8・初めてのお出掛け その2
(あぁ、この人置いていきたい)
「コザル、本当にこっちの方角であっているんですか?」
わたしの後ろを歩くサイラスさんがしつこく尋ねてくる。
「あってますよ。王子は王都の北西部へ行くと言っていましたから。内容からして、軽く食事をしてから王都を見渡せる高台へ向かうはずです」
案内してもらっておいて偉そうな態度を取るナルシスト神官に、置いていきたい誘惑に駆られつつ、わたしは彼と二人で桃姫達の姿を捜して王都を歩いた。
二人はどこか雰囲気の良い場所で食事をしているはずだ。
そう思って、わたし達は店を覗きつつ北西部へと向かった。
因みに、わたしは未だに桃姫の変装をしたままである。
王宮を出る前に、
「すぐに着替えるので、待っていて下さい」
と言ったのだが、
「一刻も早く桃姫を見つけたいというのに、私に待てと言うのですか?」
と一蹴されてしまったのだ。
仕方が無いので、女装したまま王都を桃姫の姿を捜して歩く。
少し先の方に、一軒の外観の可愛らしいカフェテラスが見えた。白い壁に青い屋根。店の前には花々が植木鉢に植えられ、扉には可愛らしい小鳥の絵が描かれている。
わたしはこっそりとガラス越しに中を覗いた。
(見つけた)
店の中、テーブルに向かい合って座る二人の姿を見つけた。これから何か注文するのか、メニューを開いて楽しそうにしている。
「サイラスさん。見つけましたよ。・・・って、あれ?」
後ろを振り返ると、サイラスさんの姿がない。
道を戻ってその姿を捜すと、サイラスさんは男2人に囲まれて身動きができない状態になっていた。
「その服、神官さんだね。神官の中にこんな綺麗な人がいるなんて知らなかったな」
「ねえ、仕事の合間に俺達とお茶でもどうかな?」
わたしはゲンナリした。
(・・・・・また男にナンパされてる)
王宮を出てからサイラスさんがこうして男に声を掛けられるのは、これで3度目だ。
その綺麗な中性的な顔立ちのためか、神官服を着ていると女性に間違われるらしい。
サイラスさんもサイラスさんでよく理解していないので、
「そんな時間はありません。私は用事があるのでどいてください」
と見当違いの事を言っている。
「この人は男ですよ!」
わたしは彼らに近づいてしっしと追い払った。
「サイラスさん、桃姫達を見つけましたよ」
「そうですか。それは良かった」
すぐにサイラスさんが動き出そうとしたので、腕を取って引き留めた。そのまま店内の様子が見える位置へと移動する。
「コザル、何をするのです!?」
「もう少し様子を見てみませんか?桃姫はこれまでずっと王宮にいて、個人的に王都を見たことはないんです。だから、もう少しだけ自由な時間を作ってあげませんか?」
それを聞いたサイラスさんが店内にいる桃姫へと視線を移す。
桃姫は、なかなか注文が決まらないようで、どうしようかと王子に聞いているようだ。ああやって、どうでもいいようなことで頭を悩ます時間だって桃姫にはなかったのだろう。その様子はとても楽しそうだった。
「・・・そうですね。王子と二人きりで出掛けているというのは許せませんが、桃姫のあんなに楽しそうな顔は初めてです。もう少しだけ、様子を見てみますか」
サイラスさんは渋い顔で頷いた。
まだまだ店からは出てこないだろうと思い、わたしは周囲に目を向ける。
「あ、あった。サイラスさん、ちょっとこちらに来てください」
わたしはサイラスさんを引っ張って、桃姫達がいる店の少し手前にある服屋へ入っていった。
手早く、サイラスさんの身体に合いそうな服を手に取り、試着室へと連れて行く。
「これに着替えてください。その格好のままでは、男共が群がってくるので面倒です」
そう言って、試着室のカーテンを閉めた。
待つこと数分。
ベージュのシャツに濃い藍色のベストにズボンの美丈夫が試着室から出てきた。
店員の娘さんなんて、目をハートにして見つめている。顔が良いと、こんなシンプルな服装でも格好良く見えるのだから不思議だ。
わたしは彼の瞳に合わせた青い髪留めで、そのサラサラな銀髪を一つにまとめた。
「こういう格好も似合うじゃないですか」
「何故わたしがこんな庶民の服を着なくてはならないんですか。何だかゴワゴワします」
サイラスさんがいつも着ている神官服は手触りの良いシルクで出来ているので、そう感じても仕方がない。
「文句を言わないでください。これでも庶民の着る服としては質の良い物なんですよ?貴方、無駄に顔が綺麗だから神官服のままでは女性に間違われるんです。こうして男物の服を着ていれば、美丈夫に見えるんだから変な輩は近付いてこないでしょう」
服の支払いは、王子にもらった金貨ですませた。
再び、桃姫達の様子が見える位置でコソコソ店内を覗く。
二人は運ばれてきたサンドイッチを美味しそうに食べていた。
(いいなぁ。美味しそう)
グ~
「・・・・・」
グ~
これはわたしのお腹の音ではない。
「・・・・・。サイラスさん、お腹が空いたんですか?」
「ち、違います。お腹が空いたわけではありませんよ。美味しそうなサンドイッチだな、と思ったら勝手にお腹が鳴ったのです。決してサンドイッチを食べたいな、羨ましいな、などと思ったわけではありません!」
サイラスさんは顔を真っ赤にして否定してきた。
(何をツンデレぶってるんですか)
ググ~キュルルル~
サイラスさんのお腹の虫が空腹を主張する。
(仕方がないな)
路上でお腹をグーグー鳴らしている美丈夫の姿は、何とも情けなく思われたので、サイラスさんに少し待つよう伝えて走り出した。
肉屋で牛肉の串焼きを2本購入し、サイラスさんのもとへと帰る。
「はい、どうぞ」
だが、差し出した串をサイラスさんはなかなか受け取ろうとしなかった。
「私にこんな物を食べろと?」
綺麗に飾り付けられた食事に慣れている人に、いきなり牛肉の串焼きはハードルが高かったらしい。
(どこまで箱入りなんだか)
「庶民の食べ物としては一般的ですよ?むしろ肉は高級品の部類です」
それでもジトーっとこちらを見てくるので、戦法を変えてみる。
「でも、もう買ってしまいました。わたしだって、これを2本は食べられません。残すのはもったいなので、食べていただけませんか?」
そこまで言ってやっと
「確かに残すのはもったいないですね」
と串焼きを受け取ってもらえた。
怖々と口を付ける。
「ふん。なかなか美味いです」
食べにくそうにしていたが、気に入ってもらえたようだ。サイラスさんは美味しそうに肉を頬張った。
桃姫達は食事を済ませ、街の中を散策しながら移動した。
わたし達もそれを尾行しながら後を追ったのだが、王都の様子に興味が出てきたらしいサイラスさんが色々とわたしに聞いて来たり、露店を覗いたりしたせいで、わたしは桃姫達とサイラスさんの両方へ意識を向けないといけないので大変だった。
しかも、男物の服を着せたのでもう声を掛けられることはないだろうと思ったサイラスさんが、今度は女性から声を掛けられるようになった。
何度も追い払ったのだが、後から後から湧いてくるので、終いにはサイラスさんの手を取って、
「もう、ウロチョロしないでください!」
と、手を繋いで歩くことにした。
(こうすれば兄妹みたいに見えて、誰も声を掛けてこないだろう)
そんなわたしの思いとは裏腹に、果物屋の店先にいたオバちゃんが
「あら、お似合いのカップルね」
と声を掛けてきた。
わたしとサイラスさんは
「違いますっ!どこがカップルですか!?」
「失礼なっ!どうしてこんなコザルと!?」
と二人して叫んで手を離した。
仲が良いのか悪いのか。
変なときには息が合う二人。




