2・日常プラスベータ
前回の続きです。
わたしはどの型のクッキーにしようかと紙袋の中をガサゴソと漁った。
(感想、感想・・・・・クッキーって感想言いにくい。何か思いつかないかな)
「何だ、良いもの持ってるじゃないか」
しなやかな美しい指先が伸び、わたしが持っていた紙袋がひっぱられた。
そこには、今日は特に出かける用事がないから、と家で薬の調合をしていたはずの師匠の姿があった。
「あーっ。何で師匠がここにいるんですか。返してください。それはわたしのクッキーです!」
取り返そうとピョンヨン跳ねるが、師匠はわたしの手が届かないように紙袋を高く持ち上げた。伸長差もあってまったく届かない。
「探していた魔法書が入ったと古書店から連絡が入ってな。取りに行ってたんだ。ヤマダ、ケチくさいことを言うな。弟子のモノは師匠のモノ。師匠の私のモノは私のモノだ」
そう言って紙袋を逆さにして口の中に放り込む。師匠はボリボリとそれを咀嚼して、わたしに紙袋をぽいっと投げ捨てた。返された紙袋にはクッキーのカスすら残っていなかった。
(このジャイ〇ンめ!)
「なんて事を・・・。わたしまだ1枚しか食べてなかったんですよ!?それを全部食べてしまうなんて・・・」
怒りがふつふつと湧き起こる。わたしは涙目で師匠に抗議した。
「弟子のモノを奪うなんて、なんて横暴な。いつもいつもわたしの肉を奪うし、この間だって、朝食に出たブドウをお前の方が数が多いと取っていくし・・・・・師匠なんて、師匠なんて大嫌いです!」
「ふうん。そんなこと言って良いのか?これは何だ?」
師匠が取り出したのは、黄金色に輝くプリンだった。
「ま、まさかそれは・・・1日限定10個のガルア堂の黄金プリンでは!?」
ガルア堂の黄金プリンとは、材料である卵も高級品のブランド物を取り寄せ、王宮ご用達のコクのある牛乳を使用した味わいのあるプリンだと有名な逸品である。
その黄金プリンは日の光を浴びてキラキラと金色に輝き、近くに寄ると甘く上品な匂いを放っている。
それ1個で普通のプリンが30個は買えるほどの値段設定に、わたしが手を出したくても出せなかった代物。その出で立ちはプルプルと揺れ、まさにプリンの王者という品格を漂わせている。
「な、何故師匠がこれを?」
わたしの声が震えた。
(そんな美しいプリン様が2個も!?)
「ガルア堂の主人に寝つきを良くする呪い札を作ってやったら、良く効いたらしくてな。都合して分けてもらったんだ」
わたしがプリンを手に取ろうとすると、師匠はひょいと持ち上げて言った。
「で?私が大嫌いって?」
「違います。そんなの嘘です!冗談です!師匠、大好きです!!」
「じゃあ、買ってきた本を家まで運んでくれ。私は後から行くから」
わたしは師匠が購入してきた分厚い本を受け取り、
「了解です」
と駆けて行った。
~残されたアデリア達~
「師匠、大好きです!!」
キラキラと目を輝かせて駆けて行くヤマダの後ろには尻尾が生えているようだった。
「あいつの『大好き』は随分安いな。そうは思わないか?ディー団長?」
魔女はニヤリと笑った。
※ ※ ※
~フルーツタルトに関わる顛末~
ガーランド副団長がヤマダを怒らせた2週間後のこと。
ここは騎士達の宿舎の食堂。
そこにはガーランド副団長とヤマダの姿があった。
ガーランド副団長が、調理場での野菜の皮むきのバイトを終えて帰っていこうとするヤマダの腕を掴んでここまで引っ張ってきたのだ。
「どうしたんですか?ガーランド副団長」
いったい自分に何の用事があるのかと不思議そうにするヤマダに、ガーランド副団長は小さな箱を取り出した。その箱には黄色いリボンが掛けられている。
「開けてみろ」
と勧められたヤマダは、黄色いリボンをシュルッと解いた。
開けた箱の中身は・・・・・
「あ、これって。お願いしていたフルーツタルトですね」
それは以前、ガーランド副団長があらぬ噂を立ててヤマダを怒らせた際、謝罪として要求されていたフルーツタルトだった。
「おう、行ってきたぜ。騎士の制服を来てな。一緒に並んでいた女達には何故騎士がいるんだって目で見られるわ笑われるわで、なかなか恥ずかしかったぞ」
「それが目的ですから。あれ、でも、フルーツタルト以外も入っていますが?」
「店の新作だそうだ。店員に勧められてな。ついでに買ってきた」
フルーツタルトと共に入っていたのは、上にラズベリーが乗ったチーズケーキだった。
ヤマダは期待を込めた目でガーランド副団長を見つめる。
「わたしが食べていいんですか!?」
「おう、食べろ食べろ。俺は甘い物は嫌いだからな。食べてもらわないと困る」
「うわぁ。ありがとうございます」
ガーランド副団長が見守る中、箱に手を入れて、まずはフルーツタルトを頬ばった。
「美味いか?」
モグモグ、ゴックン
「はい、とても美味しいです」
ペロリとフルーツタルトをたいらげるヤマダ。
「これで俺を許すか?」
「はい、許します。お願いしたフルーツタルトだけでなく、チーズケーキまで買ってきてもらったんだから、そんなの当然です」
ニコニコとガーランド副団長の謝罪を受け入れる旨を伝えるヤマダ。
「ヤマダ、ケーキは好きか?」
「はい、大好きです」
次にチーズケーキへと手を伸ばすヤマダ。
ガーランド副団長はその様子を机に肘をついて面白そうに眺めた。
「ヤマダ、甘い物は好きか?」
「はい、大好きです」
「・・・・・」
「ヤマダ、こんなに親切な俺は好きか?」
ムグムグ モシャモシャ
「ふぁい、大好きでふ」
満面の笑みを浮かべてチーズケーキを頬ばるヤマダ。
「・・・・・・(おいおい、大丈夫かこいつ?)」
ガーランド副団長はヨシヨシとヤマダの頭を撫でて呆れたように呟いた。
「いいか、ヤマダ。いくら美味いモノを見せられたからといって、知らない奴にはついていくなよ?」
「何を変な心配してるんですか。そんな子供じゃないんですから、大丈夫ですよ!」
ヤマダは胸を張って応えた。
「いや、やっぱ知ってる奴でもホイホイついていくなよ?」
食堂の扉付近から漂う殺気を感知したガーランド副団長がそう付け足した。
「?はい、分かりました」
意味が分からないなりに応じるヤマダ。
この日からだ。
ディー団長が巡回のついでと言ってヤマダに色々と菓子やらケーキやらを購入しては持ってくるようになったのは。
ついでに言えば、訓練の際、ガーランド副団長への風当たりが多少強くなったのもこの日がきっかけであることは間違いないだろう。
密やかにディー団長が阿呆な話でした。




