体を張って証明して見せた。
ヒューバート様は親しい人達まで敵対視はしていないものの、桃姫に少しでも害をなそうとする人間には厳しいところがあったから、そんなことしなくても大丈夫なんだと感じて欲しかったのだ。
人はそう簡単に壊れたりしない、桃姫には窮地にも臆したりしない強さがあるのだと分かれば、安心して見守ることが出来るのではないかと思ったのだ。
だから、アノ現場にヒューバート様を呼ぶようにカレンお嬢様にお願いした。
わたしの足りない頭では言葉で言うよりも、実際に見た方が納得できると思ったのだ。
アレを踏まえてどう感じるかは、ヒューバート様の自由だ。
わたしに剣をくれて、厳しくも指導してくれたヒューバート様なら分かってくれると信じたかった。
「ヒューバートの為と・・・。ふむ、君は本当に面白い人間ですね。」
「へっ!?」
そこでようやくわたしは下げていた頭を持ち上げた。
今の今まで、目の前にいた人物をヒューバート様と思い込んでいたのだが・・・、
「あの、どちら様でしたっけ?」
わたしは間抜けにもそう尋ねた。
この人、誰?の状態で次回へ続きます。
生徒会副会長への身体を張った説得方法は、山田こぼれ話の「髪」で出てきています。




