10・初めてのお出掛け その4
男達の狙いは当然桃姫だった。
「そんな優男は振って、俺達と一緒に行かない?」
「そうだよ、行こうよ」
男達は、桃姫を後ろに庇うラズーロ王子を無視して、ひたすら桃姫に話しかけている。桃姫が怯えて縮こまっている一方、王子はギッと睨み付けてはいるが、焦った様子は見受けられなかった。
(何だ、ただのナンパか)
「ラズーロ王子だって王子の肩書きを持ってるならあれくらい何とかできるでしょう。余裕な顔をしていることだし、ここは・・・って何してるんですか、サイラスさん!」
横を向くと、サイラスさんが指の先に集中して呪文を詠唱しているところだった。
わたしは慌ててその口をふさぐ。
「むぐっ。何をするんですかコザル!」
「それはわたしのセリフです!こんな人がたくさんいるような場所で魔法なんて使わないでください」
「少し脅かすだけです!」
「少し脅かすだけで、詠唱が必要な魔法ってどんだけですか!?今、大技使おうとしたでしょ」
言い合いを始めるわたし達の横を風が通り過ぎた。
ディー団長が颯爽と現れ、桃姫の手を取ろうとした男の腕を捻り上げる。
「嫌がっているだろう。素直に引け」
そこから乱闘が始まるか、と思われたが、ディー団長とラズーロ王子の前には敵ではなかった。あっという間に二人で叩き伏せ、騒ぎに乗じてやって来た自警団に引き渡して終了となる。
後からサイラスさんとわたしが駆けつけ、サイラスさんは桃姫の手を握って
「怖かったでしょう。駆けつけるのが遅れて申し訳ありません」
と謝っていた。
わたしはラズーロ王子にお金をもらって身代わりを引き受けた身なので、ここは素直に王子に謝る。
「すみません、王子。早々にバレちゃいました」
「ヤマダ、お前ならもう少しゴマかしが効くかと思ったが、簡単に見つかるなよ」
「そもそもの計画に無理があるんですよ。桃姫の体調が悪いと言えば、誰かしら身近な人が見舞いにくるんですから」
「そうだな。今度からは黙って行くことにする」
(違うでしょ、バカ王子。もうこんなことはしない、と言うのが普通だからね)
「まあ、結果としてディエルゴが来てくれて助かった。俺一人ではもう少し騒ぎが大きくなっていたところだ」
何気にサイラスさんが数に入っていなかったが、何にもしていないので当然といえば当然だ。
サイラスさんが「私は!?」とショックを受けた顔をしていたので、こそっとフォローしてあげる。
「仕方ないですよ。何にもしていないんですから。今度は頑張ってください」
「慰めのつもりですか?」
ペシッ
また失敗してしまったようだ。わたしの頭がサイラスさんの綺麗な手で叩かれた。
※ ※ ※
結局、王子の頼みもあり、みんなで高台まで行くことになった。
そこは古代の神殿跡地で、ところどころに転がる装飾を施された岩が、その名残を残していた。
「うわぁ、きれい!」
桃姫が感嘆の声をあげる。
確かにそこはとてもきれいな場所だった。秋の柔らかな風に吹かれてピンクや紫、オレンジといった色とりどりのコスモスが揺れていた。その中で見える王都の景色は最高だった。映画の一幕や絵画のように、威風堂々とした灰色の城壁の王宮がそびえ建ち、その周りに赤レンガの街並みが広がっている。街では馬車や人々が行き交い、店が開かれ、子供たちが走り回ったりと、活気に満ちていた。
「これを見せたかったんだ。ここは俺の気に入りの場所でな」
ラズーロ王子は桃姫の肩に並び、二人で王都を見下ろした。
「これが俺の国だ。改めて言う。俺のパートナーとして共にこの国を守るために歩んでいってほしい」
桃姫は王子を見上げ、「はい」と短く返事をした。
活気のある王都の裏で、貧しい者や悪事を働く者がいる。平和なだけの国ではないけれど、それはどこの国に行ったところで同じことだろう。
でも、そんなきれいなばかりではない国でも、善人である二人なら上手くやっていけるだろう。
桃姫には彼女を守るたくさんの人がいる。特にラズーロ王子、ヒューバート様、サイラスさん、ディー団長の4人は桃姫を守る強力なヒーローだ。先にあげた3人は多少のやり過ぎ感はいなめないが、それも桃姫を思ってのことだろう。
(桃姫にはたくさんのヒーローがいる)
さっきだって、桃姫のもとに駆けつけるディー団長の姿はヒーローみたいで格好良かった。
わたしはそれを思い出し、チクリとする胸の痛みには気付かない振りをした。
いつの間にか、王宮に一人残るヒューバート様へのお土産にコスモスを摘みだした桃姫と3人の様子を横目で見ながら、わたしは草の上に仰向けになって空を見つめてボーっとする。
離れたところで、サイラスさんが
「コザルも手伝いなさい!」
と呼んだが、
「わたしはサイラスさんのお守りで疲れたので、少し休みます」
と言って目をつむった。
※ ※ ※
両手いっぱいの花束を抱えて、桃姫は満足そうに笑う。
「ありがとう。みんなのおかげでたくさん集まったよ。これだけあれば、ヒューも許してくれるかな?」
「あの男は桃姫が無事に戻れば、それだけで満足だろ」
わたしもそう思う。多分、叱られるとしたら、桃姫を連れだしたラズーロ王子と身代わりを引き受けたわたしだろう。
そろそろ日が暮れるころだ。
風が少し冷たくなってきた。もう王宮へ向けて帰らないとヒューバート様が鬼の形相で門の前で待ち構えていそうで恐い。
「じゃあ、わたしはここで」
「えっ、山田さんも一緒に帰らないの?」
「ごめんね。わたしは街に用事があるから、それが済んでから帰るよ。それに一緒に帰るとヒューバート様に怒られそうで恐いし・・・」
「でも、もうすぐ日が暮れちゃうよ」
桃姫は心配して言ってくれたが、一緒に帰るつもりはなかった。
「大丈夫だよ。日が暮れるまでには帰るから。ほら、行って行って」
わたしは手を振って4人を送り出した。
その後ろ姿が見えなくなるまで手を振って見送る。
仲良く桃姫をはさんで帰っていく彼らの姿は凛々しく、本当にお姫様を守るヒーローのように見えた。
やがて4人の姿は角を曲がって、見えなくなった。
「・・・・・やっと行ったか」
そこでやっと、わたしは一息ついて地面にしゃがみ込んだ。
実はさっきからずっと足が痛かったのだ。
桃姫の扮装で、慣れないヒールを履いて街をウロウロしたので靴擦れをおこしてしまっていた。この足では歩けないことはないが、そうとう歩みがノロくなる。わたしの速度で王宮へ向かえば、必ず日が暮れる。そうすれば、帰りが遅くなって、きっとヒューバートさんにみんなが怒られる。それが嫌だったので、みんなを先に帰したのだ。
わたしは擦れて赤くなった足をさすった。
段々と日が傾き、街並みを赤く照らしだす。買い物カゴを下げた母子が手を繋いで家路を歩き、家々からは夕飯の仕度の煙が立ち上っている。さっきまで真っ白だった雲が紅く色づき、遠くの方で犬がワンワン鳴いていた。
秋の夕暮れの風はどことなく寂しげで、王都に映った夕日の景色は、どこか懐かしく、元いた世界を感じさせた。
(ヒーローか・・・・・)
わたしはぼんやりと自分が幼かった頃の日々を思い出していた。
わたしにも小さい頃、ヒーローがいた。
辛いことがあったとき、悲しいことがあったとき、寂しさを感じたとき、いつもそのヒーローの名を呼んでいた。
そのヒーローの名は・・・・・。
次回、山田の思い出話。




