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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
王宮生活~花祭り編
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10・花降り

王宮までの帰り道、わたしとフェイトは馬車に乗せられ、それに並走してディー団長達が馬に乗って移動した。


わたしとフェイトは疲れてお互いにぼうっとした顔をしていた。どちらからともなくわたし達は互いの手を握り、無事に脱出できた安心感を得る為、互いの手の体温を確かめ合った。

「俺、剣を習って自分は強いって思ってたのに、全然動けなかった」

「みんな動けなかった。ディー団長だって」

「お前は動けた」


「フェイトが死んだら嫌だって思ったら、とっさに体が動いてたんだよ」

わたしはフェイトの手をぎゅっと握ってぬくもりを確かめる。その暖かさは、確かに生きていると実感させるものだった。


「ヤマダ、俺・・・もう今回みたいにすくんで動けなくなって、後から後悔するようなことにはなりたくない」

フェイトがわたしの手を握り返す。それはまるでわたしから勇気をもらおうとしているようだった。

わたしはもう一度力を込めてその手を握り返した。


「俺、騎士になりたい。力があるからじゃない。力を得るためでもない。誰かを守るために、守ることができるように、その願いを叶えるために騎士になる」

フェイトはまっすぐにわたしの目を見て言った。

その目はとても強くて、もう揺らぐことはないように思えた。


「なれるよ。フェイトなら、きっと良い騎士になれる」




ディー団長達はこれから『花降り』の警護で忙しいし、二人とも疲れているということで、事情聴取は明日以降ということになった。

そのため、フェイトは孤児院で下してもらうことになった。


馬車から降りるとき「今度、ダン父さんに言ってみるよ」とフェイトが言ったので、今後の報告に期待する。


フェイトが一瞬ディー団長に目線を向け、そしてわたしに近づき耳元にクチビルを寄せた。フェイトの赤銅色の髪がわたしに触れてこそばゆい。

「女なのに、あの時は殴って悪かったな」

   チュッ

「っ!?」

そのついでというふうに、軽い音をたてて頬に口付けを落としてきた。それはわたしの口の端ギリギリの部分で、かつてフェイトに殴られて紫色に変色した場所だった。

「じゃあな」

そう言ってわたしから離れるフェイトの髪からは爽やかな草の香りがした。

離れていく瞬間に見たフェイトの顔には、「イタズラが成功した」とでも書いてあるようだった。


「・・・・・ませガキ」

わたしは頬を押さえて彼の後ろ姿を見送った。その足取りは、ついさっきまで落ち込んでへこんでいたのが嘘のように軽やかだった。


「ヤ、ヤマダ。い、い、今、キスされ」

ディー団長が目を丸くしてこちらを見てくる。ディー団長の位置からはわたし達がキスをしたように見えたらしい。

「されてません!口の端ギリギリでした!」

わたしはすかさず答えた。

他の騎士達もじっとこちらを見てきたので、

「なに見てるんですか!」

わたしは馬車の扉をバタンと閉めて中に入った。


フェイトのクチビルが当たった方の頬が熱くて、パタパタと手を振って頬に風を送る。

「・・・・・ませガキ」

照れを隠すように、わたしはもう一度呟いた。


 ※ ※ ※


「じゃあ、俺達は警護の任に戻るが、お前一人で大丈夫か?」

しつこく聞いてくるディー団長を

「本当に大丈夫ですから、行って下さい」

とその背を押して仕事に戻らせたわたしは、『花降り』が行われるバルコニーが見える広場へ向かった。


一昨日のパレードのときよりも人で溢れている気がする。この時ばかりは、王宮内の下働きの人達も仕事の手をとめ、外に出てきているようだ。ちらちらと見知った顔が見える。

みんな期待に満ちた顔をして今か今かと『王の盾』の登場を待っていた。


 ワアァァァ


歓声が上がった。

バルコニーから白い花の冠を付けた桃姫とラズーロ王子が姿を現した。桃姫は肩から下まで薄桃色から白色にグラデーションしたドレスを身に纏っていて、それ自体が一輪の花のように見えた。

二人は手を振り、群集の歓声に応えている。


歓声がやや収まった頃、少し離れた位置に控えていた神官達が呪文を唱え始めた。


群集に静寂が訪れる。


桃姫は両手を握り、祈るように目を閉じた。放たれた白い光が桃姫を覆い、一瞬桃姫の姿が視界から消える。光が収束し、桃姫の中に取り込まれた次の瞬間。


花が舞った。


色とりどりの花達が何もない空間から現れ、集まった人々の上に降り注いだ。花はそれ自体が光をまとっているかのように日の光を受けてキラキラと輝いていた。

とても、とても美しく荘厳な「平和」の絵がそこに完成した。

人々は歓喜し、新しい『王の盾』を歓迎していた。涙を流して祈る老婆、目を爛々と輝かせる子供、幸せに胸振るわせる女性、たくさんの喜びがそこには溢れていた。

桃姫もみんなに受け入れられ、幸せそうに微笑んでいる。


(こんな幸せな景色の邪魔にならなくて良かった)


わたしは喜びに溢れる広場から、一人きびすを返して去っていった。


 ※ ※ ※


ハアッ ハアッ ハアッ


ゆっくりと歩き出したわたしは、気付けば駆け出していた。駆けて、駆けて、駆けて・・・・・たどり着いたのは、初めにわたしが召喚された塔の一番上の部屋だった。


その空間は外の喧騒が嘘のように、ある意味神聖さを感じさせる静寂に包まれていた。

天井から光が差し込み、ステンドグラスの花の模様が、複雑な陣形の描かれた床上に色鮮やかな虹の影を落としている。

わたしはその陣の中心に両腕を抱えてうずくまった。


「・・・・・還りたい」


思わず漏れ出た一言は、わたしがずっと心の奥底で叫んでいた言葉だった。


(桃姫は強い)

まわりの男達はか弱くて守りたくなる対象にしか見ていないが、その芯はとても強いとわたしは思っていた。何事も受け入れる柔軟さ、否定しない強さを秘めていると。

それを知っていたから、生徒会のみんなに迷惑を被っても桃姫に直接文句を言ったことはないし、この世界に来たときも責めたりしなかった。


桃姫はみんなに受け入れられていた。そしてみんなの期待を受けいれていた。

受け入れて、優しく幸せそうに微笑んでいた。


(わたしは無理。あんな風に笑えない)

分かってしまった。何故、パレードのとき胃がキリキリと痛んだのか。


この世界に来てから、ずっと冷めた目で周りを見ている自分がいた。

客観的に見ていないと、還りたくて苦しくて、関係のない人達まで恨んでしまいそうだったから。

「帰れない」と聞いた後でも、いつか元の世界に戻れるんじゃないか、と心のどこかで願っていた。

だから、そのときにこの世界に未練を残さないためにも、一線を引いて接していた。孤児院でも一生懸命子供達と接しつつも、「いつかは帰るんだ」と胸によぎることが度々あった。


(お父さん、お母さん、友達、生徒会の仲間・・・・・残してきたものがわたしには多すぎる)


陣は、天井から降り注ぐ光で淡く金色に光り輝いていたが、わたしを元の世界に還すことはなかった。

わたしはいつまでもうずくまって、この胸の痛みに耐えて震えていた。


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