14・打ち上げ その2
「あー、団長ズリー!」
「職権らんよー!」
次々と不平をもらす騎士団の面々に
「うるさい野獣共!ヤマダが嫌がっているだろ。散れ散れ」
と言って諌めてくれたのは、この間接近禁止命令を下したはずのディー団長だった。
「散れ」と言われた団員達はしぶしぶと文句を言いつつも自分達の席へと戻っていく。
野獣な目をして襲い掛かってくる騎士達からは逃れられたが、今度は回避していたはずのディー団長に捉えられた。わたしの頭に警告音のアラームが響き渡る。
「あの、ディー団長、顔が近いんで離れて下さい」
「・・・・・」
黙り込むディー団長。
「えっと・・・ディー団長?わたし、この間、ガーランド副団長の謝罪が済むまで、近づかないでくださいと言いましたよね」
「・・・・・不可抗力だ」
「助けていただいたことには感謝します。もう大丈夫なので離れてください」
そう言って離れようとすると、ディー団長は腰に回した腕に力を込めて、わたしが離れられないようにその腕に閉じ込めた。
ディー団長からはお酒の匂いがほのかに香ってくる。酔いが回ってこんなことをしているのだろうか。「心臓に悪いから、離れて欲しい」とはさすがに言えないので、自然に離してくれるのを待つ。
10秒 20秒 ・・・
(・・・・・まだかな)
「お前はいつも大丈夫と言うんだな」
ディー団長がぽつりと呟いた。
「何の話ですか?」
わたしの疑問にきちんと答えるつもりがあるのか、ディー団長は独り言のような呟きを続けた。
「どんなに怯えて震えていても、大丈夫の一言で片付けるんだ。今回、助けが遅れたことは悪かった。だが、もう誰かを庇って怪我をするようなことは控えてくれ」
グッとわたしの存在を確かめるように更に腕に力がこめられ、ディー団長が肩にもたれかかってきた。
焦げ茶色の髪がわたしの首筋を撫で、吐息が熱くわたしの肩に触れる。
(ああ、この人も心配してくれてたんだ)
そう素直に感じられた。
でも・・・・・
今回、わたしは別に助けを待っていたわけではなかった。どうにか自分で解決することばかり考えて、どう逃げるか、再度捕まった際にどうすればリスクが軽減するかを常に考えて行動していた。
(だって、わたしは物語のヒロインみたいにはなれないから)
この世界にはもう可愛らしいお姫様が存在する。桃姫なら、きっと助けがくるのを信じて大人しくしていただろう。
(わたしには、ピンチのときに助けてくれるヒーローはいない)
ディー団長だって、桃姫に「お願い」されてわたしを助けにきたのだ。相手が桃姫だったら、何を置いても一番に駆けつけたはず。
だからきっと何度でも、自分の力で逃げ出すし、フェイトみたいに傷付けられそうな人がいれば助けに入ってしまうだろう。
「これがわたしの性分なんです。わたしのことを心配してくださるんだったら、怪我をしないように、わたしを鍛えてください。そのための早朝訓練でしょう?」
弱まったディー団長の腕を解き、振り向いたわたしの目に入ってきたのは、苦しそうなディー団長の顔だった。
どうしてそんな顔をするのか、わたしにはよく分からなかった。もしかしたら、助けに来たのに怪我を負わせてしまったことを恥じているのかもしれない。
わたしはディー団長を励ます為に、笑ってディー団長に声を掛けた。
「できるところまで自分で頑張りますから、本当にどうしようもなくなったときには助けてくださいね」
「お前は強いな」
ディー団長はそう言って、ナイフで切りつけられたわたしの腕をそっと押さえた。
もう何日も経っているので痛みはすっかり取れたはずなのに、触れられた部分が熱を持ったように熱く疼いた。
※ ※ ※
夜は更け、騎士達のボルテージはうなぎ上り。わたしも彼らの空気に酔って楽しい時間を過ごした。
「そういや、お前ディエルゴ団長のこと、お父さんみたいって言ったんだって?」
大分酒に酔って顔が赤らんできたナートさんが尋ねてきた。
「な、何で知ってるんですか!?」
わたしの封印したい恥ずかしい記憶の中に出てきたセリフを何故彼が知っているのだろう。
わたしはチビチビと飲んでいた果実水を噴出しそうになった。
「何でって、ディエルゴ団長が愚痴ってたぞ。俺はそんなに老けて見えるのかって」
(気にしてたのか)
チラッと見ると、奥の方でディー団長が聞き耳をたてているのがわかった。
(・・・そんなに気になりますか。まあ、若いのにお父さんと言われたら誰だってショックか)
別に隠していたわけでもなかったので、わたしはそう言った理由をナートさんに教えてあげた。
「わたしの中の父の姿は24才で止まっているんです。わたしは父が19才の時に出来た子供で、わたしが5才になる頃死んだと母には聞いています。だから、その年頃の人を見ると、兄というより父を思い出してしまって・・・。ディー団長は団長という立場もあって多少年齢よりも上に見えますが、いなくなった父はこんな感じなのかなって、思ってしまって・・・ついお父さんのようだと言ってしまったんです」
別れた時が小さすぎてほとんど父の記憶はないのだが、時々母が父の写真を見て泣いていたのは覚えている。
ついついしんみりと思い出していると、スンスンとすすり泣く声がした。
何故かナートさんが泣いていた。
周りで聞き耳をたてていた騎士達も泣いていた。ついでにディー団長も目がウルウルしている。
「いや、別に泣くほどの話ではなかったですよね」
酔いが回っている分、みんな感情豊かになっているようだ。
「泣かないでくださいよ。こんな話、そこら辺に幾らでも転がってるでしょうが」
(まあ、そんなこと思っているから、わたしは「冷めてる」とか「淡々としている」とか言われるんだろうけど。)
涙目で隣にいたチックさんが
「ううっ。だからお前は幼いわりにしっかりしてるんだな」
と肩を組んできた。
「幼いって・・・チックさんとは1才しか離れてなかったように思いますが」
「小さいことは気にするな。さあ飲め飲め!」
そう言って酒を注いでこようとするので「酒は飲めません」と断った。
「じゃあ歌え!」
といつの間にかチックさんの反対側に来たガーランド副団長の声掛けで、みんなで肩を組んでの大合唱が始まってしまった。
そうなると、今しがた泣いていた騎士達ものりのりで笑顔になって歌い始めた。
(少しばかり騒がしいけど、こうして受け入れてくれる人達がいるなら、この世界で頑張っていける)
わたしは笑ってみんなの大合唱に参加した。それはわたしの知らない歌だったけど、とてもリズムが楽しくて明るい歌だった。
わたし達は明け方近くまで、疲れて眠気が襲ってくるまでずっと、ずっと歌い続けた。
※ ※ ※
眠りにつくわたしの髪を誰かの指が優しく撫でた。
「助けはいらないと言われたよ」
(あぁ、ディー団長の声がする・・・・・)
「そいつなりに頑張ってるんだろ。根性がある分、限界ギリギリまで自分を痛めつけるタイプだな。そんでもって、冷たく見えて熱いやつだから、貧乏クジを引くはめになる」
カランとグラスの音がする。
(ガーランド副団長、まだ飲んでたんですか・・・。何か、微妙な評価ですが嬉しいです。今度からはもう少し労わってあげよう)
「男なのに、傷を作って欲しくないと思うのは可笑しいか?」
「大事なものが傷つくのは誰だって嫌だろうよ。それがどんな感情に由来するものであれ。精々、死なないように見守ってやれよ」
「どんな感情か・・・。大事な弟だよ。大事な」
(そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。ヤマダは頑張ります。みんなが笑ってくれるなら、貴方が笑ってくれるなら、まだ頑張れます)
「だいじょ・・ぶ、です。ディー・・・父さん」
「本当にお父さんみたいですね」と言おうとしたところで、わたしは深い眠りに落ちていった。
わたしの髪に絡んだ指がピクッと止まってしまったのが、少し寂しく感じた。
ディー団長がヘタレなため、山田は好意を持ちつつも微妙な心境。
次回、新章に入ります。




