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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
王宮生活~応用生活編
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19・リトルレディ その5

ユネスさんとの会話の間に、知らないうちに冷や汗をかいていたようだ。

汗を拭っていると、ふと服の袖を引かれた。


「お嬢様・・・。どうされました。もう疲れましたか?」

お嬢様は浮かない顔で下を向いている。

「ワタクシ・・・『王の盾』が来れば国が平和になるのだと心のどこかで思っていたわ。」

「ああ、聞いていたんですか。『王の盾』だって一人の人間ですからね。その指先の一振りで人を幸せにすることはできませんよ。」

(その微笑一つで幸せになれる人はいそうですが。)


「ワタクシ、そんなことにも気付いていなかったわ。この間からずっと、ヤマダ・・・貴方のほうが余程物事を分かっているような気がする。」

「そんなことはないですよ。」

世界が違う分、色々と考えさせられるだけのこと。わたしもこの国に生まれていれば、『王の盾』を平和の使者と思っていただろう。

お嬢様はこれまで自分の世界の外のことを知る機会がなかっただけのように思える。知ることができれば、それを柔軟に受け入れる心の柔らかさを持っているのではないだろうか・・・。


(知らないのなら、知ればいい。)


 ※ ※ ※


「―――――だからといって、何でワタクシがあの女と仲良くお茶をしなければならないの!?」

「だって、相手をよく知らないうちに敵対視するなんてダメですよ。相手を知ってから、判断を下さないと。知ったうえで桃姫を『あの女』呼ばわりするならまだしも、お嬢様は彼女の事を何も知らないでしょう?」

そう言えばカレンお嬢様はグッと黙り込んだ。


「大丈夫ですよ。桃姫は優しい子ですから。お嬢様のように下男のくせに、とか言ったりするような人ではないですよ。」

「それって、暗にワタクシの意地が悪いと言っていない?」

「はははっ。まさかそんな。」

「笑い声がかすれているわよ。」

ジロリと睨まれてしまった。こういう時のお嬢様の瞳はヒューバート様によく似ていると思う。

(さすが兄妹。その瞳ひとつで人を凍らせてしまえそう・・・。)

わたしは自分から口を挟むことはせず、傍観することにした。


わたしは桃姫のことをきちんと知ってほしいと思って、カレンお嬢様を桃姫のお茶会に誘ったのだ。

桃姫もお嬢様の参加を快く応じてくれた。

あの邪気のない笑みを見せられれば、ブラコンお嬢様でも毒気を抜かれるに違いない。


さっそくわたし達は桃姫のお茶会に参加するため、桃姫の部屋へと向かっていった。




(何、この沈黙・・・。)

わたしの記憶の限りでは、お嬢様はとても人見知りをするようなタイプには思えないのだが。

炊き出しのときだって、初めはわたしの周りをウロチョロしていたのだが、すぐに周囲の人と打ち解けていたように思う。

お嬢様はずっとわたしにへばり付いて離れようとしない。その様子は毛を逆立てて相手を威嚇する猫だ。

(もう少し、見ていようか。)


「はい、どうぞ。このお茶は花の香りが強くて、ほのかにハチミツの味がするのよ。」

差し出されたお茶を受け取り、お嬢様はやっと口を開いた。

「貴女、ちょっとお兄様にちやほやされてるからって、調子に乗らないでよね。」

(開口一番それっ!?)

わたしは思わずお嬢様の頭を引っぱたきたくなった。

(うわっ。終わった。このお茶会終わったよ。)

心の中で叫んだ。

(もうダメだ。出直してまた仕切り直ししようかな・・・。)


「もう帰ってもいいですか?」

胃を押さえてそう言おうとしたところで、桃姫が空気読まないスキルを発動した。


「カレンデュラ様はお兄さんのことが大好きなのね。私には兄弟がいなから、仲が良い兄妹って羨ましいな。今日はカレンデュラ様に会えて本当に良かった。ヒューから妹さんがいるって聞いてたから、一度会ってみたかったの。思っていた通り本当に可愛い。彼が可愛がるのも分かるわ。これからも是非こうして一緒にお茶会をしたいな。」

と小首をかしげるところまでが一連の動作だ。


一応注釈を入れておくが、これは桃姫の素だ。皮肉でもなんでもない本音だ。

わたしだったら、思いっきり皮肉を込めて言っている。

お嬢様は今の桃姫の言葉が好意なのか皮肉なのか判断付きかねているようだ。

「ねぇ、今のは皮肉なの?それにしては笑顔に邪気がないんだけど・・・。」

こっそりとわたしに確認してきた。

「お嬢様、これは桃姫の素です。その言葉のまま受け取ってもらって結構です。裏を読まない方が良いですよ。裏を読もうとすると逆に疲れます。」

そう教えてあげた。


わたしも中学の頃はそんな桃姫の言葉を「皮肉を言っているのか?」と疑ったことがある。時が経つに連れて、乙女ゲーの主人公を地でいく彼女にとっては、これがデフォルトなのだと思い直すようになったのだ。


「貴方って、彼女の友人の割に酷いこと言うのね。」

お嬢様の桃姫に対する呼び名が『あの女』から『彼女』に変わっていた。

これは良い兆候だ。


わたしは一安心して、お茶うけに出されていたシュークリームを口いっぱいにほお張った。

「クリームが付いているわよ。」

「山田さん、クリームが。」

わたしの両側から二人の手が伸びてきた。

恥ずかしいことに、わたしの両頬にクリームが付いていたらしい。

二人はそれぞれにクリームを拭ってパクリと口に入れた。


同じ動作をしたのが可笑しかったのか、箸が転がっただけでも笑える年頃だからなのか、二人はお互いの顔を見合ってクスクスと笑い出した。

こうなればもう大丈夫だ。後はお互いに少しずつ打ち解けていけばいい。


わたしは、これでもうお嬢様の尾行に付き合わなくてすむという解放感に浸り、出された紅茶をゆっくりとすすった。


 ※ ※ ※


(だから何で、わたしに絡んでくるんだ。このお嬢様は。)


「だって、まだ彼女と二人きりになるのは不安なんだもの。」

バイトに向かおうとしたわたしの腕にしがみついて離そうとしないお嬢様は、今日は桃姫とお菓子作りの約束をしているのだそうだ。

「わたしはお嬢様の保護者ではありませんよ?」

「何をケチくさいこと言ってるのよ。」

散々渋ったのだが、結局はズルズルと引きずられて調理場まで連れていかれてしまった。


仕方がないので、わたしは調理場の隅で野菜の皮むきのバイトでもしようかと思ったのだが、桃姫の

「ヤマダさんも一緒に作りましょうよ。」

というにこやかな笑みの前に屈し、一緒にお菓子作りをすることになった。


今回は初回ということで、簡単に出来るクッキーを作ることにした。

桃姫は終始笑顔で、鼻歌まで歌っている。遠巻きに調理場の料理長や下働きの男の子達が目をハートにしてこちらを見ている。


調理中にお嬢様がわたしの隣でぼそっと呟いた。

「お兄様が彼女に惹かれたのが分かった気がするわ。だって、あの人、裏表がないんですもの。お兄様の周りは裏表の激しい人ばかりだっただから、彼女の姿が新鮮に映ったのね。」

内容は棘のあるものだが、口調は柔らかいものだった。

「知って良かったでしょう?お嬢様も良いお友達ができて良かったじゃないですか。」

「と、友達って、何言ってるのよ。敵には変わりないんですからね!」

プンプンと怒られてしまった。でも、その瞳はいつものように冷気をはらんではいなかった。



「さあっ。オーブンを開けるわよ。」

熱くなった扉を桃姫が開いた。

その出来栄えは・・・

(うん、まあ・・・予想の範囲内だ。)


桃姫が作ったクッキーは形も焼き色も程良く、売り物のような出来栄えだ。

お嬢様も、桃姫に見た目は多少劣ってはいるものの、とても上手に出来ている。

対して、わたしの作ったクッキーは、形はまずまずだが焦げてぷすぷすと煙を吹いている。


実は、わたしは料理はまあまあ出来るのだが、お菓子作りは苦手なのだ。いつも焦げたり、苦かったり、反対に甘すぎたりする。これは才能がないのだと早々に諦めている。クッキーを作ったのも何年か振りなのだ。

(こうなることが分かっていたから参加したくなかったのに・・・。)


なのに桃姫は明るい声で、至極迷惑な提案を持ちかけてきた。


「せっかく作ったんだから、みんなに分けに行きましょうよ。」



次回、山田は彼らにクッキーを渡すことが出来るのか?

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