7・桃姫のわがまま
時は少し遡り、2日目、昼過ぎのこと。
街では露店が並び、人々は各々自分の時間を過ごしていたが、王宮では『王の盾』を囲んでの食事会が行われていた。
食事会に参加しているのは王族と大臣達。
明日の夜にはこれに貴族達も含めた大規模な舞踏会が催される。
今は幾分質素な装いの彼らも、明日の舞踏会では豪勢に着飾って登場することだろう。
ディエルゴ騎士団長、ガーランド副団長はその食事会の護衛を勤める為、広間の端に待機していた。
そこへ一人の若い騎士が近づく。
「団長、ちょっといいですか?」
「何事だ?お前は街の警備に当たらせていただろう」
祭りの際には揉め事も出てくるので、王宮の警備に当たる者と自警団に加わって街の警備に当たらせる者とに振り分けてある。
彼は街の警備担当になった者だ。
「それが、自警団の詰め所に子供達が来て騒いでるんです」
「それがどうした。自分達で処理できるだろう」
「いえ、あの、子供達が言うにはヤマダと彼と一緒にいた少年が何者かに連れ去られた、と言っているんです」
「ヤマダが!?」
思わず声に出てしまったので、近くにいた数人の大臣が振り向く。
団長は「すみません」と礼をして、若い騎士を伴って部屋を出た。
それに気付いたガーランドも後から付いていく。
「詳しく話せ」
「はい。ヤマダと少年1名が数人の男達に囲まれ馬車で連れ去られた、と子供達が言っていまして。馬車の特長を聞いたんですが、馬車に描かれていた紋章が『杯』と『バラ』だったと」
「そりゃ、チューバー伯爵家の紋章じゃねえか。裏で人身売買やってるって噂の」
ガーランドが口を挟む。
「私もそう思いまして、貴族が相手では直接家に乗り込むこともできず、団長に判断を仰ごうかと」
団長はしばしの沈黙の後、指示を出した。
「数人を伴ってチューバー伯爵家へ向かえ。表向きは警備の一環としての訪問を装え。俺は引き続き王宮の警備にあたる。以後、報告をしろ」
「はっ。分かりました」
若い騎士は早足でその場を去っていく。
「それで良かったのか?」
「俺には騎士団長としての勤めがある。この場を離れるわけにはいかないんだ」
その視線は若い騎士が廊下の隅に消えるまでその姿を追っていた。
(本当は自分が行きたいくせに。)
ガーランドはそう思ったが、言えば団長に殴られそうだったので口を噤んだ。
※ ※ ※
その後、チューバー伯爵の元へ向かった者の報告では、既に邸宅はもぬけのからで、人っ子一人いなかったそうだ。
それから依然としてヤマダの行方は掴めなかった。
手をこまねいているうちに日は暮れ、やがて『花降り』の当日を迎えた。
騎士の中には自分たちが可愛がっていた弟分の行方を心配し、あまり眠れなかったのか目の下に隈が出来ている者さえいた。
やがて時刻が11時を迎えるころ、騎士達に朗報がもたらされた。
捜索に向かわせた者の一人が、チューバー伯爵の姿を彼が愛人を囲うために建てられた屋敷で見かけたという情報を付近の住民から得たのだ。
情報を得た騎士は、さっそく団長と副団長の元へと報告に行く。
彼らは後に控えた『花降り』のため、桃姫の部屋の前で待機しているところだった。
「どうする?」
「数人を張り込ませて、ヤマダの姿を確認次第、屋敷へ踏み込め」
「団長は行かないのかよ?」
ガーランドが呆れたように声をあげた。
「俺には『花降り』の護衛の任がある」
ディエルゴ団長はそれに淡々と答えた。
しかし、長年付き合いのあるガーランドには、その中に苛立ちが含まれているのを感じた。
「ねえ、山田さんがどうしたの?」
扉をカチャリとあけて桃姫が顔を出した。
「いえ、桃姫が気になさるようなことは何もないですよ」
そう言ったが、桃姫は眉をひそめた。
「誤魔化さないで!ねえ、昨日から何か変だよ。騎士のみんなで何隠れてこそこそしてるの?食事会の時もヤマダって名前が聞こえた。お願い、教えて!」
桃姫の懇願のまなざしに根負けし、
「ヤマダが何者かに連れ去られました」
とディエルゴ団長は告白した。
「そんな!」
「大丈夫。確証はありませんが、当たりは付けているので。今、他の騎士を向かわせるところです」
「私も行く!」
「なりません。貴女にはこれから大事な儀式が待っています」
今にも駆け出しそうな桃姫の肩を抑える。
「じゃあ、団長さんが代わりに行って!」
普段わがままを滅多に言わない桃姫が強い口調で無理を言ってきた。
その目には初めて見たときのヤマダの目に似た強いものが宿っていた。
「団長さんが代わりに行って!貴方になら任せられる。じゃないと私が行くから!」
桃姫の無理なお願いにはディエルゴ団長も困り顔だ。
「ですが・・・」
「いいじゃねえか」
沈黙が漂ったが、それを破ったのはガーランドのこんな提案だった。
「行けよ。侯爵位にいるお前なら、伯爵の屋敷に踏み込んだって文句の一つは言われるかもしれないが、処罰はされねえだろ。いいじゃねえか、『花降り』までに戻ってくれば。それまでは、団長は腹痛で抜けてますって言っておいてやるからよ」
その提案にディエルゴ団長は苦笑する。
「なんて言い訳だ。・・・・・分かりました。桃姫、必ず『花降り』までには戻ります。くれぐれも抜け出して付いてこようなどと思わないでください」
その言葉に桃姫がぱあっと花開いたように笑顔になった。
「ありがとう!団長さん」
桃姫はぎゅっと腕を回して彼に抱きついた。その身体は華奢で、彼女からは花の香りがした。
団長の頬が赤くなる。
ガーランドは「団長も男だもんな」とやれやれと肩をすくめた。
「あー、ディエルゴ!お前、抜け駆けして、なに桃姫に抱き着いてんだ!?」
遠くから桃姫を迎えにきたラズーロ王子、ヒューバート、サイラス神官が煩く騒いでこちらにやって来る。
「さ、煩いのに捕まらないうちにさっさと行け!」
ガーランドがしっしと手を振って団長を追いやる。
「後は頼む」
ディエルゴ団長は駆け足でその場を後にした。
※ ※ ※
[桃姫視点]
山田さんが何者かに連れ去られたらしい。
『同じ世界から来た人がいなくなった』
それがどれだけの恐怖か、この世界の人には分からないだろう。
私の他にも同じ境遇の人がいたから、これまでやって来れたのだ。
王宮の中庭で再会した時、まさかこんなところで会えるとは思わなかったので嬉しかった。
嬉しかった反面、怖かった。
私は「王子達が会わせてくれないの」と言ったが、会いに行こうと思えばいつでも行けた。
それなのに自分に言い訳をして会いに行くのを先延ばしにしていた。
否定されるのが怖かったから、会いにいけなかった。
「桃姫のせいでこんな世界に飛ばされてしまった。どうしてくれるの!?貴女なんて大嫌い!」
そう責められそうで・・・。
でも、久々に会った彼女はあっけらかんとしていて、
「なんとか上手くやってるよ」
と恨み言一つ言わなかった。
そんな彼女だったから、少し肩の力が抜けた気がした。
パレードが終わった夜に偶然会ったときも、
「格好良かった」と褒めてくれて、「桃姫なら大丈夫だよ。頑張って訓練してきたんでしょ?」と言ってくれた。
これまでも王子やサイラス達が「桃姫なら大丈夫。俺たちが付いてる」と言ってくれたことがあったが、誰に言われるよりも安心した。
彼らはどこか『王の盾』に絶対的信頼を置いているようだったから、私をひとりの人間として「桃姫なら大丈夫」と言ってくれた彼女の言葉の方がより胸に響いた。
だから心が楽になったようで、その瞬間、自然に笑っていた。
(ああ、私、頑張って笑ってたんだ。)
そう思った。
いつの間にか、彼女の存在に救われている自分がいる。
駆け足で去っていく団長さんの背中に願う。
「どうか、山田さんを助けて」
もちろん彼女が助かることは願っている。
だが、自分のためにも助かってほしい、と願う部分もあった。
(・・・・・わがままな私。)
まさかの桃姫の高感度up。




