4・パレードの夜、そして翌日
パレードが無事に終わった夜のことだ。
わたしは師匠と共に王宮の食堂から帰るところだった。
「師匠。なんでわたしの肉を取っていくんですか!?」
「私の肉の方が数が少なかったからだ。それに、この美貌を維持していく為に肉は必須なんだよ」
今日は祭りのため、いつもより豪勢な食事で量も多かったのに、まったくこの師匠は食い意地だけは張っている。
研究に没頭すると食事を取ることさえ忘れるのに、いざ食事となったら人の倍は食べるのだ。
王宮の食堂からわたし達の家に帰る道中には、わたしが召喚された塔を横切る形となる。
そこを通りかかったとき、塔から出てくる人影を見つけた。
その人影もこちらに気付いたようで、こちらに手を振ってくる。
「あれって・・・すみません師匠。先に帰っていて下さい」
そう言うと、わたしはその人影の元へと向かった。
「こんなところでどうしたの?桃姫」
塔から出てきたのは桃姫だった。護衛などは付いていないようだ。
「ひとり?」
「うん、ちょっと抜け出してきちゃった」
わたしより身長が高いのに、えへっと笑う姿はわたしでもぎゅっとしたくなる程可愛らしい。
「もう一度見たくなったの」
それはわたし達が召喚された部屋のことを言うのだろう。
「パレードが終わったら急に確かめたくなって・・・・・ここから始まったんだよね」
二人して塔を見上げた。
夜空は何処までも透明で、星がキラキラと瞬いていた。
塔は夜空に白く浮かび上がり、どこか神聖な空気が漂っているように感じた。
「桃姫は力を使うことが怖くない?」
ふと、パレードの時に感じた疑問を確かめたくなった。
「ううん。サイラスが、えっと召喚の時いた神官なんだけど、『王の盾』の力の使い方を教えてくれたから大丈夫だよ。最初の頃は失敗して、彼の頭の上に花がドサーって被っちゃったこともあったけど」
ふふっと桃姫が教えてくれた。
「それよりも怖いのは、みんなの期待かな。私、ちゃんとそれに返すことができるのかなって」
桃姫でも不安になることがあるのか、と正直驚いた。
「大丈夫だよ。パレード、わたしも見たよ。みんな桃姫を歓迎してた。それに桃姫も堂々としてて格好良かった。だから桃姫なら大丈夫だよ。この日のために頑張って訓練してきたんでしょ?」
「うん。不安はあるけど、これでもいっぱい練習してきたんだ。だから頑張るよ」
そう言った桃姫の笑顔は、いつものニコニコとした笑みではなく、自然に口角が上がっているようだった。
わたしはその笑みも素敵だと思う。
そして頑張る彼女を応援したいとも思った。
「こちらにいらしたのですか。部屋にいないのでみんな心配していましたよ」
そう声を掛けてきたのは、わたしが内心で『ウザ眼鏡』と命名した人だった。
「ん?お前は。桃姫、夜分に男と二人きりになるなど、危険ですよ」
彼はそう言って桃姫を後ろに庇う。
(ちっ、本当こいつウザ眼鏡だな。ちょっと立ち話をしていただけでしょうが)
「もうヒューったら、山田さんは私のお友達よ。そんなこと言わないで」
桃姫が彼の服の袖を引っ張って止める。
「そうですよ、ヒューさん?でしたっけ。わたし達は立ち話をしていただけですよ」
「ふんっ。桃姫がそう言うのでしたら、それで結構です。それよりもヤマダさん、貴方この王宮に来て大分経つというのに、まだ私の名前を知らなかったんですか?」
(誰もが自分の名前を知っていると思うなよ。)
「いえ、まったく存じ上げませんでした」
愛想笑いを浮かべて言ってやったら、ウザ眼鏡の頬が片方ヒクっとした気がした。
「私の名はヒューバート・オルンハイム。この国の宰相補佐をしている者です。くれぐれも気安くヒューなどと呼ばないように。よく覚えておきなさい」
(横文字の名前は苦手なんだよなー。しかも興味のない人の名前は覚え辛いし・・・)
因みにディー団長の名前は覚えている。さんざん練習させられたからだ。
ただ発音し辛いので、「ディー団長」と呼ばせてもらっているだけで、忘れたわけではない。
「さあ、桃姫。夜は冷えます。もう帰りましょう」
そう言うとウザ眼鏡は桃姫に自分の着ていた上着をふわっと被せて彼女を連れて行った。
その仕草はスマートで「手馴れているなこいつ」と思わせるものだった。
去り際に桃姫が「じゃあ、またね!山田さん」と手を振ってきたので、
わたしも「またね」と手を振って答えた。
「ハックシュッ」
本当に冷えてきたようだ。ウザ眼鏡のせいで気分が悪くなった。
「風邪をひかないうちに家に帰ろう」
わたしは師匠が待つ家へと急ぎ足で帰っていった。
※ ※ ※
2日目のお祭りでは、孤児院の子供達と露店で買い物。
可愛い子供達のために、今日はちまちまと稼いだお金でご馳走するのだ。
(他にも何か買いたい物があったら買ってあげよう。)
何でもかんでも与えるのは良くない、とマーサさんに怒られそうだが、今日は特別な日なので勘弁してもらおう。
目当ての店は揚げパン屋。
「パンの中にふわふわのクリームが入っていて、外はカリカリ、中はトローリと絶妙の食感なのよ。」
と表現する洗濯場のオバちゃんの台詞が決め手となり、そこへいくことにしたのだ。
わたしはスリに会わないよう、財布を鞄の底に入れ、子供達を迎えに行く為に孤児院へと向かった。
途中の露店から漂う美味しそうなにおいの誘惑に打ち勝ちながら、孤児院の塀沿いを歩いていたときだった。
「あ、フェイト」
「っ・・・」
「こらっ、逃げるな!」
フェイトと目が合ったのに逃げられそうになり、追いかけて捕まえた。
この間、喧嘩した後からずっとこうなのだ。
目が合っても無視され、すぐにその場からいなくなる。
しばらくはフェイトの気が済むまで放っておこうかと思ったのだが、そろそろ仲直りがしたい。
「ねぇ、これからリリア達と露店を見に行くから一緒に来てよ。わたし一人じゃあの子達迷子になっちゃうし」
本当は子供達はみんな聞き分けがよいので、そんなことにはならないのだが。
「イヤだ、と言っても聞かないんだろ?」
やっと口をきいてくれた。
「まあね。美味しい揚げパンをご馳走するからさ。お願い」
「分かったよ。付いていけばいいんだろ」
渋々、といった感じだが了承は得た。
わたしはフェイトを引き連れて子供達と露店で賑わう街へと繰り出した。
揚げパンは評判通りとても美味しかった。
子供達もニコニコとほっぺにクリームを付けて頬張っている。
「すごく美味しい。ヤマダありがとう」
リリアが可愛くお礼を言ってくれた。
「来て良かったでしょ?」
「・・・まあな」
フェイトも簡単な受け答えくらいは返してくれるようになったので気分は上場だ。
「ねえ、まだお財布に余裕があるから、さっき見た露天でリボンを買いに行こう」
気分上場ついでに奮発しようじゃないか、と女の子達を連れてリボンを買いに行くことにした。
わーい、と走っていく子供達。
「待って、走っちゃ駄目だよ」
残されたわたしとフェイトが子供達を追いかけようとした時、
「ちょっといいかな?」
いつの間にか、わたし達二人を数人の男達が囲んでいた。
どうやらわたしはスリには会わなかったが、誘拐犯には会ってしまったようだ。




