14・爽やか系騎士と手合せ
ここで、いつもの早朝訓練の様子を思い出してみよう。
(みんなランニングの後は、汗だくで剣の稽古をしてますよね?)
今が秋とはいえ、普段なら汗まみれのはずの騎士達は、汗を垂らすといってもわずかの量で、それがかえって爽やかに見える。
(平気で上のシャツとか脱ぎ散らかしてますよね?)
汗まみれになって気持ちが悪くなったシャツを脱いで水で軽く洗っていたりするのだが、今そんなことをしている人は一人も見当たらない。みんなきちんと練習服を着用し、爽やかに微笑んでいる。
(あ、一人いつも通りの人がいた。)
ガーランド副団長がシャツを脱いでタオルで体を拭いている。
(あれは論外。)
今、この訓練場にいるのは、乙女が憧れるような爽やかな騎士達だ。だが、いつもの汗臭い彼らを知っている身としては、この爽やかさが逆に気持ち悪い。
「いつの間に、みなさんそんなに爽やかになったんですか!?」
わたしのそんな突っ込みにチックさんが答える。
「何のことだ?俺達はいつも爽やかだろうが。」
「チックさん・・・この間、わたしが引くくらいの下ネタ言ってはしゃいでましたよね?」
そう言ったわたしの肩を抱いてナートさんがシッと口に指を当てた。
「いいか、ヤマダ。美しい姫がいるときにむさい男臭さなんて余計なもの見せちゃいけないんだ。普段の俺らの様子なんて見せたらお姫様が逃げちゃうだろ?」
「ナートさん・・・。」
男の美学的なことを言っているが、その鼻の下は伸びている。
「そう、あの方は別格!目の保養!お姫様が長くこちらに通ってこられるよう、良い印象を与えねばならないのだよ。お分かり?」
「分かりたくありません。」
「ヤマダは固いなぁ。」
チックさんとナートさんには呆れられたが、実際これっぽっちも理解したくないので桃姫チェックを始める二人を残して訓練に戻る。
桃姫が通うようになってから、騎士達はガーランド副団長を除いてみんなこんな感じなのだ。目がハートになり頬が赤くなる初期症状から始まり、現在は訓練に身が入らず、チラチラと桃姫の様子を伺っては鼻の下を伸ばしている。これ以上いくと訓練に支障が出そうだが、そこはガーランド副団長が抑えている。剣の打ち合いで、気合の抜けた騎士達を次々と振り払って活を入れているお陰で、何とか訓練の形になっているのが現状だ。
(男ってこれだから嫌だ。)
わたしは一人、素振りを始めた。
「ヤマダ、相手をしなさい。」
(あ、真面目に訓練している人がここにもいた。)
ここで桃姫と一緒に訓練に参加するようになってから、毎日のようにヒューバート様はこうしてわたしを相手に剣を構えるのだ。
※ ※ ※
騎士の剣は練習用と言っても重く、実践のときに使用するものと同じである。
この国の剣の型は片手剣で、わたしは素振りをするのもやっとなのだ。剣を交えると、1回の手合わせでヘトヘトになる。
ヒューバート様が参加して初日から絡まれたわたしはものの数秒で地面にへたり込んでしまった。
「そんなひ弱な身体で、よく私に説教を出来たものですね。」
あの炊き出しの日のことを言っているのだろう。
(まだ、根に持っていたとは・・・。しつこい性格だな。)
「弱くとも、何が正しいことかの判断はできます。」
ザグッ
わたしの顔の横に、ヒューバート様が剣を突き立てた。もう数センチずれていたら、わたしの頭はつぶれたトマトのようになっていただろう。
ぞっとして見返すと、ヒューバート様の顔が近づいてきた。冷たいアイスブルーの瞳がわたしの瞳と交錯する。
「本当に口だけは達者ですね。」
そう言って、わたしの腕を取り地面から引き起こす。その瞳に少しだけ温度が伴っていたような気がした。
翌日からは、ヒューバート様が持参してきた剣で稽古をするようになった。
「ヤマダには騎士の剣は重すぎて扱いきれないでしょう。これは昔、私が使用していた剣です。騎士の剣より軽くて使い勝手が良いでしょう。」
持ってみると、確かに騎士の剣より軽く振ることができた。
「それと、ヤマダは片手持ちではなく両手持ちの剣式に変える方がいいと思いますよ。その方が、剣先が安定するでしょう。」
簡単に両手持ちの剣の扱いを指導してもらって、手合わせを行う。
今度も地面にへたり込んだが、ずっと長いこと持ったと思う。
それから毎日のようにヒューバート様はわたしを練習相手に剣を構えるようになった。
※ ※ ※
今日も地面にへたり込むわたしにヒューバート様からお褒めの言葉が投げかけられた。
「初日よりは大分マシになりましたね。」
この人と向き合うようになってから分かってきたのだが、これはこの人なりの褒め言葉である。
「何をヘラヘラ笑っているんですか?」
褒めてもらって嬉しかったのか、気付かないうちに笑っていたようだ。
「すみません。つい嬉しくて。」
ヒューバート様の眉がピクリと動く。最近は、その冷たい視線にもわたしの胃は縮こまらなくなってきた。慣れとは怖いものだ。
「みんな最近まともに相手をしてくれなくて。ガーランド副団長は他の騎士達にかかりきりだし、ヒューバート様くらいですよ。わたしの相手をしてくれるのは。」
「貴方を打ちのめしたいだけ、とは考えないのですか?」
「打ちのめしたいだけの相手に自分の剣を与える人はいませんよ。それに、手加減もしません。」
わたしは「あぁ、疲れた。」と立ち上がって水場へと向かった。
小休憩をはさんで今度はチックさんと手合せをすることになった。
「ヤマダ。ちょっと来なさい。」
ヒューバート様に手招きされて近付くと、耳元で囁かれた。
「貴方は小さい分小回りが利きます。初動で一気に間を詰めてケリをつけなさい。」
「始めっ。」
ガーランド副団長から開始の合図がかかる。
いつものわたしだったら、自分から打ち込むのが怖くて睨み合いになって、相手に先手を受けてボコボコにされているところだ。
背後から「さっさと行け!」という殺気のこもったオーラを感じる。せっかく策を教えてもらったのに、実行しないと後で怒られそうだ。
わたしは一気に間を詰めて、チックさんの懐に入り込んだ。チックさんはまさかわたしがそんな動きをするとは思わず、ひるんだところで胴に打ち込んだ。
チックさんが返しの剣を振るいかけたところで、
「それまでっ!」
終了の合図が下された。
「・・・や、やった。初めて勝った。」
緊張のためか、勝利の喜びのためか、わたしの手が震えていた。
「やった、やった。チックさんに勝ったぁ!」
飛び上がって喜ぶわたしに、
「今のは油断してただけ!ヤマダ、も、もう一度勝負しようぜ。なっ!?お願いー!」
とチックさんが手を合わせて懇願してきたが断った。
「嫌です。次にやったら絶対負けます。今は勝利の余韻に浸っていたいんです。」
「何が油断だ。実戦だったら、とっくに死んでるぞ。」
ガーランド副団長がチックさんの頭を叩いて叱咤する。
「最近は訓練に身が入っていないようだったからな。今回のことは、お前が怠けてる間にヤマダが頑張った結果だ。鍛え直してやる。来い、チック。」
と首根っこを引っ張って連行していった。
わたしは勝利を授けてくれたヒューバート様のところへ走っていった。
「ヒューバート様。初めて手合せで勝てました!」
「わたしの采配のおかげです。」
「はい。ありがとうございます!」
ヒューバート様は拍子抜けしたような顔をしていたが、勝利の喜びの前にはそんなことはどうでもよいことのように思えた。
[ヒューバート視点]
「ディエルゴが目を掛ける気持ちが分かりますね。」
どうやら桃姫に異性としての好意を持っていないようなので、態度を少々軟化させただけなのに・・・。
素直というか騙されやすいというか、ほんのわずかの親切を察知して相手に心を許すヤマダは可愛げがある。
つい先日まで、こちらを警戒して毛を逆立てていたと思ったら、今度は気を許して近付いてくる。
ディエルゴは家族のように思っているようだが、自分はどちらかというと子犬に懐かれているような気分だ。それも対して可愛がるつもりもないのに、足元に纏わりついてくる子犬だ。
それはそれで愛着が湧きそうな気がした。
ヒューバートの中でヤマダの株が少しだけ上昇。
ただし、子犬扱い。




