21・仮面舞踏会 その1
少し百合風味なのでご注意を。
「――――それでね、お兄様と久しぶりにお茶をしたんだけど、お兄様自らお茶を淹れてくださって・・・。」
このお嬢様は、さっきから何度『お兄様』と言ったのだろう。
わたしは現在、王宮の調度品の壺をせっせと磨き中。始めのうちは面白がって、心の中で数えていたのだが、あまりの『お兄様』の多さにアホくさくなってやめた。
カレンお嬢様は暇を見つけると、こっちの忙しさに構わず、こうしてお兄様自慢をしに来るのだ。お嬢様は本当にお友達がいない子なのかもしれない。
「ねえ、聞いてるの!?」
無心で壺磨きをしていたわたしにお嬢様の活が入る。
「はいはい、聞いてますよ。お兄様の素晴らしさには脱帽です。もう男として勝とうなんて小指の爪の先ほどにも思っていませんよー。」
適当な返事をしてごまかす。お嬢様のお兄様自慢は右から左に抜けていたので、これっぽっちも頭に残ってはいない。
「違うわよ!今度の仮面舞踏会に着て行く衣装の話よ!」
いつの間に話題が変わっていたのか、近々王宮で行われる仮面舞踏会へと話は進んでいたらしい。
この国では、冬を迎える頃になると、各々が様々な人間以外の者に扮して冬の精霊を迎え入れるという伝統があるのだそうだ。
冬は農作物の育たない季節なので、冬の精霊を楽しませて「出来るだけ穏やかな冬にしてください。」とお願いする意味も含まれているらしい。
このごろは街でも色々な仮面や衣装が店頭に並んでいる。王宮でも大規模な仮面舞踏会が行われるのだそうだ。各自が工夫をこらして色々な衣装を纏い参加するという、舞踏会の中でも1,2を争う派手なイベントでもあるのだと聞いた。
お嬢様はその仮面舞踏会へ行く為の衣装について思いをはせているようだ。
「この黒髪に合わせて、全身真っ黒なドレスで吸血の姫でもしようかしら。それとも魔女?ねえ、ヤマダはどう思う?」
「そういった相談はヒューバート様にされたらどうですか?ヒューバート様ならセンスも良さそうだし。」
「駄目よ。お兄様には当日まで内緒にして驚かせたいんだもの!」
仮面舞踏会は文字通り、仮面をつけて参加する舞踏会だ。お互いの素性が分からないということもあり、いつも以上に相手とフランクに接することができるうえ、相手が誰かを予測する楽しみが加わるのだ。この時ばかりは堅苦しい挨拶はしてはいけないのだそうだ。上下の区別なく、みんなが冬の精霊を迎え入れる使者として平等に参加できるのがこの仮面舞踏会の良いところだ。
あと、仮面舞踏会では、相手の名前を言い当てることが出来たらその相手の仮面をはずさせることができる決まりなのだという。恋人同士やお目当ての人物がいる人は、仮面をつけた意中の相手を探すというドキドキ感も加わることになる。
その舞踏会にお嬢様も参加するのだ。
「お嬢様なら泉の精なんかが良いんじゃないですか?」
「えー。嫌よ。だって精霊なんてありふれた格好、みんなするもの。」
わたしの提案にもカレンお嬢様はあまり乗り気ではない様子だ。
「カレンお嬢様はそこら辺にいる貴族のお嬢様方より美少女なんだから、あえて奇をてらわなくとも同じ精霊といっても一際目立つと思うんですけど・・・。瞳に合わせたブルーの衣装とか似合うんじゃないですか?」
(あっ。こんなところに汚れが。)
ゴシゴシと壺の汚れを拭き取りながら言った。
「ヤマダって、天然タラシよね。」
「ん?何か言いました?」
「いいえ、何も。貴方って、聞いていないようで人の相談事にはきちんと耳を貸すのね。」
これはお嬢様なりの褒め言葉だ。ヒューバート様と同じで、真っ正直に人を褒めることがないので分かりづらい。
「ねえ、ヤマダも仮面舞踏会に参加しなさいよ。」
お嬢様がわたしを誘ってくれたが、あいにくその日は仮面舞踏会の給仕のバイトを入れてあるのだ。
「すみませんお嬢様。わたしはその日は給仕係をするので。それに、王宮の舞踏会に参加できるような衣装も容易できませんし。」
「だったらワタクシが用意するわ。」
せっかくだが、その申し入れには同意できない。
「誘っていただいてなんですが、わたしはお嬢様の友達だと思っているので、お嬢様からそのような施しを受けるわけにはいかないんです。」
友達の間での金銭のやり取りは、非常時を除いてご法度というのがわたしの信念だ。
借りたとしても翌日には返すくらいでないと、一度そんな関係になってしまえば、無意識のうちに上下関係ができてしまう。
わたしは汚れた雑巾を床に置いたバケツに浸して洗い始めた。
するとお嬢様がそのわたしの背に覆い被さってきた。
「ヤマダ・・・貴方のそんな頑ななところ、嫌いではないわ。」
お嬢様はこういうところは無防備だ。わたしが本物の男だったらどうするのだろう。
ここは一度ヒューバート様に注意してもらう必要があるのではないだろうか。
(いや、でもその場合、こういった状況になったわたしが怒られるのでは?)
即刻中止することにする。
(ヘタをするとわたしとお嬢様の友情がぶち壊しになる。)
わたしだって、せっかくこの世界で出来た友人を失うようなことはしたくないのだ。
残念といったふうに肩を落とすお嬢様を元気付けるためにも、わたしは明るく声を掛けた。
「お嬢様、当日は給仕係もドクロの仮面を被るので、気が向いたらわたしがどこにいるか探してください。」
気を取り直したお嬢様も頭を持ち上げて明るく返してくれた。
「分かったわ。ヤマダもワタクシを探してね。約束よ。」
「はい。約束です。」
「・・・。ところでお嬢様?」
「何よ。」
「いい加減どいてください。重いです。」
ずっと腰を曲げたままの体勢になっているのは正直きつい。
「女性に年齢と体重の話はしてはいけないのよっ!」
そこは全世界共通らしい。お嬢様がわたしの首をぎゅっと絞めてきた。
「ぐえっ。お、お嬢様馬鹿力・・・。」
「貴方って本当に失礼ねっ!」
更に力を込められた。
そのやり取りはわたしが苦しくなって顔が青白くなるまでしばらく続けられた。
※ ※ ※
―――――そして舞踏会当日。
給仕係は女性はゴシックな白黒のメイド服、男性は執事風の衣装でカチッと決めている中、わたしはといえば・・・
「何でわたしがメイド服を着ないといけないんですか!?」
「悪い悪い。発注ミスがあってな。男用の衣装もあるにはあるんだが、お前にはデカすぎてダボダボなんだ。余りのメイド服で我慢してくれや。お前は小柄で女顔だし、どうせ仮面を被るんだ。違和感なんてないだろ。」
給仕係のトップの人が手渡してきたのは女性用のメイド服だった。どこで用立ててきたのか、ちゃっかり黒髪のカツラまで用意されている。
「ごめんなー。」
そう笑って衣装を押し付けられた。
仕方がないので着替えることにする。
(何で異世界くんだりまでやって来てメイド服を着用しなきゃいけないの・・・。)
わたしは白いブラウスに黒のワンピースを被り、フリルの付いた白い前掛けを腰に巻き、黒いリボンを胸元に結んだ。
「やだぁ、私より似合うじゃない!」
同じ給仕係の色っぽいお姉さんに褒められた。お姉さんはボンキュッボーンな出るとこは出ている典型的な美女で、可愛らしいメイド服より、露出の激しい服装の方が似合いそうな感じだ。
そのお姉さんがウェーブのかかった黒髪のカツラを左右2つに分けて頭の上でくくってくれた。ツインテールになった髪に白いリボンを形よく結んで完成だ。
「何か味気ないわね・・・。そうだ。ちょっとこっち向いて。」
グイッと顎を掴まれて、あと少しでキスできそうな距離でピンク色の口紅を塗られた。
周囲の男性陣からゴクッと羨ましそうな唾をのむ音が鳴る。
「はい、完成。」
「仮面を被るので、口紅はいらないんじゃないですか?」
「バカね。こういうのは隠れた部分まできちんとオシャレをしてなんぼなのよ。」
お姉さんはわたしの額を形の良い指先で小突いて、
「うふっ。こういう格好をすると、ヤマダって本当に可愛いのね。」
チュッ
頬に赤い唇を押し付けてきた。
男性陣から、おおっというどよめきが起こったが、わたしはゾワっと鳥肌が立った腕をさすった。
(ごめんなさいお姉さん。百合な展開は勘弁してください!)
お嬢様は友達として山田が好き。
お姉さんは若干怪しい・・・。




