2・パレード 1時間前
とうとう祭りの初日を迎えた。
王都にはいつもの何倍も人が溢れ返り、道を歩くだけでも一苦労だ。
店からは美味しそうな香りがし、一般の住宅も国旗や花で飾られている。
若い女の子達はオシャレに着飾り、街行く人々の顔もにこやかで、街全体がお祭りムード一色だった。
洗濯場のオバちゃんに誘われたわたしは、土産として途中で小さな蕾の付いた植木鉢を買い求め、人ごみを掻き分けてオバちゃんの家に到着した。
「おや、すまないね。人が多くてここに来るだけでも大変だったろ。さ、中にお入り」
土産の植木鉢を渡して家に上げてもらったわたしは大通りに面した窓から下を見下ろした。
あちこちで客寄せのための威勢のいい掛け声が飛び交っている。
あと1時間もすれば、桃姫を乗せた馬車が目の前の大通りを横切るのが見えるはずだ。
気の早い人は明け方から場所取りに専念しているのだ、とオバちゃんが教えてくれた。
「これは絶好の穴場ですね。ここなら絶対『王の盾』の顔も見れますよ」
「だろう?ここは3階だから、人ごみで前が見えなくなることもないからね。でも、残念だったね。うちの娘を紹介してあげたかったのに、あの子ったら友達と出掛けちまったんだから。し様の無い子だよ、まったく。せっかくの出会いのチャンスをふいにしちまうなんて」
(それは良かった。オバちゃんの娘さん、ナイス!)
オバちゃんの勢いだと無理やりにでも娘さんと付き合わされることになる。
「私はちょっとお茶の用意をしてくるから、あんたは座ってゆっくりしてな」
「すみません。ありがとうございます」
オバちゃんが席を立ってしまったので、わたしは再び視線を窓の下に戻した。
パレードが通る時、みんなが『王の盾』を歓迎する意を込めて馬車へ向けて花を撒くのだそうだ。
オバちゃん家のテーブルの上にもそれ用に花びらがいっぱい入ったカゴが置いてある。
明後日にはそのお返しとして『王の盾』から民衆へ向けて花が贈り返される『花降り』が行われる。
「桃姫は怖くないのかな?」
わたしは『王の盾』の変換の力を使うのが怖かった。
リリアの力を止めた時のことを思い出すと、未だに鳥肌が立つ。
あの生命の流れに逆流してわたしを侵食してくる感覚を思い出すたび、わたしの精神が押しつぶされそうになるのだ。
わたしは持ってきた鞄の中から、師匠から渡された小石を取り出して見つめた。
それは師匠の魔力が込められた魔石で「魔力変換の練習用に」と渡されたものだ。
赤い石は火の属性、水色の石は水の属性、茶色の石は土の属性、など他にもいくつか違う属性の石がある。
わたしは師匠の特訓へと思いを馳せた。
※ ※ ※
「――――お前が強烈な違和感を感じたのは、魔力の流れを無視して流れを止めようとしたからだ」
わたしと師匠が特訓を行う時は、王宮の北にある森の中で行う。
ここはその昔、初代『王の盾』が生み出した森とも言われている。
(本当にそうだとしたら、初代『王の盾』はそうとう力が強かったんじゃないだろうか。)
そのためこの森は開発の手が入らず、神聖な場所ともされているため、滅多に人が訪れることはないので、わたし達にとっては格好の訓練場所となっていた。
師匠は枝に髪が引っかからないように、いつもは長く垂らしている赤く燃える髪をひっつめてお団子にしている。
服もいつもは足首まであるシンプルなドレスだが、特訓の際にはベージュのパンツ姿だ。
「魔力を上手く扱うこつはイメージすることだ。それはお前の力だって同じと言える。魔力の流れを感じ、それをまた違う方向へ受け流す。やってみな」
師匠が手のひらに生み出した炎に手を当て、その流れを感じる。
その流れを自分に取り込み、外へ放つ。
一瞬、リリアの時のことが思い出されてビクリとして力が入ってしまった。
その流れは一箇所に集まり、そばにあった木の芽が幾つか開いていく。
「あまり力を恐れるな。言っただろ、お前は力が強いって。これくらいの魔力じゃびくともしないんだから。孤児院の時だって、流れに逆らわなければ簡単に受け流せたんだ」
この場所には今回の木の芽以外にも幾つか、同じような現象が起こっている。
一部分だけ長い草や一枝だけ花が咲いた木、一個だけ異常に成長したキノコだってある。
「この分だと、あのお嬢さんの方が上手く力を使えていると言えるな」
「桃姫も特訓をしてるんですか?」
桃姫は苦労せず何でも出来るイメージがあったので驚く。
地道な努力とは無縁の人だと思っていた。
「もちろんさ。ただ力を受けるだけでは負担がかかる。訓練は必要さ。あっちはサイラスが面倒見てるって話だよ」
「サイラスって?」
「お前も知ってるだろ。召喚の時、桃姫に魔法をかけた神官だよ」
(ああ、あの時のナルシストっぽい人か)
わたしの脳内でにこにこと微笑みながら訓練をする二人のイメージが出来上がった。
「今日はここまでにしておくか。ヤマダ、私の魔力を込めた石をやるから、暇な時にでも練習しな」
そう言って、師匠は幾つか色の付いた石をわたしに分けてくれた。
※ ※ ※
わたしは水色の石を取り出して両手に握った。
小さな脈動を感じる。
(まるで息をしているみたい。)
その手を額に当て、その脈動にあわせて呼吸をした。吸って、吐いて、―――吸って、
「フーッ」
石の脈動が小さくなっていき、やがて消えた。
練習の甲斐があってか、このくらいの魔力なら簡単に変換できるようになった。
魔力が流れた石は、もともとの色だった透明に戻っていた。
魔力を込めるのは水晶が一般的に使われるのだと師匠が言っていた。
水晶は比較的安価だし、濁りがないのだそうだ。
宝石で作られた高価な魔石もあるらしいが、宝石は魔力を込めにくく、原価が高いため、王族や貴族くらいのお金を持っている人でないと持てないらしい。
「お待たせ」
オバちゃんがトレイを持って部屋に入ってきた。
「焼き菓子を焼いたから、お茶と一緒にお食べ」
それをテーブルの上に置いて、オバちゃんも席に着く。
「あれ、それさっきもらった時、こんなに花が付いていたっけ?」
見ると、窓辺に置いた土産の植木鉢の花が満開になっていた。
「日差しがよく当たるから、すぐに咲きましたよ」
「そんなもんかねぇ?」
わたしがしれっと答えると、オバちゃんは首をかしげた。
「そうですよ。あ、パレードが近付いてきましたよ!」
遠くの角から、パレードがやって来るのが見えた。
ヤマダはまだ力を怖がっている様子。




