12・もうひとつの顛末
ここは王宮の一室。
王宮にある部屋としてはやや小さめな部屋の真ん中に円卓が設置され、数人がカードゲームに興じていた。
「最近、面白いものを拾ったそうじゃないか」
黒いローブの男がカードを配る。
「とぼけたことを。あの男をそそのかして動かしたのはお前達だろ」
魔女が配られたカードを手に取る。
「ワシ等、平和な老後を送りたいだけじゃ」
これはゆったりとした白いローブを纏ったヨボヨボの男。
「わが国に仇なす者かどうか、知る必要があった。・・・カードが悪いな」
50代くらいの、白髪混じりの男がカードの数字に文句を付ける。
「欲のない子で助かりました。力が強くとも民衆を惑わせるようなら、処分しなければならないところでした。・・・おっ、わたしはなかなか良いカードだ」
服に皴の一筋すらない黒縁眼鏡の男のカードは当たりだったようだ。
「ワシ等に必要なのは、民の心に安寧をもたらす者。火種はいらぬ」
「狸共が。いらぬ火種を起こそうとしたのはお前達だろ。ご丁寧に、記憶操作まで施して・・・。あれじゃ、廃人だ。馬鹿みたいに自分は人身売買の首謀者だ、と言っているそうじゃないか」
「アレは最近、野心が過ぎて鬱陶しくてな。もともと近いうちに捕縛する予定だったのを早めただけのこと」
白髪混じりの男は煙草をくゆらせて目を細めた。
「あの子のおかげで数名の貴族も捕えることができそうです。それに、火種が火事にならぬよう、人目につくところで誘拐させましたよ」
「ちと助けが来るのが遅かったから、ヒヤヒヤしたがな」
魔女が卓上のカードを引く。
「私の勝ちだな。これ以上の介入は無用だ。もう私の大事な弟子に手をだすなよ」
「大事な弟子とな・・・」
白髪混じりの男は、カードを置いて立ち去る魔女の後ろ姿に声を掛けた。
「我等に害なす者ではないと判明した今、これ以上の手出しはせぬよ」
扉のノブを握った魔女が振り向く。
「あぁ、忘れていた。お前達、負けがこんでるから、さっさと支払いを済ませろよ」
いったい幾ら借金をしているのか、部屋の中からは
「ぐえっ」やら「もうちょっと待ってくれ。出費がかさんで女房が目を光らせてるんだ」やら「やれやれ、容赦ないのう」という声が湧いた。
※ ※ ※
フェイトは扉の前で逡巡していた。
彼女の手を握った時のぬくもりを思い出す。
捕まった先の屋敷で、彼女は「勇気を与えることができるのも力のひとつ」と言って自分の手を握った。
握ったその手は震えていた。
思えばいつも彼女は震えていたように思う。
初めて孤児院に来たとき、「こんにちは」という言葉が震えていた。
ケインと木登り競争をしたとき、遠目からもその腕がプルプルと震えているのが分かった。
屋敷で男と対峙したとき、堂々と受け答えしてはいたが、その声がわずかに震えていたのに気が付いた。
それでも、いつも最後には笑っていた。
力があるのに呑気に構えていて、殴られてもこちらに笑いかけてくるのに腹がたったこともある。
でも、丸腰にも関わらず襲ってくるナイフの前に立ちふさがって自分を守ってくれた。
そしてまた呑気に「死ぬかと思った」と呟くのだ。
勇気があるのは彼女だ。自分は勇気なんて与えていない。
守りたいと思った。
守るために勝手に体が動いてしまう、と言う彼女が傷つかないように。
彼女の震えた指先が、手の優しさが、笑顔が、自分の心を奮わせた。
「ませガキ」という言葉が聞こえたので、これ以上ガキ扱いされないよう、一歩踏み出そうと思う。
(ヤマダは「良い騎士になれる」と言ってくれた。そう言ってくれたあいつの言葉を信じたい。・・・・・・その言葉に報いることができる自分でありたい)
フェイトは、ダン・バーンズ男爵の部屋の扉をノックした。
※ ※ ※
「ダン父さんが、騎士になること賛成してくれたよ」
後日、孤児院を訪れたわたしにフェイトがそう報告してくれた。
「そっか。じゃあ、騎士になるためにも、もっと剣の稽古頑張らないとね」
バーンズ男爵との確執も解消したようで良かった。
わたしはフェイトの手を握って固く握手を交わした。その手は、この間よりも少したくましくなったような気がする。
ふいに握った手を引かれて、わたしはフェイトの腕の中に閉じ込められた。
いくらわたしが早朝訓練をしていて多少筋力がついたとはいえ、フェイトはやっぱり男の子でわたしより筋力が付いているので、わたしは簡単に掴まってしまった。
耳元にフェイトの息がかかる。
「お前が言ったんだ。良い騎士になるって。だから待ってろ」
「何を」
と言いかけたところで、わたしの頬を再びフェイトのクチビルが襲った。
この間の、馬車での別れ際のときよりも秒数が長い。しかも、反射的に離れようとしても、フェイトが顔を掴んでいたので離れられなかった。
その様子を見ていた女の子達から、キャーッと黄色い悲鳴があがる。
(いやいや、そこは男同士なんだから、ギャーッが正しいのでは!?)
やっと離れたとき、わたしは驚きと恥ずかしさで顔を真っ赤にして地面に座り込んだでしまった。
頬を押さえていると
「ごしごし擦らないってことは、嫌がってないって思ってもいいよな?」
とフェイトが言ってきたので、わたしは更に顔を真っ赤にして触れられた頬をごしごしと擦った。
「ヤマダって隙がありすぎ」
チュッと軽い音をたてて、今度は額にキスを落としてくる。
「じゃあ、俺これから剣の稽古があるから」
フェイトはそう言うと孤児院の門の外へと走り去って行った。
その姿は、今まで彼を縛っていた鎖が解けた喜びに溢れ、まるで背中に翼が生えているみたいに見えた。可愛い弟が巣立ちの準備を始めたようで、わたしも嬉しくなった。
(元気になったのは嬉しいけど、この状況下にわたしを置いていくな!)
「ねえ、ねえ。ちょっと今の何!?」
「フェイトはヤマダが好きなの?」
「あーん、私フェイト狙ってたのにー。でも、ヤマダが相手なら許してあげようかな」
(こら、最後の娘。聞き捨てならないセリフを言わない!)
残されたわたしは、記者会見を受ける芸能人のように、どういうことか問いただしてくる女の子達に囲まれることになった。
数日の間、女の子達の間ではフェイト×ヤマダの腐女子な会話で持ち切りとなったのは言うまでもない。
その間、わたしは恥ずかしくてフェイトの顔が見れず、フェイトはそんなわたしの顔を見てにやにやと笑っていた。
わたしは女の子達の居た堪れない視線に晒され、胃を押さえてため息を付いた。
「はあっ。頼むから、こういったイタズラはわたし以外の人にやって欲しい・・・・・」
※ ※ ※
花祭りが終わって5日ほどした頃のことである。
「ヤマダ、お前誘拐されて身売りされそうになったんだってな。大変だったな」(調理場の料理長)
「腕に切りつけられたんだって?もう傷はもういいのかい?」(洗濯場のオバちゃん)
「大丈夫です。もう傷は大分良くなりました」
「怖かったろ。飴をあげるからお食べ」
王宮内を歩いていると、わたしの誘拐騒動を聞きつけた人々が次々と声を掛けてくれた。
みんな本当に心配してくれたみたいでありがたいことだ。
「ヤマダ、お前女装させられて、女として売られそうになったんだって!?」(掃除夫の男性)
「まあ、嘘ではありませんが」
「ヤマダ、お前変態のデブ親父に女の格好させられて縛られたんだって!?」(王宮の門番)
「違いますよ。誘拐されたときには縛られましたけど、それだと変態プレイさせられたみたいじゃないですか」
「ヤマダ、お前貴族の変態デブ親父に女装させられたうえ、尻の穴狙われたんだって!?」(若い騎士)
「狙われてません!何ですかその下品な情報は」
「ヤマダ、お前チューバー伯爵に襲われたというのは本当か!?」
ディー団長までそんなことを言って、わたしの肩をガクガクと揺さぶってくる。
「襲われてませんよ!貴方、現場にいたでしょう!何を見てたんですか!?」
冷たい目で見ると、ディー団長はもごもごと言い訳をしながらその手を離してくれた。
「い、いや。俺が駆けつけたのは、お前が屋敷を抜け出した後だったから、つい・・・」
「で、誰ですか?そんな阿呆な噂を流しているのは」
「それは――――――」
その名前を聞いた瞬間、わたしはディー団長を放って走り出していた。
次回、山田が追いかけるのは誰か?




