9・初めてのお出掛け その3
(もうやだ。この人の隣にいるの)
「くっ、私も桃姫と一緒に出掛けたい」
そう言ってサイラスさんがハンカチを噛みしめる姿は、「残念」としか言いようがない。
いくら美形といっても、こんな姿を見せられたら正直萎える。その青いビー玉の瞳に涙が浮かんでいたので、持っていたハンカチで拭いてあげた。
桃姫達は、今度は露店のアクセサリーを売っているところで立ち止まって、あれこれと話しながら笑っている。その姿は、どこから見てもお似合いのカップルだ。ラズーロ王子は桃姫の笑顔に蕩けるような笑みで返している。
そんな二人を観察している時だった。
一人の女の子が王子の足にぶつかった。
王子が少しよろけた瞬間、その女の子は離れて「ごめんなさい」と謝ってすぐに走り出す。
「今の見ました?」
「ああ」
バカ王子は桃姫に夢中で気付かなかったようだが、確かに財布をスラれていた。
女の子が小走りにこちらへ来たので、サイラスさんが首根っこを掴んで捕まえる。
「きゃあ、離して!」
「さあ、どうしてくれましょう。自警団に引渡しましょうか」
サイラスさんは女の子を自警団に突き出す気満々の様子だ。
わたしは女の子の視線に合わせてしゃがみ、服と食べ物を買った時のお釣りの銀貨を1枚その手に握らせた。
「これをあげるから、あのお兄ちゃんにこれ落としましたよ、って財布を返しておいで」
女の子は不思議そうにわたしの顔を見返した。
「いいの?」
「いいよ。行っておいで」
女の子の背を押してうながす。
「ありがとう、おねえちゃん!」
女の子はラズーロ王子のところへ戻って「これ落としたよ」と渡して走り去った。
王子は「いつの間に!?」と腰のポケットを確認している。
(桃姫に夢中になってるから、そんなことにも気付かないんですよ)
「おい、コザル。どうしてあの子供を自警団に引き渡さなかったんですか!?」
わたしの横でサイラス神官が眉をひそめる。
「そんなことをして何の得になるんですか?」
「何の得って・・・悪事を働けば罰を受けるのは当然です!そんなことも分からないんですか、コザルは」
当たり前と言って胸を張るサイラスさんはそれが正義だと言っているようだった。
「あの子だってスリが悪いことだって分かってますよ。素直にこちらの言う事を聞いたじゃないですか」
「だったら、」
「スリをする子って結構いるんですよ。自警団に引き渡したところで、あんな子が減るわけじゃないでしょ。スリをしないと生きていけないからスリをするんです。そうでないと、あんな幼い子がスリなんてするわけないじゃないですか。それがあの子の生きていく方法なんです。今渡した銀貨1枚だけで、あの子は数日スリをしなくてすむ」
わたしがしたことがその場しのぎの偽善だということは分かっていたが、しないわけにはいかなかった。自警団に突き出せば、きっと手痛いお仕置きをあの子は受けることになる。
「正しい行いだけをして生きていけられるように最低限の安定した生活を保障したり、教育を施すのが神殿の仕事なんじゃないですか?」
この国の宗教事情はよく分からないが、サイラスさんのように「自分は神官だ」と偉そうにしているなら、それくらいの権限を神殿は持っているのではないかと思う。
だったら、最低限の生活の保障や教育をする義務が神殿にはあるのではないだろうか。
日本にだって昔は寺子屋というものがあったのだ。この国の神殿という機関がそれをしていないとは思えない。
(それはわたしの仕事ではありません、とか言われたら赤っ恥だな)
「・・・・・」
サイラスさんは目を瞠目させて押し黙っている。
あらぬ方向を見ていて焦点が合っていない。
「あの・・・わたしなりの解釈なので、間違っていたらすみません」
「・・・・・」
「それに、あんな幼い子を自警団に引き渡すというのが嫌だったという気持ちもあり、ついでに言えば自警団を探すのが面倒くさかった、というのが本音だったりします」
そこまで言ってやっとサイラスさんの目の焦点がわたしに合った。
「やはりコザルらしい思考回路ですね。しかし、間違ってはいませんよ。最低限の生活の保障や教育は神殿の仕事でもあります。ただ・・・」
「ただ?」
「コザルに正論を言われたのが腹が立ちます。これではあの子を自警団に突き出そうとした私が悪者のようではないですか。まるで私の心が狭いと言われたようです」
「いひゃいです。(痛いです)」
サイラスさんはグニグニとわたしの両頬を引っ張った。
引っ張って、引っ張って、止まった。
ここに鏡はないが、とても痛かったので、わたしの頬はきっと赤く腫れていることだろう。
「すみません。八つ当たりです」
今度は、しなやかな長い指が何度もわたしの頬を撫でた。それは頬を強く引っ張った手つきとはまた違い、優しい手つきだった。
「これでは本当に心が狭いと言われても仕方がありませんね」
サイラスさんが寂しそうに言うので、わたしはフォローしてみることにした。
「こうしてすぐに謝ってくれたんだから、狭くなんてないですよ。広くもないですけど」
「どういう意味ですか。慰めにもなっていませんよ」
(失敗した。つい本音が一緒について出てきてしまった)
サイラスさんは再びわたしの頬をグニグニと引っ張った。2回目は手加減してくれたらしく、そんなには痛くなかったが、王都の往来でこんなことをされると恥ずかしい。
「コザルのくせに生意気です」
「いい加減、離してください」
引き続きグニグニ引っ張られていると、
「随分楽しそうだな」
と後ろから低い声で話しかけられた。
振り向くと、ディー団長が腕組みをして仁王立ちで構えていた。
「ディエルゴ、何故貴方がここに!?」
サイラスさんがわたしの頬をつまんでいた指を離してディー団長に尋ねる。
「ヒューバートに桃姫達を捜してくるよう言われて来たんだ。それで?さっきから見ていたが、何を男同士で頬を突きあって楽しそうにしているんだ」
「楽しくなんてありません!」
「楽しいわけないでしょう!」
二人でハモった。
わたしとサイラスさんはお互いを睨み付ける。
「「被らないでください!」」
ディー団長はヒクっと口元をゆがめた。
「いつの間にそんなに仲良くなったんだ?」
「仲良くなんてありません!」
「仲が良いわけないでしょう!?」
わたしとサイラスさんの間にバチバチと火花が飛ぶ。
「もういいから。桃姫とラズーロ王子を捜しに来たんだろう?二人はどこだ!?」
見ると、さっきまでそこのアクセサリー屋で楽しそうに談笑していた桃姫達の姿が消えていた。
「あれ。さっきまでそこにいたのに・・・。もう、サイラスさんがわたしに文句をつけるから見失ったじゃないですか」
「コザルが余計なことを言うからです!」
「ケンカするより、二人の姿を捜す方が先だ」
またケンカ腰になろうとするわたし達を抑えてディー団長が捜索を促す。
ここは二手に分かれることにした。二人がいた店は道の突き当たりだったので、ディー団長は店の右から捜し、王都に弱いサイラスさんとわたしがペアとなり左へ向かうことにする。
しばらく道を進むと、桃姫とラズーロ王子の姿が見えてきた。
(余計なものまでついてるけど)
二人を数人の男達が囲んでいた。
山田は自分なりの正義があるので、真っ白なサイラスとは反発するところがあります。
山田は白というより、白に近い灰色の立ち位置。




