3・パレード
パレードが近付くに連れて、歓声も大きくなっていくようだった。
パレードの先頭を行くのは騎士団。
いつも訓練で汗まみれのむさ苦しい騎士達もこの時ばかりは正装し、凛々しい姿で馬に乗っている。
騎士の正装は基本を白地とし、ズボンの裾には若葉色の糸で細かい葉の模様が刺繍されている。
きっと花に関連した模様を織り込んでいるのだろう。
胸を張って進む彼らに向けて女の子達の黄色い歓声が起こった。
歓声が大きすぎてよく聞こえないが、それぞれのお目当ての騎士の名を呼んでいるようだ。
「へー、騎士ってやっぱりモテるんだ」
「そりゃそうだよ。騎士は良い男が多いし、庶民あがりだって爵位がもらえるしね。庶民の娘達からしたら良い婿物件さ」
わたしはそういったことにあまり興味がないので、
「そんなもんですかね」
と相づちをうった。
桃姫を乗せた馬車はまだかな、と思っていると、一番前にいたディー団長が上方をキョロキョロと見て何かを探しているので、何事かと視線を向けると、ディー団長と目が合った。
するとディー団長がこちらに向けて笑って手を振ってきた。
「見てごらんヤマダ。ディエルゴ団長が手を振ってるよ」
オバちゃんがわたしの腕を掴んで若い娘のようにきゃあきゃあ言ってくる。
「そ・・・そうみたいですね」
なんだか知り合いが有名人になって手を振ってきたようで恥ずかしかった。
ガーランド副団長までわたしの存在に気付いてガハハと笑って両手を振ってくる。
わたしはそれに小さく笑って手を振ると、さっと窓から顔を引っ込めた。
ディー団長達の視線に気付いた人達がこちらをチラチラと見始めたからだ。
(無駄に目立った。・・・恥ずかしい。ここで観ていることを教えるんじゃなかった)
何かの話のついでに、パレードは洗濯場のオバちゃんと一緒に見るのだとポロッとディー団長にこぼしていたのだ。
それを覚えていたディー団長は気を利かせて手を振ってくれたに違いない。
「そういやあんた、騎士の方々の訓練に混じってるって言ってたね。こっちに手を振ってもらえるなんて、あたしゃ付いてるよ。あんたを呼んで良かった。明日みんなに自慢しよう」
オバちゃんは年甲斐もなくはしゃいでいたが、わたしはとてもそんな気分にはなれなかった。
頃合いを見計らってもう一度窓から顔を出す。
騎士団の列はもう通り過ぎていて、続いてメインとなる桃姫を乗せた馬車が前を通りかかった。
桃姫の隣にはラズーロ王子が座り、二人とも群衆へ向けて笑顔で手を振っている。
群集から花びらが馬車めがけて投げかけられ、ハラハラと舞ってとても綺麗だった。
わたしとオバちゃんも一緒になって花びらを撒いた。
「馬車の後ろに神官の一団がいるだろう。花びらがすぐに落下しないように彼らが魔法で風を操ってるんだよ」
とオバちゃんが裏側の仕掛けを教えてくれた。
馬車の後ろには白いローブの神官達がいて、術の印を結んでいる。
撒かれた色とりどりの花が風に飛ばされ舞い、花の香りが優しく街中に香っていた。
桃姫はこの間見た時よりも更に綺麗になったように見えた。
それは化粧や衣装のせいだけではないだろう。
この日を迎えるために努力しているようだったから、その努力に裏づけされた自信が桃姫の中に見えたようだった。
そんな彼女だから、みんな彼女を受け入れるのだろう。
馬車に向ける人々の目には、信頼と希望、そしてぬくもりがあった。
みんなに受け入れられる桃姫を見て嬉しいのに、何故かわたしの胃はキリキリと痛みを訴えていた。
※ ※ ※
[ディエルゴ騎士団長視点]
最近、可愛い弟分が出来た。
廊下でばったり会った時、すぐにあの召喚の際に桃姫と共に現れた少年だと分かった。
初めて見た時は、ただのひ弱な少年が愛らしい姫にくっ付いて守ろうとする姿が滑稽に見えた。
だが、部屋を出る際、垣間見えた強い目はとても印象に残った。
次に会った時、少年は窓拭きをしていた。
声を掛けたら驚かれ、梯子から落下。受け止めた身体は細くひ弱だった。
こんなことでは桃姫を守ることなど出来ない、と思ったので訓練に誘ってみた。
桃姫を慕う者同士、応援してやろうという気持ちになったのだ。
ヤマダはしっかりしているようで抜けているところがある。
朝は起きられなくてグズグズするし、走っていてこけることがよくあるし、他の騎士達からもよくからかわれもした。
そういうところは少年らしい幼さがあると感じ、何かと世話を焼くようになった。
一度「わたしは17歳ですよ」と言われたが、それでも子供に見えるのだから仕方がない。
その幼さが本来の年齢を忘れさせるのだ。
ヤマダに「桃姫に花を渡さないのか?」と聞かれた時、ハッとした。
実は花を渡すつもりは無かったからだ。
桃姫は愛らしく、笑うと花が咲いたようで愛しいと思うこともあったが、想いを込めた花を渡すには決定的な何かが欠けていると感じた。
ヤマダも特に渡す相手がいないようだったので、「こいつも仲間か」と心のどこかで安心した。
それからだ。
心の隅にモヤモヤとする何かを感じるようになったのは。
パレード当日、周囲を警戒しつつも民衆がこちらに向ける笑顔に素直に嬉しいと感じ、手を振り返す。
角を曲がった大通り沿い。
(確かこの辺りのはず。・・・・・いた)
建物の3階の窓からヤマダが顔を出しているのが見えた。
笑って手を振ると、あちらも気付いて手を振り替えしてくる。
さっと顔を引っ込めてしまったが、ヤマダは笑っていた。
その笑顔にどこかで安心する自分がいる。
一瞬胸のモヤモヤが晴れた気がした。
山田もディー団長もなんだかモヤモヤ。




