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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
王宮生活~応用生活編
54/95

24・仮面舞踏会 その4

桃姫vs森の妖精。

少し長いです。

(桃姫はもっと人を疑うことを覚えたほうがいいんじゃないだろうか。)


妖精A:「ごめんなさいね。こんなところに呼び出したりして。」

妖精B:「静かなところでお話がしたかったの。」


わたしが桃姫なら連れてこられたとしても警戒しつつ相手の出方をうかがっていただろうが、桃姫は相手を疑うことを知らないのか、にこにこと笑って付いてきている。


妖精C:「可愛らしい人と聞いていたけど、本当だったわ。こうして来てくれるんだもの。」

(それって、つまりホイホイ付いてきた貴女はおバカさんね、ってことだよね。)


「こうして誘ってくれるなんて嬉しいな。こんな素敵な妖精さん達が声を掛けてくれたなんて、今日は良い日だわ。」

(天然コワイ、天然コワイ。今のは裏読みすると、貴女達なんて眼中にありませんよってことだからね。)


現に妖精3人はギロっと桃姫を睨んでいる。


その意味するところに気付いた王子がプッと吹き出した。

「俺のパートナーは本当に愛らしいなぁ。」

「しっ。静かにしてください。気付かれますよ!」

わたしはとっさに王子の口を両手で塞いだ。

「ヤマダ、近すぎ。」

それを横からディー団長が引き寄せる。王子の口を塞いだのは軽く不敬罪に当たるようだ。そんな今更なことで目くじらを立てるディー団長は本当に根が真面目だと思う。

(だからといってディー団長の方に引き寄せなくてもいいのに。)

「すみません。」

わたしはモゾモゾとディー団長の腕から抜け出した。


妖精達と桃姫の会話が進む中、遅ればせながらお嬢様とヒューバート様が会場から出てきた。

お嬢様が妖精達から見えない位置でヒューバート様の腕を引いて立ち止まらせる。

(そうそう、ちゃんと止めておいてくださいね、お嬢様。)


妖精A:「あっ。」

 ポチャンッ

桃姫の視線がズレた瞬間に、森の妖精Aが身に付けていたブローチを池に投げ入れた。

妖精A:「大変、私の大事なブローチが・・・。ねえ、貴女拾ってきてくださらない?優しい貴女なら拾ってきてくださるわよね?」

それはそれは艶やかに微笑み、妖精Aは桃姫にお願いという命令をした。


「あいつらっ!後で覚えていろよ。」

傍観するとは言っても、やはり桃姫に対する仕打ちに腹がたったのだろう。王子がボソッと呟く。

(よく堪えたバカ王子。)


ここでどう出るかで桃姫に対する彼女達の意識は変化することになる。嫌がって会場に帰るのか、誰かに助けを求めるのか、無茶な要求をのむのか・・・。

それを決めるのは桃姫だ。

(だけど、わたしの予測どおりなら―――――。)


「わかったわ。大事なブローチなのよね。私が拾ってくるから、そこで待っていて。」


桃姫は笑って、嫌がることもなくブローチを拾ってくることを選んだ。

(さすが、乙女ゲーを地でいく女。わたしの予測どおり!)

躊躇せず冷たい池の中を進んでいった桃姫は水の中に腕を突っ込んで、ブローチが落ちた辺りをパチャパチャと探し始めた。



~ヒューバートside~

「桃姫っ!」

ワザと身に付けていたブローチを池に投げ入れ、桃姫に拾わせに行かせた妖精達に怒りを覚えて駆けつけようとしたヒューバートの腕をカレンデュラが引きとめた。

「駄目よっ!お兄様はここで見ていて!」

「離しなさい、カレンデュラ!」

妹の腕を振り払おうとしたヒューバートに、しかしカレンデュラはぎゅっと腕を絡みとった。


「絶対に駄目!ヤマダが言ってた。これは彼女への試練だって。」

「どういうことですか。ヤマダが一枚噛んでいるということですか?」

この場にいないヤマダへの怒りが膨れ上がる。

(ヤマダは何を考えているんですか。)


「桃姫はただ優しく守られてるだけの弱い花ではない、ってヤマダは言ってた。今誰かが助けに入ったところで、今後また同じようなことは起こるって。桃姫が綺麗なだけの花でないことが証明されれば、他のこういうことをしようとする女の子達への牽制にもなるからって。だからもう少しだけ、我慢して見ていて。」


ふいにヤマダの声が自分の脳裏に蘇り、踏み出そうとした足が地面に縫い付けられた。

「綺麗な花を愛でていたいだけなら、綺麗なモノだけ見ていたいなら、王宮に引っ込んでいて下さい。」


「何ですかそれは。それではまるで・・・。」

(それではまるで自分よりヤマダの方が余程桃姫のことを理解しているようではないですか・・・。)


 ※ ※ ※


(おぉ、怒ってる怒ってる。)

ここから見ていてもヒューバート様が怒ってるのが分かる。

これは後で、ヒューバート様から怒りの雷が落ちるのは覚悟しておかないといけない。なんせ彼女のためとはいえ、愛しいお姫様を冷たい水の中にむざむざ入らせたのだから。

わたしは後日、わたしの身にふりかかるであろうヒューバート様の怒り様を想像してすくむ胃を押さえた。


「あっ、見つけた。」


明るく声をあげた桃姫に、わたしは再び池の方へと視線を戻した。

嬉しそうにブローチを手にして振り返ろうとしたとき、妖精Cがスッと目を細めて池に指先をつけた。

その指先から目に見えて池が白く凍っていくのが分かった。このままではすぐに桃姫のいる場所まで到達してしまうだろう。

これは彼女達の話の中には出てこなかったことだ。イタズラ心で起こしたことだろうが、シャレにならない。

王子とディー団長が身を乗り出す。


わたしは王子達からこっそり離れたところに移動し、池の中に両手を浸した。

意識を集中して魔力の流れをとらえる。わたしはその魔力の流れを自分の方に手繰り寄せ、分散させた。


池の中にあったスイレン達がゆっくりと花開いていく。

白いスイレンの花の中心部の淡い黄色が、会場から漏れてくる明かりに照らされボウっと光っていた。

次々に咲いていく白いスイレン達が幻想的な空間を作り出していく。

その中に佇む桃姫はまさに花の妖精のように美しく咲いていた。


わたしが取りこぼした魔力を受けて、桃姫の周囲に白い花びらが散った。それは冬を間近に控えた夜の闇に白い雪のように舞った。


その中で桃姫がにっこりと笑って妖精達にブローチを差し出した。

「はい、どうぞ。」

邪気のない笑顔は、邪な心を持つ人間にとってはまぶしいもの。

森の妖精達は怯えて何も言葉が出せず、怖々とブローチを受け取った。


今の桃姫の姿は、人間というより女神様に近い神聖なものを感じる。

この視覚的効果は絶大だ。今後、神聖な存在の『王の盾』に対して何かをしてこようとは思わないだろう。

(あの娘達もしっかり噂をしてくれそうだし・・・。)

わたしは目の端で、会場に向かっていく女の子達の姿を捕えた。


会場でわたしが実行した作戦の一つが、噂話が好きそうな女の子の耳にこの現場のことを吹き込むことだった。面白そうなことをしようとしている人間がいる、と耳元で囁けば、わたしの予測どおり女の子達はやってきた。

きっとこれから会場へ戻った彼女達は今の出来事を面白おかしく脚色して伝えてくれるに違いない。


これで桃姫の株は急上昇、反対に森の妖精達は株が急降下するはずだ。因みに、森の妖精達の素性は彼女達の耳に入れてある。



「王子、ディー団長。もう結構です。桃姫のところへ行ってあげてください。」


幻想的な空間に気を取られていた二人に声を掛けると、正気に戻った二人は立ち上がって桃姫の元へと歩き出した。

王子が自分の上着を掛け、ディー団長がその身体を抱え上げる。

「二人は戻って着替えを。俺は後処理が残っているからな。」

パキパキと指を鳴らして王子が妖精達を見据えた。


時を同じくして、ヒューバート様もツカツカとこちらの方向へ近付いてきた。ただし、桃姫のところではなく、森の妖精達のところへ。


「貴女達、自分が何をしたのか分かっているのですか!」

そう手を上げ、ヒューバート様が手を振り降ろした。


 パシンッ


頬を打つ音が静かな夜の闇に大きく響いた。


「ヤマダ、貴方っ!?」


ヒューバート様の振り下ろした手は、確かに頬を打った。


ただし、咄嗟に彼らの間に入ったわたしの頬を。


ディー団長のように格好良くその手を止められたらよかったのだが、わたしの反射神経ではこれが限界だった。わたしの目の奥で火花が星のようにチカチカ点滅する。

(思いっきりいきましたね、ヒューバート様。)


「駄目ですよヒューバート様。女性を叩いては。」

わたしはズキズキと痛みを訴える頬を押さえたい衝動を抑えた。


(大丈夫。こういう時は笑顔、笑顔が一番。)


「それにこれは貴方の仕事ではありません。」

わたしは「痛くなんてありませんよー」というように、ニコッと笑った。

「それをするのは・・・」


ヒューバート様とわたしの横を泉の精霊が颯爽と通り過ぎた。


「ワタクシの友人に何てことをしてくれたのっ!」

 

 パンッ パンッ パンッ


立て続けに3つの音が夜空に響いた。ヒューバート様の代わりにカレンお嬢さまが3人の妖精の頬を打ったのだ。

(それでこそお嬢様。)

わたしの方に振り向いたお嬢様の顔はスッキリとしたものだった。


ヒューバート様の暴挙とお嬢様の平手打ちまでは予測していなかったが、概ね予測の範囲内だ。


桃姫の凛とした対応に彼女達が桃姫自身に畏怖を感じたことは、ブローチを受け取った様子から見てとれた。

また、カレンお嬢様が面と向かって彼女達を敵とみなしたことで、彼女たちはオルンハイム家を敵に回したことになる。逆に桃姫は、実際がどうあれオルンハイム家の後ろ盾を得ているということになる。その意味が分からない程バカではないだろう。

3人は顔を青白くさせて

「そ、そんなつもりはなかったの。」

とあたふたと言い訳をしようと口を開いた。


しかし、そんな言い訳もヒューバート様の冷たい視線に打ち消された。

これが彼女達にとって一番痛手になるかもしれない。好きな人に自分達の醜態を見られてしまったのだ。今の出来事で、ヒューバート様が彼女達に振り向く可能性は0%を下回っている。恋する乙女にとってこれ程ショックなことないだろう。


「ふんっ。本当は俺がやりたかったのに。まあ、いいだろう。3人共、俺にとっても国にとっても重要な『王の盾』に手を出したこと後悔させてやる。追って沙汰を出す。」

王子が止めとばかりに3人に申し付けた。


3人は力が抜けたように、その場にへなへなと座り込んだ。



山田の男前発動。


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