6・優しい力
「お前、異世界の人間だからあんな力を持っていたんだな。
それで、どうするんだよ。本当に計画に協力するつもりか?」
男の要求に大人しく従う意思を見せたわたしにフェイトがイライラと聞いてきた。
「そんなわけないでしょ。計画が実行される前に逃げ出すつもりだよ」
「どうやって?」
「それはこれから考える」
本当は助けが来るのを待ちたいのだが、そんな確証のないものにすがることはできなかった。
(師匠もこっちを監視してるくさいんだけど、ここまで音沙汰が無いってことは、自分で何とかしろってことだよね)
わたしがリリアの暴走を止めた時すぐに来たことで、師匠が何かしらの方法を用いてこちらを監視しているようだ、という考えに至った。
本当に命に係わるような場合には来てくれそうだが、何も言ってこないということは、やれるとこまで自分でやれ、ということだろう。
はあ、とフェイトがため息をついた。
「お前って、冷静なのか短絡的なのか分かんない。さっきだって全然怖がらずに飄々としてるし」
「そんなことないよ。本当はめちゃくちゃビビッてた」
「うそつけ。ビビッてる奴があんな風に受け答えできるかよ」
「うそじゃないよ。ほら、手だってこんなに震えてる」
そう言ってフェイトの手を取る。本当に怖かったのだ。今だって震えてプルプルしている。
それが伝わったのか、フェイトは一度唇を噛んで言った。
「俺・・・何もしてないよ」
わたしはそれに首を振って否定する。
「フェイトがそばにいたから頑張れたんだよ。力をくれてありがとう」
「力って・・・」
「わたしは誰かに勇気を与えることができることも力のひとつだと思ってる」
わたしは、フェイトにもらった勇気を彼に返すようにぎゅっと握った。
フェイトの手のぬくもりを受けて、いつの間にかわたしの手はもう震えが止まっていた。
「フェイトは知らないだろうけど、フェイトの手はみんなを守る力を持ってるんだよ。
泣いてる子供を慰める時、誰か困っている人がいた時、差し出す手を、勇気を持っているってわたしは知っている」
わたしは師匠の真似をしてニヤリと笑った。
「だから、ここから逃げるとき、フェイトの力を貸してもらうよ?」
フェイトはふうっとため息をついて
「分かったよ」
と笑って答えてくれた。それが久しぶりに見た彼の笑顔だった。
※ ※ ※
「こんな状況でよく寝ていられるな」
昨夜は夕食にパンとシチュー、ミルクという質素な食事をし、その後逃げる算段をつけるための話し合いを遅くまでしていたのだから仕方ない。
わたしは朝の9時まで身動きせず、ぐっすりと眠っていた。
フェイトの方は緊張してあまり眠れなかったようだ。
「ごめんね。わたしがベッドを占領したから」
わたしはのそのそとベッドから這い出した。
「そういうことじゃねえよ。・・・本当のん気だよな、ヤマダは」
寝るときはどちらがベッドを使うかで揉めたので、ジャンケンで勝ったわたしがベッドで寝る権利を得、フェイトはソファーで寝ることになったのだ。
「睡眠は大事だよ。きちんと休まないと、いざって時に体が動かないからね」
体を伸ばして窓の外へ向かう。
ここから見えるのは、屋敷の裏手にあるバラ園だ。
けっこうな広さがあり、中は迷路のようにうねっている。孤児院の子供達をつれてきたら「迷路だー!」と走っていきそうだ。
わたしが窓の外から視線を部屋に戻したとき、コンコンとノックする音が聞こえた。
「おはよう。よく眠れたかな」
昨日の肥満男だった。
「一応は」
(あなたの顔を見た途端、気分が悪くなりましたけどね。)
「それは良かった。今日の晴れ舞台の衣装を持ってきたよ。これに着替えてくれ」
男が持ってきたのは、シンプルだが質の良い白のドレスだった。裾に花をあしらった凝った刺繍がされている。それとわたしに合わせた長い黒髪のカツラ。
「着替えた頃にまた来るよ」
そう言って男は部屋から出て行った。
「フェイト。悪いんだけど、着替えるから後ろ向いていてくれるかな?」
「あ?男同士だろ。何恥ずかしがってるんだよ」
フェイトにはディー団長に通した「プライベートは覗かれたくない」という言い訳は通用しないだろう。
(まあ、いいか。フェイトにはバレても支障さなそうだし)
「男同士じゃないって言ったら?」
フェイトが目を見開いた。
「おま、・・・女?」
わたしはこくんと頷いて肯定の意とする。
「だから、後ろ向いていてね」
フェイトが後ろを向く。
妙な沈黙が漂い、部屋にはわたしの着替える衣擦れの音だけが響いた。
「もういいよ」
フェイトが振り向く。
わたしは化粧台に付いている鏡を見た。
(・・・・・なんか市松人形みたい。)
用意されたカツラは、前髪がぱっつんで長さは腰まであった。
白いドレスは男であることを配慮して、胸元が協調されないよう前で留めるタイプの肩掛けが付いている。襟が首を覆っているので細身に見えるデザインだ。
「ねえ、どうかな?変じゃない?」
わたしはくるりと一回りして、どこかおかしなところはないか尋ねた。
「いや似合って、じゃない、違和感はない」
「今、似合ってないって言いそうになったよね?いいよ、違和感がないならそれで」
ぷうっと頬を膨らますわたしには
「違うし」
と言ったフェイトの呟きは聞こえていなかった。
数分後に部屋を訪れた男は「これなら悪くない」とご満悦で部屋を出て行った。
時刻は朝の10時。
『花振り』は15時に行われる予定だ。
男の話では、昼食をとり、13時にはここを出立するとのことだった。
だったら、出立前の慌ただしさに紛れて行動するのが一番だ。
わたしはさっそく準備に取り掛かった。
部屋の中の棚には、飾り用の小刀が飾られている。
わたしが誘拐犯なら、実用性に欠けていようがこのような武器の類は目につくところにはまず置いておかない。
つくづくなめられてるな、と感じるが、使えるものは何でも使ってやる。
ガラス張りのその戸棚には盗難防止のため鍵が掛けられていたが、わたしはカツラを付ける際に使ったピンを取り出してかちゃかちゃと鍵を開け始めた。
「お前って器用なのな」
「まあね。生徒会に入ったばかりの頃は、変に嫉妬されて女子によく色んなところに閉じ込められてたから。鍵の開錠はお手の物だよ」
「セイトカイ?何それ?」
「うーん、学園をまとめる雑用係って言ったら分かるかな。・・・お、開いた。これもわたしの力です、なんてね」
カチャっと小さな音を立てて鍵が開いた。
「なあ。お前が本物の『王の盾』なんじゃないのか?」
ピンを持って「どうよ?」と自慢げな顔をするわたしに、フェイトが真面目な顔で尋ねた。
「本物はあっちだよ。ちゃんと『王の盾』の力がある」
わたしは外したピンをカツラに留め直してそれに答えた。
「俺にはお前の方が強い力を持っているように見えるけど?」
「わたしは規格外。それに桃姫を『王の盾』だと決めたのは彼ら。勘違いとはいえ、わたしを男だと思って除外したのも彼ら。わたしは否定しなかっただけ」
「自分には力があるって言えば良かったのに」
フェイトの目は「そうするべきだ」と言っていた。
彼のその目は、ひいては民衆の目になるかもしれない。
そう思うと、心が震えた。
(それだけは駄目。いけない)
初めてこの世界に来た時否定の感情を覚えたわたしが、もし『王の盾』なんてものになっていたら、きっとこの国をめちゃくちゃにしてしまっただろう。
今でこそこの世界に馴染んできてはいるが、初めからその立場にいたらきっとそうした。
だからそれを素直に言葉にした。
「わたしがそれを望まなかった。桃姫は頑張ってる。頑張って『王の盾』になろうとしてる。
わたしだったら全てを否定して、この世界を拒否してた。桃姫はすごくいい子なんだよ。ちょっと魅力が強いのがアレだけど、みんなに愛されてる。みんなの期待を背負って希望の要になろうとしてる。そんな子の邪魔だけはしたくないんだ」
フェイトは納得したようなしてないような微妙な顔をしていたが、
「わたしは目立つことが嫌いなんだ。もし、民衆の前に立って力を披露するような真似になったら、舌を噛み切って死んでやるから。だから協力してね。わたしの平穏な生活のためにも」
と言ったら、
「分かったよ。死なれたら気分悪いし」
と肩をすくめて苦笑して、そして了承してくれた。
なかなか脱出まで話が進みません・・・。




