20・焦げたクッキー
それぞれの手作りクッキーの行方。
「わ、わたしのは焦げてるし、いいよ。二人で行ってきなよ。」
そんなわたしの言葉にも桃姫は熱くエールを送ってくれた。
「そんなことないよ。一生懸命作ったんだから、みんな受け取ってくれるよ。」
(だから嫌なんだってば。)
作ったクッキーを可愛らしくラッピングした桃姫達は意気揚々とわたしを連れて調理場を後にした。
「さあ、誰から渡しに行こうか。」
~ラズーロ王子の場合~
桃姫の手作りクッキーをそれはもう嬉しそうに受け取ったラズーロ王子は、次いでわたしの渡した袋の中身を見て言った。
「何だこの物体は。」
「クッキーです。」
因みにカレンお嬢様のクッキーは快く受け取ってもらえている。その辺はフェミニストな王子らしい。
「こんな消し炭食えるか!」
わたしのクッキーは投げ返されてしまった。
きっとわたしが女だったら、ぶつくさ文句を言いながらも受け取ってくれたかもしれない。こんな焦げたクッキーを、しかも男から渡されたら、わたしが王子だったとしてもブチギレている。
「そこまで言わなくてもいいでしょう!」
それにしても態度が失礼だったので、袋から幾つか取り出して王子の口に放り込んでやった。
王子は目を白黒させて無理やり租借して飲み込んだ。
「に、苦っ!」
「さあ、次に行きましょう。次に。」
(こんな苦行さっさと終わらせてしまいたい。)
~サイラス神官の場合~
桃姫の手作りクッキーに涙を流して喜び、カレンお嬢様のクッキーも「ありがたく頂戴します。」と受け取ったサイラスさんは、わたしが渡したクッキーを見て言った。
「何ですか?この物体は。」
「ク、クッキーです。」
サイラスさんは焦げたクッキーを見たのは初めてだったらしい。その口調は皮肉ではなく、本気で質問しているように思えた。
「あの、やっぱりいいです。持って帰って自分で食べます。」
大分顔色がマシになったとはいえ、まだ少し青白いサイラスさんにこのクッキーは毒にしかならないだろう。
捨てるのはもったいないので、後で自分で食べようと思う。
袋を下げようとしたわたしの手をサイラスさんが止めた。
「食べ物を残すのはもったいないんですよね?いいですよ。お腹が空いた時に頂きます。コザルなりに頑張って作ったんでしょう?」
(どうしたんだろう?この優しさは。疲れすぎて頭がショートしたのかな?)
あまりにも普段のサイラスさんの言動からかけ離れた言葉に呆然としていると
「何ですかその顔は。」
とわたしの頬をつねられた。
(あぁ、いつものサイラスさんだ。)
いつも通りの対応に安心する。
次いでわたし達はヒューバート様のところへと向かった。
[おまけ]
その日の深夜。
小腹が空いたサイラスは、ヤマダから受け取ったクッキーの袋を開けた。
桃姫とカレンデュラからもらったクッキーはすでに食べてしまっている。残ったのはこの焦げたクッキーだけだ。
サイラスは袋の中から一つ取り出すと、恐る恐る口に入れた。
「に、苦っ!」
焦げたクッキーはやはり焦げた味しかしなかった。
~ヒューバート宰相補佐の場合~
「私にくださるんですか?とても嬉しいです。」
桃姫の手作りクッキーを満面の笑みで受け取ったヒューバート様に、お嬢様も自分のクッキーを「はい、お兄様。これはワタクシが作ったの。」と手渡す。
「カレンデュラも作ってくれたのですか。ありがとう。後でゆっくり頂きます。」
ヒューバート様は、いつもの冷たいアイスブルーの瞳を柔らかく細めて受け取っていた。
(ふんふん。妹にはやっぱり優しいのか。)
とその様子を眺めていると、
「それで、ヤマダも持ってきているのでしょう?出しなさい。」
わたしが持っていた袋に気付いたヒューバート様が声を掛けてきた。
すでに二人から「何だこの物体は?」と言われていたわたしはとっさにクッキーの袋を後ろに隠した。
「だ・し・な・さ・い。」
冷気を発しながら言われたため、仕方なく袋を差し出す。
袋を開けたヒューバート様は、ふんっと小バカにした態度で言った。
「何ですかこの物体は。」
「ぐっ、だから渡したくなかったのに・・・。ク、クッキーです。」
ヒューバート様は袋から一つ取り出して口に入れた。
「・・・。ヤマダ、もう少し精進なさい。」
そしてもう一つ取り出して、今度はわたしの口に放り込んだ。
「に、苦っ!」
こんなモノを顔色ひとつ変えずに食べたヒューバート様に敬意を払いたい。
カレンお嬢様とはここで別れた。お嬢様がヒューバート様に家に送ってもらうようお願いしたのだ。
お嬢様はディー団長とはあまり親交がないので、クッキーは用意しなかったのだそうだ。
嬉しそうに兄であるヒューバート様の腕にくっ付いている。
ここは兄妹二人水入らずにしてあげようと桃姫と一緒にディー団長のもとへと向かった。
~ディエルゴ騎士団長の場合~
「はい、団長さん。」
桃姫の手作りクッキーを「ありがとうございます。」と受け取ったディー団長は、
「ヤマダは作らなかったのか?」
と尋ねてきた。
ここに至るまでに、3人に「何だこの物体は?」と言われてへこんでいたわたしは、上着のポケットにクッキーの袋を押し込んだ。このうえ、ディー団長にまで「何だこの物体は?」と言われたら浮上できない。
「作るには作ったんですが、人数配分を間違えてしまって・・・。ディー団長の分は残っていないんです。ごめんなさい。」
4人という少ない人数を間違えるわけもないのに、人の良いディー団長はその嘘を信じてくれた。
「何だそうなのか。また作る機会があったら俺にも持ってきてくれ。」
「はい、そうします。」
そう返事をしたものの、お菓子作りは二度とごめんだと思った。
(そんな機会、二度とないですよ。今度桃姫に誘われても作りたくないです。)
心の中で呟いた。
桃姫とはここで別れた。
桃姫は王宮の図書館で今度のお菓子作りのレシピを探すのだそうだ。騎士団の宿舎から図書館は目と鼻の先の距離なので、ついでに寄っていくと言っていた。
わたしは他に用事もなかったが、特に図書館へ行きたいわけでもなかったので家に帰ることにした。
騎士団の宿舎を横切っていると、のそのそと歩いているガーランド副団長の姿が目に留まった。
(ガーランド副団長なら、見た目を気にせず一気に食べてくれそう。胃も強そうだし・・・。)
「ガーランド副団長っ。」
呼び止めたわたしに振り向くガーランド副団長。
「おう、何だヤマダ。」
「あの、クッキーはお好きですか?少し焦げてはいるんですが・・・。」
ポケットの中に押し込んだクッキーの袋を取り出したときだった。
「すまない。それは俺のだ。」
後ろから伸びてきた手に、わたしのクッキーの袋は奪われてしまった。
「あっ、ディー団長。それは」
「俺に作ってくれた分だろ?」
焦げたクッキーを嬉しそうに取り出すディー団長だったが、わたしにとっては辱めを受けているようにしか思えない。ガーランド副団長は雑食で何でも食べるイメージがあるが、ディー団長は美味しい物しか口にしないイメージがあるのだ。そんな見た目も悪い焦げた匂いのするクッキーなんて食べてるイメージはまったくない。
「うっ、いや、まあ、そうだと言われればそうですが。でも駄目です。もうガーランド副団長にあげると決めたんです。ディー団長にはまた作ってきますから。そのクッキーは返してください!」
強く言ったつもりだったのだが、ディー団長は次々と口に入れていった。
「一つくらい俺に残してくれよ。」
ガーランド副団長がうらめしそうに言ったが、
「駄目だ。これは全部俺のだ。」
とうとう最後の一個まで完食されてしまった。
「少々焦げてはいるが、美味かったぞ。」
ディー団長はきっと味覚が壊れているに違いない。あんなに苦いクッキーを美味しいと言って食べたのだ。
でも、美味しいと言ってもらえて嬉しかったわたしは、ディー団長の味覚のおかしさは指摘せず、
「ありがとうございます。」
とお礼を述べた。
「また、作ってきてくれ。」
ディー団長はそう言って優しく頭を撫でてきた。
わたしは今度作る機会があれば(万が一にもそんな機会は来て欲しくはないが)、もう少しまともなモノを作ろうと心に誓った。
とりあえず、王子以外にはクッキーを受け取ってもらえた山田。
ディー団長は山田が作ったクッキーだから美味しく感じたのであって、味覚がおかしいわけではないです。




