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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
王宮生活~応用生活編
35/95

5・お帰りください

週に一回行われる神殿の炊き出しには、神殿に併設した孤児院の年長組がお手伝いに駆り出される。

わたしも時々それに参加するのだ、と桃姫とのお茶の席で言ったら、

「私も参加したい」

とついてくることになった。


今日はその炊き出しの日。

「桃姫。服が汚れちゃいけないからエプロン付けて」

わたしはエプロンを渡して後ろで紐を結んであげた。

それを羨ましそうに見つめる者3名。

(余分なのが付いてきたな)


付いてきたのは、ヒューバート様とサイラスさん、ディー団長の3名。


ラズーロ王子は農地の視察で不在だ。

本当は「俺も行く!」と言って、お付きの方々を困らせたのだが、わたしが耳元で

「王子、この間桃姫が言っていましたよ。民のために馬に乗り各地を周る王子の凛々しい姿はとても格好良くて素敵だって」

と言ったらノリノリで視察に出かけて行った。

(チョロイな、バカ王子。思考回路が生徒会長と同じだから扱いやすい)

そう思ったのは誰にも内緒だ。

お付きの方々からは「我々も王子の扱いに困っていたところです。本当にありがとうございます」と涙ぐんで感謝された。

(・・・・・大丈夫かな、この国)


ディー団長は桃姫の護衛をしなければならないため、付いてくるのは良いとして、残り二人は余分だ。

神殿の炊き出しには、警備として自警団が数名付いてくれるのだが、『王の盾』という要人がいるため、ディー団長を筆頭に騎士も数名付いてきている。

(ディー団長達が来るのは理解できるけど。残り二人は何で来たんだ)

ディー団長は程良い位置で警護に当たっているのだが、ウザ眼鏡とナルシスト神官は、さっきからずっと桃姫に張り付いて周囲を威嚇している。


「なあヤマダ。あいつら邪魔なんだけど」

フェイトまでそう言ってくるということは、みんなそう思っていると考えていいだろう。

「まあ、そう言わないで。子供の社会科見学と思って勘弁してあげて」

そうは言ったが、わたしも邪魔だと思っている。桃姫に何か指示を出す度にジロリと睨まれるのだ。

二人は周囲の冷たい視線にまったく気づく様子はない。桃姫に夢中で目に入らないといったところだろう。


炊き出しはパンとシチューという質素なもの。

それでも、収入の少ない人や働けない人にとってはとてもありがたいものなのだと炊き出しに当たっていた神官が言っていた。週に一回ではあるが、それを救いに訪れる人がいて助けになれるならば喜ばしいことだ。


桃姫にはパンの配布をお願いした。『王の盾』自ら来てくれたということで、桃姫の前には長い列ができている。

わたしはシチューの配膳に当たって、受け取りに来る人に渡していた。来る人とは顔なじみになっているので、挨拶や軽く会話を交わしているところだった。


 きゃあっ


突然、桃姫が小さな悲鳴を上げた。

見ると、フェイトの剣の先生でもあるダリル爺さんが桃姫の手を握っていた。

(まったく、あのエロ爺は見境がない・・・)

わたしは顔を覆った。


あの年中飲んだくれているダリル爺さんは、若い娘と見ると手を出すのだ。何故かわたしも手を握られたことがある。その時は、フェイトが後ろから小突いていたが・・・。

(今回は相手が悪い)


「その小汚い手を放しなさい」

「そうです。桃姫の手が汚れます」

ヒューバート様がダリル爺さんの手を押さえ、続いてサイラスさんが桃姫をダリル爺さんから引き離した。


それにフェイトが静かにキレた。

「綺麗な花だけ愛でていたいなら、王宮に引きこもってろよ」

「何か言いましたか?」

これの意味するところに逸早く気付いたヒューバート様がフェイトを睨み付けた。


場の空気が一気に悪くなった。

周囲にいた自警団の人達や行列に並ぶ人達の中にも殺気立っている人がいる。自警団の人はダリル爺さんに師事している人が多いし、街の人達もダリル爺さんのことが好きなのだ。ダリル爺さんはエロ爺だが、あれで結構人気がある。


「ダメダメ、フェイト。喧嘩になっちゃ」

わたしはフェイトに囁き、ダリル爺さんの方へ歩いていった。



「まったく、このエロ爺が。何やってるんですか。いくら『王の盾』様が綺麗で愛らしくても、手を握っちゃダメでしょ!」

気持ち大きめに声を張って話し掛ける。

「どこで野良作業してきたんですか。手に泥が付いてますよ。桃姫はこの後も配給をするんだから、その手が汚れてしまっては、後の人にパンが渡るときにパンに泥が付いてしまうでしょうが。もう、若い娘と見ると見境がないんだから」


わたしはダリル爺さんの手を取ってエプロンの端で拭いた。「仕方が無いなぁ」とダリル爺さんの手を拭いていると、周囲の空気も変わった。

「そうだよ、ダリル爺さん。俺だって『王の盾』様の手を握りたいのに!」

「本当にエロ爺なんだから」

「私達が受け取るパンに泥を付けないでおくれよ」

そう声があがって、みんながダリル爺さんをはやし立てた。先ほどの殺気は鳴りを潜め、みんなが笑っていた。

「すまんすまん。つい『王の盾』様の心遣いが嬉しくて、ついやってしまったわい」

ダリル爺さんもヘラヘラと笑っている。


(収まって良かった)

わたしは安堵のため息をついた。

「ディー団長。桃姫の手が汚れてしまったので、一緒に洗いに行って下さい」

水場の位置を教えて、ディー団長に桃姫をこの場から連れ出してもらう。


「まったく、何を考えているんですか。触る相手が悪いですよ」

「ヤマダは面白いことを言う。ワシの手には泥なんて付いておらんかったぞ?」

ダリル爺さんが瞳に知的な光りを宿して、わたしに含み笑いをしてきた。

(やっぱり、ワザとか。)


「あんなふうに人の反応を見て人間観察するのは止めて下さい。わたしの胃に悪いです」


「知っとったのか。なんじゃ、つまらん」

ダリル爺さんがさわさわとわたしの手を触ってきた。

それに気付いたフェイトがツカツカとこちらにやって来て、ダリル爺さんの頭を小突いた。

「何やってる。このエロ爺が」

「フェイト、年寄りには親切にせい。心が狭い男は嫌われるぞ」

カカッと笑ってダリル爺さんがフェイトをからかう。

そんな師弟二人を置いて、わたしは問題児二人に向き合った。


「お二人とも、みんなの気が逸れている間にお帰り下さい」

「何!?」

「ですが、まだ桃姫が残っています」

まだこの場に残ろうとするウザ眼鏡とナルシスト神官にわたしの堪忍袋の緒が切れた。


ガシッ


わたしは二人の腕を掴んで、他の人達から離れた場所に連れて行った。

ていっと二人の腕を離し、腕組みをして彼らに対峙する。


「貴方達が汚いと言ったその手は、貴方達が手を差し伸べるべき者の手ですよ」


二人は何のことだか分からない、という感じで首を捻っている。

「守るべき相手が違うって言ってるんです。貴方達が守るべきなのは、桃姫ではなく、救いを求める人々でしょうが。ここの炊き出しに来る人々は、日々の食べ物にも困っているような人ばかりなんです。揉め事を起こして邪魔するようなら、二度とここには来ないでください。フェイトの言った通りです。綺麗な花を愛でていたいだけなら、綺麗なモノだけ見ていたいなら、王宮に引っ込んでいて下さい」


(これでわたしの意味するところが理解できないようなら、末期だな)



恋の病に侵された二人が暴走。

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