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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
王宮生活~花祭り編
24/95

8・脱出に向けて

「様子はどうだ?」

チューバー邸が見える位置に隠れていた騎士に、到着したディエルゴ団長が尋ねる。

「これからどこかへ行くのか、随分慌しく準備をしているようです。屋敷の前に馬車が2台待機しています」

「ヤマダの姿は?」

「確認がとれていません」


(どうする?確証はないが、移動されては困る。このまま踏み込むか・・・。)


思案にふけったときだった。

「ディエルゴ団長!屋敷から煙が、火の手があがっています!」

ゴウッという音と共に快晴の青空に似つかわしくない灰色の煙がモクモクと立ち上った。


「突入するぞ!」

彼らはチューバー邸の門をくぐった。


 ※ ※ ※


時間は少し遡り、ディエルゴ団長達が踏み込む30分前。


わたし達が脱出のためにしたこと。

それは「ザ・死んだ振りでドッキリ大作戦」だった。

時刻は12時。

13時にはここを出ると言っていたので、早めの昼食をとり、男たちは今は出発の準備に取り掛かっていることだろう。

その間の慌しさに乗じて行動を開始する。


わたしは棚から拝借した小刀を脇に挟んで仰向けに横たわった。

部屋の前には見張りが一人。これは、男が出入りする際に扉の隙間から確認できている。

(あとはフェイトの演技力次第。)


「ヤマダ!ヤマダっ!!」

「どうした!?」

焦ったようなフェイトの声に見張りの男が扉から顔を覗かせ問う。

「来てくれ!ヤマダが自分を刺した!!やっぱり協力するのは嫌だって言って、俺が目を離した隙に。頼むヤマダを助けてくれ!」

「なに!?」

あらかじめカーテンを閉めて部屋を暗がりにしてあるので、パッと見は本当に自分を刺したと思い込むはず。

大事な道具が自傷行為をはたらいたと思い込んでくれた見張りの男は慌てて部屋に入ってきた。

(かかった!)


  ドガッ


入ってきた見張りの男をフェイトが暖炉のそばに置いてあった火かき棒で後ろから殴って気絶させた。

「こういう武器になりそうなものは置いてちゃ駄目でしょ」

起き上がったわたしはフェイトと一緒に気絶した見張りの男のズボンのベルトでその手を縛る。

ベッドにくくりつけたから身動きは取れないだろう。

「フェイトが剣術を習っていてよかったよ」

「この場合、剣の腕は関係ないと思うけど」

ついでに破ったシーツで口を縛り、声を出せないようにした。


「それでは、行きますか」

わたし達はシーツで作った縄を窓から垂らし、ゆっくりと降りていった。こういうときは、騎士団の早朝訓練に参加していて良かったと思う。訓練で多少は腕に筋力が付いたからこそできた技だ。

(今回だけはディー団長のお節介に感謝かな)


無事に下に到着したわたし達は屋敷の裏手のバラ園に向かった。

(ここが正念場だ)

「フェイトお願い」

屋敷から見えないように、しゃがみ込み作業を始める。

フェイトとわたしは両手の平を合わせて、お互いの額を合わせた。次の作戦のためにわたしに彼の魔力を流し込んでもらう為だ。

フェイトが集中して魔力をわたしに流し込む。合わせた手の平に青白い光が浮かんで、わたしの身体に自分とは違う流れが入り込んできた。

冷たくて、それでいてどこか暖かかさを感じさせるフェイトの魔力は彼らしいものだと思った。

でも、

「ごめん、もっとゆっくり」

ここであの時の恐怖感を思い出してはいけない。

わたしは額に汗をしながらより集中力を高めていった。


バラがわたしのイメージに合わせて急速に成長を始めた。


 ※ ※ ※


男がヤマダを迎えに行ったとき見つけたものは、ベッドに縛り付けられた自分の部下だった。

「ヤマダが逃げたぞ!早く見つけろ!!」

そう怒声を上げて部下達に命令を下した。


間もなく、部下の一人が屋敷の裏手のバラ園で奇妙なものを発見した。

「なんだ、これは!?」

それはバラの茨で出来た大きな円柱状の入れ物ようなものだった。直径が2M程あり、人が背伸びしても中が覗けないほどうず高く伸びている。

ちょうど人の腰くらいの位置に、白い布切れが挟まっていた。

「二人は中にいる!どうにかして壊して二人を連れ出せ!」

男達は剣を用いてバラを切り刻む。

だがそのバラの茎は太く、なかなか剣を通さないので一向に作業は進まない。

「このままでは時間に間に合わない。もういい、燃やせ」

そして、バラの砦に火がかけられた。


 ※ ※ ※


(おいおい、本当に火をかけますか)

わたし達が今隠れているのは、バラの中ではなく、バラ園のはずれにある大きな木の上だった。

「中に結界をひいて、バラだけが燃えるようにしてるみたいだ」

とフェイトが教えてくれた。

魔法変換の力で自分たちの周囲にバラの囲いを作ったわたし達は上から出て、天井部分をまた変換の力を使って閉じたのだ。

わたしの服の切れ端を挟んで、中にいるように見せかけるのも作戦のうち。

まともな思考回路なら、こんな見え透いた罠にひっかからないだろうけど、焦った男には通用したようだ。

バラの囲いを壊させることで時間稼ぎができれば良いと考えたのだが、まさか火をかけるとは思わなかった。


わたし達がこんなまどろっこしい作戦を考えたのは、一つは男達の戦力を分散させるためだ。

屋敷の前はもちろん人がいて逃げられないし、屋敷の裏手のバラ園を抜けるとその先は畑で見晴らしが良く、すぐ見つかりそうだったからだ。

だから戦力が分散している隙を突けば、たとえ見つかったとしても追手が少なくて済むと考えたのだ。


それともう一つは時間稼ぎのため。

こうして隠れているうちに『花降り』の時間がくれば、男の計画も水泡に帰し、たとえ見つかって捕まることになっても、男は次の計画を練らなければならなくなる。

捕まったら捕まったで、また逃げればいい。


間もなく火は消え、中に誰もいないことがバレた。

フェイトの読み通り、バラの囲いの中は燃えずに残っている。もし、男がキレて全部燃やしていたら、中で黒焦げの死体が出来ていたことだろう。

怒った男の「何をしているんだ。捜せ。そう遠くには行っていないはず。すぐに見つけるんだ!」という声が辺りに響く。


頭に血が上った男たちの思考回路では、まさかこんな近くに隠れているとは思わないだろう。

「ごめん、フェイト。ちょっと休憩」


「・・・・・分かった。タイミングを見て起こすから、少し寝ていろ」

力を使ってさすがに疲れた。

その様子を察して、フェイトがわたしの身体を木から落ちないように支えてくれた。

それに安心したわたしはフェイトに身を預けて、しばし意識を飛ばした。


 ※ ※ ※


「面白い使い方をするじゃないか。さて、頑張ったご褒美に少し力を貸してやるか」

そう言って赤髪の魔女は、彼らの周囲に光の屈折を利用した幕を張った。

これで下から彼らの姿を見ることは出来なくなった。

彼らのいる木の下を男たちが通り過ぎていく。


木の上で寄り添う二人はまるで姫とそれを守る小さな騎士のようだった。


(これをあの堅物騎士が見たらどう思うか・・・・・)

ヤマダは訓練に無理やり参加させられているのだと迷惑そうにしていたが、何やら随分可愛がってもらっているようだ。

それを思うと、笑いが込み上げてくるのが抑えられなくなる。


数分もしないうちに屋敷の門から騎士達が駆けてきた。


魔女はわざとディエルゴ団長が木の下に来たのに合わせて、幕を取り外した。


次回、やっとディー団長が到着します。

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