12・ヒーロー その2
「俺の名を呼べ」
そう言うディー団長の瞳は真剣で、わたしをからかうものは少しも含まれていなかった。
わたしはその強い視線に耐えきれず、目線を逸らす。見つめられただけなのに、何故か頬が熱かった。
(な、何か言わないと)
「さ、ささささっきのは、ディー団長を呼ぶつもりで呼んだわけではなく、・・・・・そ、そう。急に自分の発音を確かめたくなったので、試しに発音が難しいディー団長の名前を発音しただけです」
わたしはものすごく苦しい言い訳をした。
(あー、もう。何言ってるんだ自分!)
昔のわたしのヒーローを呼ぶように、助けに来てくれることを求めて呼んだのだと知られたくなかった。
さっきは誰も聞いていないと思ったから名前を呼んだのだ。
ディー団長は優しくて、とても頼りになるが、わたしは誰かに心を預けるようなことはしたくないのだ。
誰かに甘えだしたら、その支えをなくしたときに立ち上がれなくなる自信があった。
だから、「自分の名を呼べ」と言うディー団長には甘えられない。
「何だそれは。じゃあ、せっかく名を呼べるようになったんだから、これからは助けて欲しいときは、その名で呼べばいい」
「呼びません」
わたしは即答した。
毎回、助けて欲しいときにディー団長を呼ぶなんて恥ずかしいことできるわけがない。
(それじゃ、まるでわたしがディー団長のことを好きみたいじゃないですか。いや、好きだなんて思っませんから。わたしが誰かを好きになるなんてありえないから。・・・絶対にない!よしっ。)
自分の精神コントロールを終了したわたしは、目線をディー団長に戻した。
「呼べ」
「呼びません」
「呼べ」
「呼びませんったら呼びません!」
呼ぶ呼ばないの応酬を繰り返し、最後には
「・・・・・どうしようもなくなったら呼びます」
とわたしが折れた。
ディー団長は正義感が強くて、困った人がいたら助けに行く人なんだと思う。だから、弱っちいわたしを見ると手を貸したくなるのだろう。こんな弟分に対してまで、真剣に助けに来ると言える人は珍しい。
わたしに出来ることは、精々この人の手を煩わせないようにすることなのではないだろうか。
なんだかんだと迷惑を掛けている気がするので気を付けようと思った。
「呼びます」
わたしが要求を呑む形となった結果に、ディー団長が勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべる。
「絶対だ。俺以外の名では駄目だぞ」
更に念押しまでされて、呼ぶことを約束させられた。
~おまけ A面~
結局、家の前まで抱き上げられた状態で運んでもらった。
去り際、ディー団長の顔が近づいてきて、わたしの口のぎりぎり端の頬に口づけが落とされた。
わたしはビックリして家の扉にもたれかかってズルズルと地面に座り込んだ。
心臓がバクバクと音を立てて鳴り、それ以外何も聞こえなくなった。
※ ※ ※
[ディー団長視点]
桃姫を捜しに行った先で見つけたものは、サイラスに頬を触らせているヤマダの姿だった。
(あぁ、ものすごく腹が立つのは何でだろう)
いつの間に仲良くなったのか、反論するときも言葉が被るし、睨み合っているのも何だか微笑ましい光景にしか見えない。
だから「二人の姿を捜す方が先だ」とヤマダとサイラスの意識を変えさせた。
桃姫は男達に囲まれるというトラブルはあったものの、無事に保護できた。
その後、コスモスの咲く高台へと向かい、王子が告白めいたものをしたが心は痛まず、むしろ二人の絆が深まったことに安堵さえした。
桃姫の提案でみんなでコスモスを摘んでいるときに、サイラスから王都を歩いていたときのことを聞いた。
サイラスの服はヤマダが購入したものだそうだ。お腹が空いたサイラスに走って食べ物まで買ってきたというではないか。そんなことを自然にできるヤマダは実は、将来女ったらしになるんじゃないかと不安になる。
それとスリの少女の話。
すぐさま自警団に突き出すのが当然だが、少女にお金を渡して開放するという懐の広さをヤマダは見せた。
そして、神殿のあるべき姿を指摘してきたというのだ。
「コザルと思って侮っていました。私は正義の為と自警団に突き出そうとしましたが、何故そんな幼い子がスリをするのかまで考えていなかった。神殿の怠慢と言われたのも同じです。今回のことで、自分が神官の地位にあるというだけで随分驕っていたものだと自覚させられました」
サイラスがヤマダを見る目が、昨日までのそれとは変わっていた。
(女装させれば、完全に男には見えなくなるのに、この男らしさは何なのだろう・・・)
ヤマダはコスモスの間に埋もれて、ぼんやりと空を見ている。
今の姿は、一見ただの少女だ。その内側には同年代の少年少女では敵わないような力強さが秘められている。
今回のことで、サイラスもその強さに気付いたらしい。ヤマダが認められたのだと喜ぶ反面、気付かないままでも良かったのに、と思う自分もいた。
「手伝え」と言うサイラスに否と告げ、目をつぶるヤマダ。
頬に掛る髪を手に取りたいと伸ばしかけた腕を
(何やってる。相手は男だ)
ともう一人の自分が止めた。
日が暮れる頃となり、王宮へ帰ることにする。
ヤマダは王都に用があるから残ると言う。ヤマダの見送りを受けて帰路につくが、何だか一人残すのは不安になってきた。
(さっき高台を降りていくとき、歩き方が不自然だったような・・・)
そう思うと心配する気持ちがどんどん膨らみ、
「やはりヤマダが心配なので戻ります」
と元来た道を戻ることにした。
(やっぱり、一人残していくんじゃなかった)
戻れば、地面にしゃがみ込んで足をさすっていた。その姿が寂し気で、召喚の部屋に入っていったときのように泣いてしまうんじゃないかと思うと、思わず抱きしめたくなった。
そんな自分に逡巡していると、不意に己の名を呼ばれた。
「ディエルゴ・リュディガー」
夕暮れの喧騒の中、消え入りそうなその声に頭がしびれた。ヤマダが他の誰でもない、自分の名を呼んで求めてくれたのだと思うと、心が震えた。ヤマダが男だとかそんなことは関係なく、その存在が愛おしくさえ思えた。
(今が夕暮れ時で良かった)
きっと自分の頬には朱がさしている。
なるべく平静を装って近づく。
抱き上げた身体は羽のように軽かった。
ヤマダは帰り道でヒーローというものについて話してくれた。
ヤマダの説明によると、ヒーローをいうのは困ったときに助けてくれる正義の味方のことだそうだ。
そのヒーローが父であったこと、昔はそのヒーローによく助けを求めていたことをヤマダは教えてくれた。
そして、そのヒーローがもういないことを・・・。
ヤマダの強さの片鱗に触れた気がした。
自分を律して強くあらねば、生きてこれなかったのだ。ヤマダはそうすることで自分の心を守ってきたのだ。
そんなヤマダをベタベタに甘やかしてやりたいと思う自分がいる。
男に対してこう思うのは失礼に当たるかもしれない。
だが、「守りたい」と思った。
きっとヤマダは頑なに助けを求めようとはしないだろう。しかし、最後に名を呼ぶのは自分であって欲しい。
ヤマダが寄りかかる先にいる人間でありたいと思った。
これを独占欲と言うのだろうか。
(しかしヤマダは男だ。男が男を独占したい、というのはオカシクないか?)
けれど、どれだけ考えようとしても、抱き上げたヤマダから放たれる甘い香りに頭がしびれて何も考えられなくなった。
(また後日、改めて考えよう)
今は力を込めてヤマダを抱きつぶしてしまいたい衝動を抑えて、歩くことに集中した。
~おまけ B面~
結局、家の前までヤマダを抱き上げた状態で運んだ。
去り際、顔を近づけ、ヤマダの口のぎりぎり端の頬に口づけした。
そこは、かつてフェイトという少年が口付けをした場所だ。
心臓がバクバクと音を立てて鳴り、それ以外何も聞こえなくなった。
ディー団長は頑張った。
山田はノックアウトされかかった。




