7・初めてのお出掛け その1
炊き出しの後は、特に大きな変化もなくわたしの日常は過ぎていった。
ラズーロ王子は相変わらずバカだし、サイラスさんは相変わらずわたしを「コザル」と呼んだ。
呼び方といえば、ヒューバート様がわたしを呼ぶときだ。
気付けば、「ヤマダさん」から「ヤマダ」に変わっていた。その呼び方にトゲが含まれているように感じたので、炊き出しのときのことを根に持っているのだろう。ヒューバート様の中で、わたしの株価は降下したようだ。
(ウザ眼鏡に嫌われても痛くもかゆくもないけどね)
秋が深まり、山々は紅葉し、少しずつ肌寒くなってきた頃。
うららかな日差しが王宮の廊下を照らし、日向は暖かいが、日陰に入ると少し寒い日の昼下がりのことだった。
わたしは桃姫の部屋に囚われていた。
ここにわたしを連れてきたのは桃姫ではなくラズーロ王子。
何のため? 桃姫と二人で王都へ出かけるため。
何故わたしが必要か? それは桃姫の身代わりを部屋に残す必要があるから。
「わたしじゃなくても良いでしょうが」
と反論したら、
「お前は口が立つし肝がすわっていて図太いからな。ヒューバートやサイラスが来たときに侍女ではアイツらの相手はとてもじゃないが出来ないだろ。ビビッて泣き出すのが落ちだ」
と言われた。
「桃姫はずっと王宮にいて、まだ王都をゆっくり見ることができていない。ならば俺が連れてってやろうと思ってな」
(だったらお供を付けて堂々と行けよ)
と思わないでもないが、こうやって密やかに抜け出して出かけるということも、スリルがあって楽しいという気持ちも分からないでもない。
(それに桃姫もたまにはこうして出かけたりしたいだろうし)
わたしは二つ返事で引き受けることにした。
「分かりました。で、幾ら出します?」
「お前、金を要求するのか!?」
「こんな七面倒くさいこと、誰がタダで引き受けますか。それに見つかったら、わたしだって怒られるんですよ?リスクを負って引き受けてあげるんだから、金銭を要求するのは当然です!」
師匠の傍で暮らしているせいか、わたしも段々がめつくなってきている気がする。
「桃姫に好意を持つ者なら、こんなことくらいタダで引き受けろよ」
王子は渋々、懐から金貨1枚を出してわたしに渡した。
わたし達はそれぞれ着替えて準備した。
王子は白のシャツに紺色のジャケットとズボン。
桃姫は街娘風の薄桃色のワンピース。スカートの裾に紫色の小さな花が刺繍されている可愛いデザインだ。
わたしはといえば・・・
「可愛い、山田さん」
シンプルな白いドレスに、桃姫に似せた腰まである栗色のカツラ。おまけに桃姫に薄化粧までされた。
「可愛い桃姫に言われてもね・・・」
「そんなことないよ。すごく似合ってる。ヤマダさんも一緒にお出掛けできたらいいのに」
残念そうに言ってくれる桃姫はありがたいのだが、それは王子が却下した。
「何の為の身代わりだ。こいつは置いていく。これなら、親しい者でなければうまくごまかせるだろう。金まで払ったんだ。俺達が戻るまでバレないようにしろよ?」
桃姫は体調がすぐれないということにして、わたしは部屋に閉じこもり、必要最低限の人間しかこの部屋を訪れないようにした。
侍女が来ても、返事はするがベッドに入り込んで顔は見せないようにする。
体調が悪いと言えば、少々声質が変わっても不審には思われないはずだ。
桃姫達が出発してしばらくした頃、扉をノックする音と共に
「桃姫、体調がすぐれないと聞きました。お加減はいかがですか?」
と外からサイラスさんの声がした。
わたしはバレやしないかとドキドキしながら、少しだけ扉を開けた。
「だいぶ良くはなってきたよ。けど、まだベッドに入って休んでいたいから、悪いんだけど帰ってもらえないかな?」
と桃姫の口調を真似てお願いした。
「そのようですね。少し声もおかしいようだ。では、一目だけでも顔を見せて安心させていただけませんか?」
(体調が悪いと言っているんだから、大人しく帰って下さいよ。)
「ごめんサイラスさん。それはちょっと・・・」
「ん?サイラス『さん』?」
それまでの甘く優しく響いていた声が一気に冷気を帯びた。
(し、しまった。桃姫はサイラスって呼び捨てだった!)
「よく見たら背も低いような・・・」
「き、気のせいです。じゃない、気のせいだよ!」
わたしは扉を閉めようとしたのだが、サイラスさんが押さえていてそれは叶わなかった。
「貴女、桃姫ではありませんね。誰です?顔を見せなさい!」
同時に扉が力強く引かれた。わたしの体勢が崩れ、サイラスさんの胸に飛び込む形となって廊下に倒れこんでしまった。
「イタタッ」
わたしがサイラスさんの上に乗り、彼の顔を覗き込む体制になっているようなのだが、顔に髪が掛かって前がよく見えない。
すると横から細く長い指が伸びてきて、わたしの栗色の髪をすくった。目の前に現れたのは、丸く見開かれた綺麗なビー玉のような青い瞳だった。
「ご、ごめんなさいっ」
思ったよりも近いその距離に慌てて顔を背けた。
「コ、コザル!?」
男の人の割に高めの声が、わたしの耳元でキーンと鳴った。
(すみません、王子。思っていたよりずっと早くバレちゃいました)
※ ※ ※
「どういうことか説明してもらいましょうか」
腰に手を当ててわたしを見下ろすサイラスさんの額に怒りマークが浮かんでいる。
「桃姫と王都へ出掛けるから、とラズーロ王子に桃姫の身代わりに置いていかれました」
お金までもらったと言ったら、更に怒られそうだったので、そこは黙っておいた。
「追いかけます」
「はい!?」
「二人を追いかけると言ったのです。コザルも来なさい。私は王都にはあまり詳しくないので案内をお願いします」
口調は丁寧だったが、それは明らかにわたしに対する命令だった。
「王子は夕刻には戻ると言ってたので、待っていた方が良いんじゃないですか?」
その提案は、冷たい視線で却下された。
「桃姫の身に大事があってはどうします?コザル、責任取れるんですか?」
「それはできませんが・・・」
「それに王子と二人きりにして何か起こったらどうします?」
(今のセリフの方が本音ですよね?)
こうしてわたしは道案内を兼ねて、桃姫を捜すため、ナルシスト神官に付いて行く事になった。
桃姫達と入れ違いになっては困るので、机の上に書置きを残すことにする。
[桃姫へ
サイラス神官と一緒に後を追うことになりました。
多分、王都の北西部にある高台へ行っているだろうから、わたし達もそこへ向かいます。
先に戻っていたら、ごめんなさい。 ヤマダ]
※ ※ ※
ヤマダ達が去ってしばらくして、桃姫の部屋で書置きの手紙を持ってプルプルと手を震わせる者がいた。
「ヤマダもサイラスも私に一言報告してから行けばいいものを・・・。ディエルゴ騎士団長。貴方も追って桃姫を捜してきなさい。私も行きたいのは山々ですが、仕事が残っているので残ります」
ヒューバート宰相補佐には、「どうしても貴方でなければならない案件があるのです」と部下に泣きつかれた仕事が山積みだった。
そんなものは放って自分が行きたかったのだが、先日の
「綺麗な花だけ愛でていたいなら、綺麗なモノだけ見ていたいなら、王宮に引っ込んでいて下さい」
というヤマダの言葉が胸にのしかかって、足を踏みとどまらせた。
自分が行けば、ヤマダはきっと呆れた目でこちらを見てくるだろう。
それは自分の矜持が許さなかった。
ウザ眼鏡にもプライドってものがあるんです。




