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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
王宮生活~応用生活編
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15・リトルレディ その1

桃姫が訓練に参加するようになってからしばらく経つと、桃姫に夢中となり、訓練に身が入っていなかった騎士達も少しずつ冷静さを取り戻してきたようで、訓練への意力を取り戻してきているように見えた。


(だからといって、わたしに絡んでこないで欲しい。)


「ヤマダ、俺と手合せしようぜ!」

若い騎士の一人が声を掛けてきた。

先日のチックさんとの手合せ以降、ヒューバート様に作戦を練ってもらい、騎士と手合せすること数回。

毎回勝てるわけではないが、腑抜けた騎士相手に3回に1回くらいは勝てるようになった。チックさんに引き続き、ナートさんに勝利し、他の騎士との対戦を経て、みんなの闘争心に火が付いたらしい。

実力が一番下と思っていた相手に、負け、苦戦した彼らは自分の不甲斐無さに気付き、訓練に身を入れるようになったようだ。


「さっき他の人と対戦したばかりなので、また今度にしてください。」

「情けないなぁ。」

「今戦ったら、確実に数秒で倒れます。」

汗でべとべとになったので、頭から水を被った。他のみんなのようにシャツを脱ぐわけにはいかないので、こうするしかないのだ。濡れた頭をブンブン振って水気を飛ばす。


「ヤマダはもう少し持久力を付けるべきですね。」

ヒューバート様がわたしの頭をタオルでワシワシと拭いてくれた。この人は何気に面倒見が良いと思う。

剣をくれたり、手合せの作戦を練ってくれたり、こうしてタオルで拭いてくれたり・・・。

「ヒューバート様って面倒見が良いですよね。」

「褒めても何も出ませんよ。犬みたいに頭を振るから、水滴がこっちまで飛んできて迷惑だと思っただけです。」

素直な感想を述べただけなのに、その冷たいアイスブルーの瞳がスッとすがめられた。

(こ、こわっ!)

慣れたとはいっても、こう冷たい視線にさらされると未だに胃がすくむ。


「そうでしょ?ヒューはこう見えて面倒見が良いんだから。」

桃姫が笑って近付いてきた。単に空気が読めないだけなのか、人の美点しか目に留まらないのか、桃姫にかかれば、ヒューバート様もただの良い人らしい。

「ヒューは妹さんがいるからかな。年下の相手をするのは得意なのよね?」

(うわぁ、可哀想に。まったく意識されてないよ、ヒューバート様。)

レディーに対するような扱いを受け、歯の浮くようなセリフを日々投げかけられているはずなのに、桃姫はまったくヒューバート様を恋愛対象として見ていないということが、今の言葉から垣間見えた。


それよりも、年下の相手をするのが得意というところから、小さい子の相手をするヒューバート様の姿を想像してみるが、ぎゃん泣きされて終わりそうな想像しか浮かばない。

わたしに対しては厳しいので、実の妹にも厳しくしていそうだが、女の子に対しては違うのかもしれない。

実は人が見ていないところでは、ベタベタに甘やかしているのだろうか。

(でも、やっぱりその冷たい視線で射抜いて、泣かしてそう。)

そんなことを思いながらヒューバート様の方を見ると、

「何か失礼なことを考えてはいませんか?」

冷たい声で咎められた。

(貴方はエスパーですか!?)

想像するくらいは許してほしい。

「いいえ、何も考えてなんていないですよ!」

首をブンブン振って全力で否定した。


「ほら、まだ雫が垂れてる。」

ヒューバート様がタオルでもう一度わたしの頭をワシワシとこすった。


 ゾワッ

悪寒を感じて鳥肌が立つ。その様子から桃姫が気にして声を掛けてくれた。

「どうしたの?」

「いや、何か寒気がして。」

腕を擦っていると、今度はディー団長が心配して声を掛けてくれる。

「頭から水を被るからだ。もう訓練は終わりにして帰った方がいい。」

わたしはその言葉に従い、家に戻って着替えることにした。


 ※ ※ ※


 ゾワッ

もしかしたら風邪をひきかけているのだろうか。

わたしは再び寒気に襲われた。


「大丈夫か?」

王宮の門の前で待ち合わせていたフェイトが声を掛けてくれる。孤児院へ行くときは、いつもフェイトが先に来て、門の前で待っていてくれるのだ。根が真面目なので、遅れたことは一度もない。

フェイトまでこうして気にかけてくれるということは、本格的に風邪のひきかけなのかもしれない。

秋になり、寒暖の差が激しくなってきたので、今夜は暖かくして眠らなければと思う。


いつものように手を繋いで孤児院へと向かい、帰りも手を繋いで帰った。その頃には、寒気を覚えたことなどすっかり忘れていた。


 ※ ※ ※


フェイトに別れを告げ、本日の仕事に取り掛かる。


今日は床のモップ掛けの仕事をもらっている。王宮の舞踏会も開かれるという巨大な部屋の大理石の床磨きだ。しばらくシーズンオフだが、舞踏会のシーズンが始まればこうして念入りに掃除なんてできなくなる。その前に徹底的に磨いておく必要があるのだ。


根を詰めて丁寧に磨き終わり、汚れたモップをバケツに漬けた時だった。

 ゾワッ

わたしは本日3度目の寒気に襲われた。


「ちょっと、汚れた水がワタクシのドレスに掛ってしまったわ。どうしてくれるの!?」


目付きの悪い美少女が腰に手を当ててわたしを見下ろしていた。

(見下ろすというより、見下されているという方が正しいかな・・・。)

わたしと同じくらいの背丈なのだが、偉そうな態度と視線が、どう考えても「見下して」いる。

こういうタイプは下手に逆らわない方が身のためだ。


「すみませんでした。」

そう思って謝ったのだが、それだけでは許してはもらえなかった。

「ワタクシのドレスが汚れたというのに、謝罪だけで済まそうというつもり?」

ここは舞踏会等の催しが行われない限り、誰も近付く者はいないような場所だ。わざわざこうしていちゃもん付けに来たとしか思えない。

実際、この美少女のドレスにはシミひとつ付いてはいなかった。


今朝から感じていた寒気の理由が分かった。この美少女は、わたしに絡んでこようとしてずっと機会を伺っていたに違いない。


(何でわたしに絡んでくるんだか・・・。)

「わたしに出来ることなら、なんなりとどうぞ。」

面倒くさいので、要求を呑むことにした。無理難題でない限り、言うことを聞いておけば満足するだろう。


「そう。物分りが良くて助かるわ。ワタクシの名はカレンデュラ・オルンハイム。カレンと呼んでもらって結構よ。」

「オルンハイム・・・。」

その名には覚えがあった。

(えーと、どっかで聞いたことがあった気がするんだけど・・・誰の名前だったっけ?)

なかなか思い出せず、うーんと首を捻っていると、

「貴方知らないの?オルンハイムの名は有名なのに・・・。ヒューバート・オルンハイムと言えば貴方も分かるかしら?ワタクシのお兄様よ。」


(そうだった。オルンハイムはヒューバート様の家名だ。)

いつもヒューバート様と呼んでいるので、すっかり忘れていた。

そう言われてみればよく似ている。黒に近い藍色の髪、冷たいアイスブルーの瞳。造作もそうだが、特に他人を見下ろす角度や、冷たく見える態度がそっくりだ。


「そうでしたか。それで、そのオルンハイム家のお嬢様がわたしに何の用ですか?」

彼女は腕組みをしてこちらを見据えた。


「あの女の弱点を教えなさい!」


(ヒューバート様関連の『あの女』って、もしかして、もしかしなくても桃姫のことですかね?)


新キャラ登場。

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