18・リトルレディ その4
本日は炊き出しの日なのだが・・・。
「今度は貴族のお嬢様かよ。大丈夫なのか?」
この間、炊き出しで問題が起こったばかりなので、フェイトが心配するのも無理はない。
「今日は神殿の炊き出しに参加するから、桃姫の尾行にはお付き合いできませんよ。」
と言ったところ、
「それなら、ワタクシもその炊き出しとやらに参加します。」
とカレンお嬢様が付いてくることになったのだ。
居心地が悪いのか、この場に馴染めないお嬢様は小さな子供のようにわたしの後ろをウロウロとしている。
因みにお嬢様は好奇心旺盛な14才のお年頃。この前、サイラスさんのところで刺激を受けたらしく、庶民の様子を観察してみたくなったそうだ。
(来るのはいいけど、問題は起こさないでよ。)
「せっかく来たんだから、お嬢様も何かされますか?」
「いいの?」
目をキラキラさせて嬉しそうにする。お手伝いを任された子供のようだ。
庶民に触れるのが抵抗のないお嬢様で良かった。ここで嫌そうにしたら、すぐに帰ろうと思っていたからだ。
お嬢様に出来ることはあまりなさそうなので、あまり手の汚れない作業、つまり桃姫が担当したパンの配布をお願いしてみた。
とまどいながらも、「はい、どうぞ。」とパンを渡していくお嬢様。珍しくその顔には微笑みが浮かんでいる。
(いつも、そんな顔をしていれば良いのに。)
次々と順番が回っていき、わたしもその様子に安心して、炊き出しを受け取る人と談笑をしていたときだった。
「まあっ。」
お嬢様が小さく声をあげた。
(あーっ。またあのエロ爺は!)
ダリル爺さんがお嬢様の手を握ってスリスリと触っていた。
わたしはまた騒ぎが起こっては大変、と彼らの方へと近づいていった。
「お嬢さんの手は柔らかくて触り心地が良い手ですな。」
ダリル爺さんはニコニコとお嬢様の手を握っている。
しかし、お嬢様は騒ぎ立てるどころか、
「お爺さんの手も、これまでの年月が染み付いた良い手だと思いますよ。」
と優しい微笑みのまま返したのだ。
これには面食らったらしいダリルさんは、一瞬目を瞬かせ
「おぉ、お嬢さんは奇特な方だ。この爺の手を褒めて下さるとは。」
と、そっと壊れ物を扱うようにその手を離した。
「驚きました。てっきりお嬢様は手を握られて騒ぎ立てるかと思ったんですが・・・。」
「あんなの騒ぎ立てるほどのことでもないわ。舞踏会なんて行ってごらんなさい。いきなり人の手に口付けをかます無礼な人間の多いこと。素敵な方ならまだしも、不細工にやられてみなさい。鳥肌を押さえるのに苦労するんだから!」
お嬢様はプリプリと怒ってわたしに教えてくれた。
(つ、強っ!)
少々毛色は変わっていても、深層の令嬢とさして変わりないと思っていたお嬢様の強さに感心したわたしは、その可愛らしい頭をヨシヨシと撫でた。
「お嬢様は心が強いですね。将来きっと素敵なレディになれると思いますよ。」
「ふんっ。今でも十分素敵なレディよ。」
そっぽを向かれたが、ヨシヨシと撫でるわたしの手は振り払われることはなかった。
※ ※ ※
一応、ダリル爺さんに釘をさしておこうと思ったわたしは、その姿を探して歩く。
ダリル爺さんは酒瓶片手にパンとシチューをほお張っていた。傍らにはもう一人、ヨボヨボのお爺さんが座っている。その手にも酒瓶が握られていた。
「炊き出しに酒を持ち込むのなんてダリルさんくらいのものですよ。」
「まあそう言うな。今日は随分胆のすわったお嬢さんを連れて来たじゃないか、ヤマダ。」
「そのお嬢さんですがね、嫌がらなかったとはいえ、そう気楽に人の手を握らないでくださいよ。この間も揉め事を起こしかけたばかりなんですから、ちょっとは自重してください。」
「ほほっ。少年、そういきり立つものではない。座ってワシらと話でもせんか?」
ヨボヨボのお爺さんが私の腕を掴んでケラケラと笑った。
(なんだろう。この人の瞳は苦手だ。)
こちらを見つめてくる瞳は、ダリル爺さんが時々見せる知的な光と同じものを感じる。
「いいえ、結構です。わたしはまだ作業の途中なので。」
しかし、その腕は離してはもらえなかった。
ダリル爺さんと同じ匂いがすると思ったからこそ、さっさと退散しようと思ったのだが・・・。
わたしは観念してその場に座った。
「ワシはユネスという名じゃ。ダリル爺とは飲み仲間でな。」
「わたしはヤマダです。」
「ほほっ。お主がヤマダか。ダリル爺から面白い者がおると聞いておったがお主じゃったか。」
(いったい、どんな噂をしているんだか。)
ユネスさんがわたしの瞳をじっと覗き込んだ。
「ヤマダは『王の盾』様とも知り合いなのだそうじゃな。お主から見てどうじゃ?『王の盾』の存在をどう思う?国に『王の盾』が降り立ったのじゃ。ワシはそれで良いと、平和になるのだと思うんじゃが、お主の目から見てどうかの?」
その白く濁った瞳は、心の奥底まで覗かれているような感じがして居心地が悪い。
「わたしはこの国の人間ではありませんからね。『王の盾』が降り立っただけでそうなるとは思えません。あの、不快な気分になったらごめんなさい。」
わたしは慎重に言葉を選んだ。この国の人にとって『王の盾』は大切な存在だ。変なことを言えば、敵意をもたれる可能性だってあるのだ。
「『王の盾』は象徴です。人々の心の支えとなっても、平和をもたらす使者じゃない。」
結局は各人の努力の結果が平和をもたらすのであって、『王の盾』はその礎となる心の楔だ。
「凛と佇む『王の盾』がそこにあれば、人々はその前に立つ自分は正しくあるのかと自分自身に問いかけることができる。今の『王の盾』はうってつけの人材じゃないですかね。綺麗で可愛いし、後ろに後光が見えるときがあるし。恋に落ちちゃうとアレですけど・・・。」
ユネスさんの深遠な白い瞳が細められた。
「その物言いでは『王の盾』はいてもいなくても良いみたいじゃ。では、この国に『王の盾』は必要か?」
「必要・・・なんじゃないですか?多くの人の心の拠り所なんですから。でも『王の盾』がいなくても、人は自分の足で歩くことができる。それも事実です。」
「ほほっ。ヤマダは面白いの。ダリル爺が言っていた通りだ。」
ユネスさんがまたケラケラと笑い出した。
この人の瞳を見ていると、本当に頭がクラクラしてくる。ここまで言うつもりはなかったのに、それはいつものわたしの失言とは違い、自然と言葉が出て行ったのだ。
「あの、すみません。もう戻らないと・・・。」
「ほほっ。楽しい一時じゃった。また話をしようぞ。」
(やっと開放された。)
わたしは立ち上がって、炊き出しの方へと歩いていった。
~木陰の会話~
「あまり若い者を困らせるもんじゃない。最近、益々意地が悪くなってるんじゃないか?ユネス大神官長殿。」
ダリルが酒瓶をあおって言葉を掛ける。
「ほほっ。ワシは昔からこういう性格じゃ。元王国騎士団副団長殿。・・・しかし、アレの方がこの国の民より余程『王の盾』を理解しておるようじゃの。『王の盾』はなくとも、人は歩いてゆける・・・。」
「何を考えている?」
「この国の行く末と・・・ワシの平和な老後の生活についてじゃ。」
「あまり突くと、魔女が怒るぞ。」
「こんなもん、突いたうちにも入らんわ。ちぃっと世間話しをしただけじゃ。」
ユネスは酒瓶をあおったが、瓶は1滴の雫をこぼして空になってしまった。
「あっ。もう酒がない。ダリル、ワシの家に行って飲みなおすぞ。」
振り返ると、そこにはもうダリルの姿はもうなかった。
変わりに目立つ赤髪をツバの広い帽子にひっつめた美女が一人、木の陰に座っていた。
「それはいいね。お前の家の酒は質の良いのが揃っているから楽しみだ。」
舌なめずりをして、艶やかにその美女は微笑んだ。
「げっ、魔女。じゃあ、ワシはここで。」
「待て。こんな美女が一緒に酌をしてやると言っているんだ。断ることはないだろう?」
「嫌じゃー!お主、家の酒全部飲み干すつもりじゃろ!絶対い・や・じゃー!!」
最後の悲鳴が消える頃には、その木陰には誰も残っていなかった。
狸なユネス大神官長も魔女は苦手。




