23・仮面舞踏会 その3
陰口はなおも続いた。
妖精A:「カレンデュラのあの黒みがかった髪。カラスみたいだと思わない?」
わたしはお嬢様にこそっと教えてあげた。
「わたしの国ではカラスの濡れ羽根色って言って、艶やかな黒髪は褒め言葉なんですよ。」
妖精B:「それにあの瞳。氷みたい。こちらをじっと見つめてこられると寒気がするのよ。」
「睨まれると凍りつきそうなのは確かですが、むしろ意志の強い目と言って欲しいですよね。あの人達、髪色もそうですがヒューバート様も同じ瞳なのだと気付いていないんでしょうか?」
妖精C:「性格だってわがままだし。機嫌を取るのが大変なのよ。オルンハイムの人間でヒューバート様の妹でなかったら相手しなかったわ。」
「分かってないなぁ。お嬢様のわがままなんて可愛いほうですよ。」
オルンハイム家は侯爵位で、ヒューバート様とカレンお嬢様の父親が現宰相を務めている。つまり、そんな家柄の人間に媚びを売っておけば、自分たちの地位も安泰だと考えているようだ。
カレンお嬢様に比べたら、そんなことを計算に入れて動いている彼女たちの方が余程醜悪に思える。
「お嬢様、ズイブンなオトモダチですね。」
皮肉を込めて言ったら、お嬢様はふぅっと息を吐いて、
「もういいわよ。フォローしているようで、貴方ってところどころ失礼なのよ。あんな人達、もう友達でもなんでもないわ。でも・・・。」
コツンとわたしの肩に頭を傾けてきた。
「・・・ありがと。」
(うわぁ、デレた。あのツンケンお嬢様がデレた。今のレコーダーに録音しとけば良かった。ってこの世界にそんな便利道具ないじゃん。)
わたしがお嬢様のデレにきゅんきゅんしていると、森の妖精達の話は物騒な方向へとずれていった。
妖精C:「ねえ、カレンデュラが使えないなら、私達で直接『王の盾』に警告してやらない?今日は仮面をつけてるし、こちらの素性なんてバレやしないわよ。」
妖精達は、仮面をつけているせいで気が大きくなっているようだ。
他の二人も賛同し、桃姫への警告とやらについて案を練り始める。
(仮面を付けているとはいっても、貴方達の素性はこちらにモロバレなんだけどね。)
急の思いつきなので、彼女達の警告とやらは、よくある「呼び出し」くらいしか出来ないだろう。
聞いていると、まさにそんな感じで方向性は決まっていっているようだ。
(では、こちらも妖精達の計画をふいにする計画を練ることにしますか。)
真っ正直に彼女達を止めようと立ち上がりかけたお嬢様の頭を押さえつける。
「な、何するのよ!?あの人達を止めないとっ」
「しっ。今止めるよりも更に有効な案を考え付きました。」
わたしはぼそぼそとお嬢様に耳打ちした。
「―――――ということで、お嬢様はヒューバート様を連れてきてください。いいですか?くれぐれもヒューバート様に助けに入らせないように。うまくいけば、あの3人のように桃姫に手を出してこようとする女の子達への牽制にもなります。」
あの3人の妖精は氷山の一角で、同じようなことを考えている女の子はたくさんいるだろう。
今回のことで上手く立ち回ることができれば、今後桃姫に手出ししてこようとする女の子達は格段に減ることになる。
「貴方って、よく一瞬でそこまで悪知恵がはたらくわね。」
「お褒めの言葉として受け取っておきます。経験の差ですよ。わたしはこんなこと日常茶飯事な世界にいたんですから。」
生徒会役員関連の陰湿ないじめは本当に大変だった。空き教室に閉じ込められるたり、靴箱を荒らされたり、机にごみをまかれたり・・・。その度に犯人を捕まえて、役員達に恋愛感情はこれっぽっちも抱いていないことを相手が納得するまで説明し、生徒会書記の苦労を相手が「もういいです」と言うまでこんこんと語ったりしたものだ。事態は2,3ヶ月で収束したが、女の嫉妬が恐いと思い知らされた日々だった。
わたしはふふっと笑ってお嬢様に顔を向けた。
「お嬢様、あの森の妖精達に存分に後悔させてあげましょうね。」
「・・・ヤマダ、目が笑ってないわよ。」
お嬢様がわたしの目に一瞬ビクッと怯えた。
「わたしの友達を侮辱したこと、わたしの友達に手を出そうとしたことへの罰です。」
わたし達は妖精達の警告の邪魔をするべく、二手に分かれた。
※ ※ ※
舞踏会の会場はまだまだ賑わいを見せ、食事をとる者、ダンスを踊る者等、様々な異形の者達でひしめいていた。
お嬢様はヒューバート様に纏わりつきながらも、森の妖精達へと意識を集中させている。
妖精A、Bが王子とサイラスさんを足止めし、Cが桃姫に近づいていった。
それを確認し、わたしも計画のひとつを実行に移して、一足先に呼び出しの場へと向かった。
呼び出し先は、中庭にある人工的に作られた大きな池だ。そこは季節になると綺麗なスイレンが咲くのだと庭師のおじさんが言っていたが、今は何もなく殺風景な状態なので傍には誰もいなかった。
わたしはその池近くの植木の陰に身を隠した。
(さっさと来てくれないかな。)
冬ももう間近にせまってきているので、昼間の暖かさと比べて夜間は冷えるのだ。
腕をさすっていると、後ろから
ガサっ
という枯れ葉を踏む音が聞こえた。
「おい、そこの不審者。」
わたしを不審者呼ばわりした主が、隠れていたわたしの仮面を剥ぎ取る。
「やはりヤマダだったか。何を隠れてコソコソやってるんだ?」
ディー団長を伴ったラズーロ王子が後ろに立っていた。
「げっ、バカ王子。何しに来たんですか。」
「バカは余計だ。」
王子がわたしの頭を小突いてきた。
「ディエルゴが会場にいたお前の姿を見てヤマダだと言ったので、面白そうだったから見に来た。お前、女顔だとは思っていたが、そういう格好だと本当に女にしか見えんな。」
王子に思いっきりバカにされた態度を取られたため、ディー団長を恨めしく思い睨みつけた。身長の低いわたしから、背の高いディー団長へは下から見上げる形になるので、睨みつけてもあまり迫力がないのが残念だ。
(何故そこで赤くなる?)
睨みつけられたはずのディー団長が、視線を逸らして何故か顔を赤くした。きっと、この格好を見て吹き出しそうになっているのを堪えているのだろう。
(だから見られたくなかったのに。)
「・・・ディー団長。笑いたければ笑ってください。」
わたしは投げやりにそう言った。
「それにしてもよくわたしだと分かりましたね。」
いくら知り合いだとはいえ、この格好でわたしがヤマダだと分かる人がいるとは思わなかった。
「あぁ、チックとナートが俺に教えてくれたんだ。」
「あいつら・・・。二人とも笑ってたでしょう?」
「いや、そんなことはない。俺も似合ってい」
「いいです。似合っていないことは分かってますから。」
ディー団長の口から「似合っていない」と聞くのは屈辱的だったので、その言葉をさえぎった。
「それより、気が済んだならさっさと会場にお戻りください。わたしはここで大事な用があるんです。」
「なら、俺も付き合ってやろう。」
王子がわたしの横にしゃがみ込んだ。
「その格好で暗がりにいて、変な気を起こした男に襲われでもしたらどうする。」
王子とは反対隣へディー団長が来る。
(ディー団長は心配してくれているみたいだけど、王子は完全に面白がっているだけのような気がする。)
「どうせ会場にいてもおべっかを使ってくるやつらばかりでつまらんからな。」
(やっぱり。)
二人はどうあってもこの場から去ってくれそうにはなかった。それに、そろそろあの妖精達もやって来るころだ。
「実は―――――。」
わたしは二人を仲間に引き入れることにした。簡単に経緯を説明し、くれぐれも邪魔だけはしないように釘をさす。
「ふん、やはり面白そうなことを考えていたか。その話、俺も乗ってやろう。」
「いいんですか?王子は反対するかと思いましたが。」
「桃姫のことはもちろん愛しいと思っているが、俺のパートナーがどこまでできるか見てみたい。真綿にくるまれているだけの姫も良いが、俺のパートナーなら強くあるほうが良い。」
(へえ、バカだバカだと思っていたけど、ヒューバート様のように恋狂っているわけではないんだ。)
冷静な王子の言葉は、バカという評価を改めようかと思わせるものがあった。
数分後、桃姫を連れた森の妖精達が会場を抜けてこちらへ向かってくるのが見えた。
あっ、バカ王子がバカじゃなくなった・・・。
ディー団長は軽くスル―された。




