22・仮面舞踏会 その2
仮面舞踏会の会場は精霊や道化師など様々な者に扮した人々で華やかに彩られている。
わたしは給仕係として飲み物や食べ物をせっせと運んでいた。
「ねえねえ。かーのじょっ。」
「会場を抜け出して俺らと遊ばない?」
二人の騎士がライトブルーの衣装を纏った泉の精霊に声を掛けていた。
(何をやっとるんだ。この二人は。)
仮面を被る人々の中、騎士だけは会場の警備もあるため、騎士の正装でシンプルなデザインの白い仮面を被っているからすぐ分かる。顔を覆う仮面も顔の上半分しか容積がないため、知っている人なら誰が誰なのかすぐ判別がつくのだ。
「チックさんもナートさんも何やってるんですか。二人とも勤務中でしょうが。」
わたしの声に反応した二人が周囲を見渡す。キョロキョロとしているので、この格好のわたしがヤマダだとは気付いていないようだ。
仕方がないので、ドクロの仮面を持ち上げて顔を見せた。
「うそっ、ヤマダ!?」
「何だよその格好は。」
二人してジロジロ見てくるのはやめて欲しい。
「給仕係の衣装がこれしか残っていなかったんです。可笑しいのは重々理解していますから、お願いだから笑わないでください。それより、仕事をさぼってナンパなんかして・・・。ディー団長とガーランド副団長に言い付けますよ?」
「うわっ。それだけは勘弁して!」
チックさんがわたしの腕にすがりついてきた。
「ほらっ。分かったらさっさと仕事に戻ってください。」
わたしは、しっしと二人を追い払った。
「大丈夫でしたか?」
この場に残された泉の精霊に話し掛ける。泉の精霊は恐かったのかプルプルと震えていた。
「大丈夫よ。もう少ししつこかったら、向こう脛を蹴ってやろうかと思っていたところよ。・・・それよりもヤマダ、女の格好をしていたら貴方だって分からないじゃない!」
「カレンお嬢様!?」
プンすかと仮面を取った向こうには、冷たいアイスブルーの瞳が待ち構えていた。
プルプルと震えていたのは、恐怖ではなく怒りから来るものだったようだ。
お嬢様は「やる」と決めたらやる人なので、わたしが止めるのがもう少し遅かったら、二人とも向こう脛を蹴られてぴょんぴょん跳ねることになっていただろう。
二人とも、止めてあげたわたしに感謝して欲しい。
「泉の精霊になっていたとは知りませんでした。てっきりお嬢様は黒いドレスを着ているものだとばかり思っていたので、黒い衣装の人ばかり観察していました・・・。」
お嬢様は綺麗な黒に近い藍色の髪を真珠であしらった鎖と共に編み込み、片側にまとめて流している。
真珠が水中の泡のようにきらめいている。腰から細やかなドレープが流れるライトブルーのドレスが、幼さの中に艶やかさも演出している。
わたしが思った通り、他のどの精霊よりも素敵な精霊だった。
「それは・・・あなたが・・似合う・・・言ったから・・・。」
周囲の音が煩く、お嬢様の小さな声では切れ切れになって上手く聞こえない。
しかし照れている様子から、わたしの意見を参考にしてくれたのだと分かった。
「とてもお似合いですよ。」
わたしは笑ってドクロの仮面をつけ直した。
「ところで、ヒューバート様はどうされたんです?一緒に来なかったんですか?」
「ちっ。今の衝撃でせっかく忘れかけていたのに・・・。」
(だから、貴族のお嬢様が舌打ちなんてしないでくださいよ。)
「お兄様なら、花の妖精と一緒のはずよ。ほら、噂をすればあそこに。」
お嬢様の指差した方向には、確かに花の妖精がいた。
~チックとナート~
チック:「それにしてもびっくりしたよな。まさかヤマダだとは思わなかった。」
ナート:「あぁ。ああいう格好してると本当に女にしか見えないよな。」
チック:「なあ、これ、ディエルゴ団長にも教えようぜ。」
チックが面白いことを思いついたという風に笑った。ナートもそれに賛同してニヤリと笑う。
チック&ナート:「「・・・それにしても可愛かったよな、ヤマダ。」」
二人してしみじみと呟いた。
※ ※ ※
(花の妖精、というか花の王女様だな、あれは。)
ピンクローズで出来た冠を被り、造化でできた小さな花達であしらわれた仮面を被った桃姫はいつも以上に可愛くて綺麗だった。
胸元に冠と同じピンクローズが飾り付けられた衣装は、薄いシルクが何層にも重なったふわふわと可愛らしく華やかなものだった。シルクは一枚一枚が薄い色で染色されていて、様々な色合いが折り重なり虹のようにきらきらとしている。
いつも以上に煌めいている桃姫の周りには、いつも以上に取り巻きが出来ていた。
ラズーロ王子やヒューバート様、サイラスさんはもちろん貴族の多くの男性達が周囲を囲んでいる。
ディー団長の姿がなかったが、きっとこの会場のどこかで警備に当たっているのだろうと思い、あえて姿を探すことはしなかった。
(この格好を見られたら、恥ずかしすぎて目が合わせられない。)
わたしは未だにこのフリフリのメイド服に違和感を感じまくっていた。あの騎士の二人にこの姿を晒したことさえ、汚点だと思っているのだ。ましてディー団長に見られでもしたら、脱兎のごとく逃走する。
やがて音楽が鳴り、ダンスが始まった。
桃姫の最初の相手はもちろんラズーロ王子だ。華麗にステップを踏む桃姫は本物のお姫様のようだった。各々が分散してパートナーを得て踊り始めたが、男性人の視線は桃姫に釘付けだ。パートナーの女性に足の甲を踏まれている男性の姿がちらほら見えた。
「お嬢様は踊らないんですか?」
「ワタクシはいいわ。お兄様もあの人に夢中でしばらくワタクシとは踊ってくれなさそうだし。」
(他の貴族の男性とでも踊ればいいのに、お兄様以外は眼中になしですか。)
ヒューバート様の視線は桃姫に注がれ、女性からダンスに誘われても相手に視線を合わせることもなく断っているようだ。
「少し風に当たりたいわ。ヤマダ、付いて来なさい!」
お嬢様が命令口調でわたしに言った。
(一緒に付いて来て欲しいならそう言えばいいのに。)
「お嬢様の仰せのままに。」
「恭しく言っているけど、口調が笑っているのよ。」
仮面で隠れているとはいっても、口調でそうだと分かるくらいにはわたし達は仲良くなれているらしい。
わたし達は人ごみの中でお互いを見失わないように、手を繋いで外へ出て行った。
※ ※ ※
華やかな光の裏には陰が出来るもの。
お嬢様と二人で中庭に面した静かな廊下を歩いていると、ヒソヒソと陰口を叩く3人の森の妖精に出くわした。そんなもの普段のわたしなら通り過ぎてやり過ごすのだが、どうやら陰口の相手はカレンお嬢様のようだった。会話の端々に「カレンデュラ」という言葉が聞こえた。
わたし達はこっそりと物陰に隠れて3人の様子を観察した。
妖精A:「せっかくけしかけたのに、ヒューバート様があの女から離れないのはどういうこと?」
妖精B:「私達が色々と考えて吹き込んだ意味がないじゃない。それに最近『王の盾』と親しくしてるみたいじゃない。」
妖精C:「カレンデュラったら何してるのかしら。あの方の妹だから仲良くしてあげてたのに、使えないったらないわね。」
どうやらお嬢様は彼女たちに色々と吹きこまれたせいもあって、桃姫を目の敵にしていたようだ。
「あいつらお兄様の熱心な取り巻きよ。ワタクシにもいい顔して近付いてきたから友達付き合いしてあげてたのに・・・。」
彼女達もお嬢様も「してあげた」という精神からしておかしいとは思わないのだろうか・・・。
(まあ、お嬢様の方は友達だと思っていたんだろうけど。)
そうでないと握った手が怒りで震えたりはしないだろう。
わたしと繋いだお嬢様の手が怒りで震えているのが伝わってきた。
(女が3人集まれば姦しい、と言うのは分かるんだけど・・・自分の友達が悪く言われるのは腹が立つな。)
少し雲行きが怪しくなってきました。




