4・彼らとモブの応酬
vs逆ハーレム。
――――――ここでわたしの立ち位置を改めて考えてみよう。
「わたしはモブ」
はい、復唱。
「わたしはモブ」
わたしはこの人達にとって、桃姫に(彼ら曰く)勝手についてきたモブ男。それが桃姫に優しい笑顔を掛けてもらっているというだけで、「何だこの桃姫につく虫は。マジムカつく」というもの。そのうえ、懐かれ、お茶に誘われて談笑している・・・それがどれ程彼らにとって殺意の湧く状況か、どれ程わたしにとって胃が痛い状況かお分かりいただけるだろうか。
二人でいるところに鉢合わせる度に嫌味を言われ、針のムシロ状態に晒されるのだ。しかも桃姫が「山田さんは私の大事なお友達なの!」と庇ってくれるものだから、それは更にヒートアップする。
初めは黙っていたわたしも我慢の限界が訪れた。
だって考えてみてほしい。
彼らに会う度に、「ウザイ」「邪魔」「どっか行け」などと言われたら、誰だって腹が立つだろう。
いつまでも許しておくほど、わたしの心は広くないのだ。
仕事してないお前達に言われたくないわ、と血管キレたわたしは彼らに反抗した。
わたしが最近は言い返すようになったものだから、彼らの視線はますますわたしの胃を締め付けてくるようになった―――――。
(これからの嫌味の応酬を考えると胃が痛い)
わたしはこちらを睨み付けてくるラズーロ王子を見据えた。
(毎度毎度、負けると分かっていて何でこのバカ王子はわたしに突っかかってくるかな)
このバカ王子は人に喧嘩を売ってくる割に、口ではわたしに勝てないのだ。
(そんなバカの相手をするのも疲れるんだけど・・・)
「誰の許可を得てと言われますが、わたしは桃姫の許可を得てここにいます。女性の許可を得ずに部屋に入るわけないでしょ。貴方バカですか」
バカ王子がムッとした顔をする。
彼はいつもわたしを邪魔者扱いし、わたしもそれに対抗する。このごろは少々「バカ」と言ってもスルーされるようになった。
最初の頃はキレて斬りかかってこようとするので、ディー団長が羽交い絞めにして止めに入ったものだ。
(すぐに斬りかかってこないようになるなんて、成長しましたね王子)
「許可といえば、ラズーロ王子・・・先ほど扉はノックされたようですが、いつ桃姫がお入り下さいと言いましたか?」
わたしは自分なりに優雅にお茶のカップを持ち、あくまでも冷静に王子に尋ねる。
この格好は結構相手の怒りポイントを刺激するのだ。
「王子である俺が許可を得る必要があるか」
バカ王子が偉そうに踏ん反り変えって応えた。
(はいアウトー!面白い程ひっかかるなバカ王子)
「もし、その時に桃姫が着替え中だったらどうするんですか?そうですか。ラズーロ王子は余程桃姫の着替えを覗きたいとおっしゃいますか。・・・可愛そうに桃姫。こんな変態に好かれるなんて」
わたしが目じりをぬぐって涙を拭く仕草をすれば、桃姫がバカ王子を引いた目で見る。
「そんなこと言ってないだろ!桃姫、こいつの言うことを信じるな!俺が悪かった。今度からはきちんと許可を得てから入るようにするから、許してくれ。いや、許してくれというのは勝手に入ったことであって、決して覗きなどするつもりは・・・ご、誤解だぁ!」
バカ王子が必死こいて桃姫に弁解を始めた。
(はぁ、これで一人終了)
「まったく、こんな狡賢いコザルのどこが良いのだか分かりませんね」
銀髪の麗人がやれやれといった風に首を振る。サイラス神官だ。
この人はわたしを人間とは思っていない。人語を話すコザルという認識だ。だからわたしもそれ相応の対応をさせてもらっている。
「どうもサイラスさん。今日も銀色の御髪が眩しい位に輝いていますね」
(うっとうしいから髪切れよ)
わたしは精一杯の愛想笑いで褒め称えてあげた。
この人ははじめに褒めておけば、嫌味が少なくて済むのだ。
「コザル。私のことは『様』を付けて呼ぶように、と言ってあるでしょう。コザルだからとはいえ、物覚えの悪い頭ですね」
(人のことをコザル呼ばわりする人を『様』付けで呼ぶわけないでしょ)
「ヒューバート様のことはちゃんと『様』付けで呼んでいますよ。一応、この王宮で働く者として上司の上司くらいの方ですから。お給金をもらっている以上、そこはきちんとしなくては。サイラスさんは別にわたしの上司でも何でもないですからね。コザルだってそれなりに考えてはいるんですよ?それでも『様』を付けて呼んで欲しいなら、それだけの成果をわたしに見せて下さい。敬うだけの価値があるなら『サイラス様』と一回くらいは呼んであげてもいいですよ?」
わたしの矢継ぎ早の言葉にグウの音も出ないナルシスト神官。
この人は自分が神聖な立場にあるから、自分も神聖な存在なのだと勘違いしているところがあるから、誰かにこんなことを言われたことはないのだろう。
でもそれを言ってしまえば、このナルシスト神官のアイデンティティーが崩壊しそうなので黙っておく。
(そういう事は自分で気付かないとね。はい、二人目終了)
「本当に口だけは達者ですね。サイラス神官ではないですが、桃姫は貴方みたいな方のどこを気に入っているのだか。理解に苦しみます」
つややかな黒に近い藍色の髪を後ろに撫でつけ、服の皴すらない出で立ちの眼鏡の宰相補佐、ヒューバート様はちょっと苦手。
このアイスブルーの瞳に見られると、胃がヒヤッとするのだ。
だから、わたしもこの人にはあまり言い返したりはしない。
わたしはいつまでも座ったままでは失礼なので、立ち上がって礼をとった。先ほども言ったが、この人はあくまでわたしが仕える王宮のお偉いさんなのだ。
バカ王子は態度がデカすぎて礼を取る気ににはなれないが、この人は礼儀に厳しそうだし、冷たい瞳でいつまでも見下ろされていたくはない。
「わたしもそう思います。それでも『王の盾』に誘われて無碍には出来ませんから」
「ふん。まあいいでしょう。そういうことにしておいてあげます」
わたしとヒューバート様のやり取りは少ない。
(だって目が恐いから。この人の怒りをかったら、誰もいないところでバッサリいかれそうなんだもん。ま、これで3人目終了)
「はぁ、まったくお前の言動には肝が冷える」
そう言ったのはディー団長。この人も桃姫の取り巻きの一人だが、わたしには嫌味なく優しく接してくれる。
「すみません。ついムキになって・・・・」
わたしがそう謝るとよしよしと頭を撫でてくれた。
(あぁ、癒される)
さっきまでの彼らとのやり取りを思えばなおさらだ。
「あまり妙な言動はするなよ。この方達はこれで国家の中枢に位置する方達なんだ」
(ディー団長も結構酷いこと言ってますが・・・。この人はこれで素な気がする)
「ディエルゴ団長がそのように甘やかすから、コザルが調子に乗るんです」
ナルシスト神官が腰に手を当ててわたしを睨んできたが、わたしはそそくさとディー団長の後ろに隠れてベーッと舌を出した。
そのやり取りの裏で、ヒューバート様が王子の弁解を受けていた桃姫の肩をさりげなく抱いて自分の方に意識を向けさせる。
「桃姫。私達にもその美味しそうなお茶を共に味わう機会を与えてくれませんか?」
「そうね。せっかく来てくれたんだもの。みんな飲んでいって」
桃姫が笑って彼らを見つめれば、みんなして顔に朱がさした。
ヒューバート様なんか、その桃姫の笑顔を引き出したのが自分なのだと満足げな顔をしている。
(あ、ディー団長まで顔が赤い)
イラッとしたわたしは、桃姫に「山田さんもみんなと一緒にどうかな?」と誘われたが断って退席することにした。
「わたしはこれから仕事があるからいいよ。仕事しない人間は誰かさんに嫌われそうだし」
部屋の中がシーンとする。
(ざまあみろ)
いたたまれない空気にしてやったので、わたしの溜飲は下がった。これで良しとしておこう。
ここまでの流れも、わたしの変化した日常の一部だったりするので厄介だ。
部屋を出たわたしは胃を押さえて呟いた。
「師匠、良く効く胃薬作ってくれないかな・・・」
元いた世界で生徒会の人々とやりあってきた山田だから、相手にするのは慣れたもの。
でも、やっぱり胃が痛い。




