9・木の下で
ディエルゴ団長は門をくぐり、部下にチューバー伯爵の身柄の確保を命じ、火が上った場所へと向かっていった。
向かった先は屋敷の裏手で、そのバラ園には奇妙な円柱状の燃え跡が残っていた。
いぶかしみつつもヤマダの姿を探す。
大きな木の下に差し掛かったときだった。パキッという枝の折れる音がしたので見上げると、木の上に見慣れない少年と白いドレス姿の黒髪の少女がいるのが見えた。
少女は気を失っているのか、目をつむり、少年の肩に身を預けている。
少年はそんな少女の身体が木から落ちないよう肩と腰に手を当て、支えていた。
木の上で身を寄せ合う二人の姿は、姫とそれを守る騎士というありがちな物語の挿絵のようにも見えた。
ディエルゴ団長に気が付いた少年が声を掛けて、優しく少女を揺り起こした。
彼女は緩慢な動きで目を覚ますと、こちらに視線を向ける。
「・・・・・ヤマダ?」
その顔は、自分が捜していたヤマダの顔をしていた。
※ ※ ※
「起きろヤマダ。助けが来た」
フェイトの手に優しくゆすられ、わたしは目覚めた。
下を見ると、『花降り』のために桃姫の警護に当たっているはずのディー団長がこちらを見ていた。
「・・・・・あれ、ディー団長?」
わたしはまだふらつく体を起こして、少しずつ注意しながら木を降りた。何故ディー団長が来てくれたのかは分からないが、助けが来たのは良かった。そう安心してしまい、最後の最後で足を踏み外してしまったが、とっさにディー団長が支えてくれる。
「本当にヤマダなのか?なんだその格好は」
ディー団長がわたしを支えたまま、目を丸くしてわたしを見てくる。
(そういえば、わたし女の格好をしていたんだった)
「そんなにジロジロ見ないでください。この格好には訳があるんです!何ですか。そんなに目を丸くするほど変ですか?わたしだって似合っていないって分かってるんですから。お願いですから、吹き出さないでくださいね」
羞恥心で顔に血が上って、自分が赤面しているのが分かった。
「俺達、人身売買にかけられるところだったんです」
後から降りてきたフェイトがそう付け足してくれた。
これは二人で決めたことだ。
わたしの力が原因で攫われたことがわかれば、平穏を願うわたしの今後の生活に支障が出てくる。
先に「人身売買のため」と言っておけば、攫った男も王位簒奪を狙ってのことではなく人身売買ならまだ
罪が軽いと計算して話に乗っかってくるだろうと思ったからだ。
「そうだったのか。それで、けがは?」
ディー団長がわたしの頬を掴んで覗き込んできた。
その親指で頬をなぞられる。
「痛っ」
バラの茨で頬が傷ついていたようだ。チクッとした痛みが走った。
それよりも頬を掴まれている方の恥ずかしさが増したので、その手を放してもらおうと自分の手を重ねたのだが、なかなかディー団長は離してくれなかった。
「ディー団長、こんなの何ともないので離してもらえませんか?それより『花降り』の警護はどうしたんです。わたしなんかの為に抜け出すことなかったのに・・・」
頬に当てられた手に少し力がかかったように思えた。
「本当に大丈夫だったんですよ?いざとなればあの主犯格の男を人質にして逃げるつもりだったんです」
へへっと笑えば、ふいにディー団長がぎゅっと抱きしめてきた。
その腕はたくましくて大きくて、とても暖かかった。わたしに回された腕は優しかったのに、わたしはこのまま息が止まってしまうのではないかと思うほど苦しかった。男の人に抱きしめられることは初めてだったので、わたしの耐性のない心臓がバクバク鳴った。
「何が大丈夫だ。こんなに震えているのに」
ここでか弱く泣いてしまえば可愛げがあるのに、それをするのは何だか嫌だった。だから、わたしは熱くなる瞼をぎゅっと閉じて涙をこらえた。
(この人は、弟分が助かって安心してるだけ)
頑張ってわたしを一人前の男にしようとしているこの人に弱い部分を見せたくなかった。
(女みたいにめそめそしたら、きっと困らせる)
わたしはそっと離れて笑った。
「わたしが大丈夫って言えば大丈夫なんですよ?それにこれは武者震いです。決して怖くて震えているわけではありません」
そう胸を張って強がってみせた。
※ ※ ※
わたしとフェイトはディー団長に伴われて屋敷の前へと向かった。
男達を確保した騎士達とすれ違うとき、
「あれ、ヤマダ!?」
「何だよその格好!?」
とみんなアハハハと指を刺して笑ってきたので、「後でシメル」と殺意が湧いてこぶしを握り締めたら指が白くなってしまった。
ディー団長が一人に命じて「桃姫にヤマダを無事に保護したと伝えるように」と先に帰らせていた。
桃姫もわたしがいなくなって心配していたそうだ。
「桃姫が俺にヤマダを捜すよう言ってくれたんだ」
(なんだ、桃姫がお願いしたから来てくれたのか。だから警護も抜け出して来れたんだ)
ディー団長が自分の意志で来たわけではないと知ってちょっと残念に思った。
(そりゃそうか。でなきゃ、わざわざディー団長がわたしを助けに来るわけないか)
ディー団長は弟分として色々と面倒見てくれていたので、自分から来てくれたのだと勘違いしていた。少し自意識過剰になっていたようだ。
人がいなくなった屋敷は、一気に色が褪せて廃墟になってしまったように感じられた。
屋敷前の門に差し掛かったところで捕縛された男と鉢合わせになった。
男はその肥満した身体を小さく丸めて項垂れていたが、わたし達の姿を目に留めると
「ガキ共が!お前達が逃げたせいで私の計画が水の泡だ!」
と目を血走らせて懐からナイフを出して襲い掛かってきた。
突然のことで誰もが一瞬身動きがとれなかった。
その肥満体型のどこにそんな俊敏さがあったのか。捉えられていた腕を振りほどき、すばやい動作でナイフを振り回す男。
その切っ先がわたしよりも男の近くにいたフェイトの方を向いていたので、
「危ないフェイトっ!」
咄嗟に彼の前に身を乗り出していた。その切っ先はわたしの右腕を掠めて抉った。
「ヤマダ!」
体制を崩すわたしの身体を引いて、フェイトがその背に庇う。男が2撃目に移る前にはナイフはディー団長に叩き落とされ地面に落ちた。すぐに他の騎士が男を抑えてわたし達から引き離す。
「死ぬかと思った・・・」
「丸腰のくせに、何やってんだよ」
わたしとフェイトはずるずると地面に座り込んだ。
「ヤマダ、・・・お前はまたこんな無茶をして」
「ははっ。すみません。つい体が動いて。でも、毎日訓練に参加させられていたお陰で咄嗟のことでも動くことができました。ディー団長のお陰です」
へたれこむわたしの視線に合わせてディー団長が屈み、わたしの腕に手をかざして呪文を唱える。白い光がほのかに降り注いだが、それはわたしの腕を治すことはなく、ただわたしの身体に吸収されていった。
「わたしに魔法は効きませんよ」
わたしは腕にかざされたディー団長の手を押さえる。
「だが、効きにくいだけで効果はあるかもしれない」
傷ついた腕は熱を含んだまま血を止めようとはしなかった。
なおも治癒魔法を続けようとする団長の腕をフェイトが押さえて止めた。
「効かないんです。それよりも腕の止血を早く」
ディー団長はその言葉にはっとして、腕を引いた。
フェイトがポケットからハンカチを取り出して、わたしの腕に巻く。とりあえずこれで止血にはなった。
後で師匠に傷によく効く薬をもらおうと思う。
ディー団長は気が付かなかったようだが、わたしの足元で小さな野草の花が花開いていた。
それは風に吹かれて小さく揺れた。
今回はちょっと微糖になりました。




