13・バイト、時々特訓 その3
(さりげなく腕を掴んで筋肉のつきを確かめないでください。セクハラで訴えますよ!)
ディー団長はわたしの身体を観察して言った。
「本当に細いな。腕なんて俺の手で簡単に捻りつぶせそうだ。華奢な身体で筋肉が付いていないから、梯子から落ちるはめになるんだ。そんなことでは桃姫を守ることはできないぞ」
「余計なお世話です。桃姫を守る男性はたくさんいるから大丈夫です」
と返せば、
「そう簡単に諦めるな。そんな理由でお前は桃姫への想いを捨てるつもりか?」
ときた。
(んなわけないでしょ。この人、世の中の男全てが桃姫に恋心を抱くとでも思っているのだろうか?)
「わたしは別に桃姫のことが好きなわけでは」
「そう言うな。そうだ。俺が直々にお前を鍛えてやろう!」
良いことを思いついた、という顔でディー団長が提案した。
(会話が成立しない。)
わたしが今、話している言語はこの世界の言語のはずなのに、見事な空回りっぷりに腹が立つ。
「さっそく明日から訓練しよう」
爽やかな笑顔を浮かべてわたしを誘ってくるが、訓練なんて絶対嫌だ。
「わたしにも毎日することがたくさんあるので、とても訓練なんてできません」
と言ったら、
「それなら、早朝の訓練にだけでも参加するといい」
と迷惑にも提案してくださった。
(なんですか、貴方はわたしの近所のオジサンですか?)
わたしが小学生の頃、近所に子供好きのオジサンがいた。
毎朝の通学路に立って子供達に挨拶し、夏休みには公園のラジオ体操に欠かさず参加していた。
そのオジサンは子供達からも好かれていたのだが、体育祭やマラソン大会が近付くと子供達を集めて「特訓だ」と走らされたので、その季節だけは子供達は捕まらないように逃げていたのを思い出した。
わたしも何度か捕まって走らされた覚えがある。
そのオジサンとディー団長の姿がダブって見えて、わたしのひ弱な胃が悲鳴をあげた。
わたしの必死の抵抗も空しく、わたしは翌日からディー団長の早朝訓練に参加することとなり、
そして初日、わたしは寝坊して遅刻。ディー団長には呆れられつつ怒られた。
翌々日からは、寝坊して遅刻しないようディー団長がわたしを迎えに来る、というのが一日の始まりとなって、わたしのタイムスケジュールに組み込まれることとなる。
※ ※ ※
「おい、ヤマダ。聞いているのか?」
ボーっとして、これまでの成り行きを思い出していた私は、ディー団長の声に頭を起こした。
「はいはい、聞いてますよ。朝からきちんと起きられないのは、精神が弛んでいる証拠だ。ですよね」
「分かっているなら、さっさと着替えて準備しろ!」
寝起きで動きが緩慢なわたしの寝巻きのボタンに手を掛けて脱がそうとしてくるので、彼の手を払いのける。
「何度も言ってるでしょう。自分のことは自分で出来るって。着替えますから部屋から出て行って下さい」
どうもディー団長もバーンズ男爵と同じで、わたしのことを小さな子供だと勘違いしているようだ。
一度、「わたしは17歳ですよ」と言ったのだが、見た目が幼く見えるのか、なにかにつけて子ども扱いして世話を焼きたがるのだ。
今度こそ目が覚めた。
さすがに相手がわたしのことを男だと思っていても、乙女の柔肌を晒すわけにはいかない。
「男同士なんだから何を気にする必要がある?」
(女だから気にしてるんですよ)
「これも何度も言っていますが、わたしはプライベートの様子を他人に見せる趣味はないんです。分かったら部屋の外で待っていて下さい」
ディー団長にはこの場から退場して頂き、わたしは手早く着替えた。
服は、ディー団長に支給された騎士の訓練用のシャツとズボン。
鏡を見て、はねた髪を撫でつけ、
「お待たせしました」
と扉の向こうで待っていたディー団長に声を掛けた。
「よし、行くか。・・・ん?」
と彼がわたしの顎を掴んで顔を上げさせ、自分の顔を近づけてくる。
彼はこういう時、いちいち距離が近い。
朝からスベスベお肌の近距離攻撃を受けて、わたしの気分はお腹いっぱいだ。
「その口の傷はどうした!?」
口の傷とは昨日、フェイトに殴られて出来た傷のことだろう。
さっき鏡を見た時は少し紫色に変色していたがそんなに目立たないだろう、と思ったのだが、ディー団長は目ざとく見つけて指摘してきた。
「友達と喧嘩して殴られたんです」
「そうか。暴漢にでも襲われたのかと思ったぞ。俺も小さい頃はよく友人と喧嘩して怪我をしたものだ。何か困ったことがあればいつでも言えよ」
きっとディー団長は新しく弟分ができた気分なのだろう。
まあ、そこはお言葉に甘えて、困ったことがあればいつでも頼ろうと思った。
※ ※ ※
わたしに課せられた訓練はまずはランニング。
準備運動をして、騎士達の後ろをゼーゼーいいながら付いていく。長い距離を延々と走らされるので、これだけでも結構な運動になるのだ。
その後は、剣の型を教えてもらい、ひたすら素振り。
この時は木刀でやるのだが、ランニングで疲れ切ったわたしにはかなり重く感じるのだ。
他の騎士たちはさすがによく鍛えられているので、全然疲れた様子が見られない。
「ヤマダは体力がないなぁ」
へばって地面に倒れこむわたしの頭に濡れたタオルが掛けられる。
そのタオルは雫が首筋に垂れてくるほど水分を含んでいた。
「こ、これでも、だいぶ、ハア、慣れてきたんですよ。それより、どうせ濡れタオルを掛けてくれるなら、せめて絞ってください」
わたしは、あがった息を整えながらそれに答え、タオルをとって絞った。
タオルを掛けてくれたのは、この騎士団の副団長ガーランド様。
筋肉隆々で疲れ知らず、性格は大らかで懐の広い人。繊細さに欠けるのがたまに傷なのが残念なところ。蓄えたヒゲのせいでクマのように見えるので、陰ではクマ副団長と呼ばれている。
「男が小さいことを気にするな。これでもお前には感謝してるんだぜ」
「感謝、ですか?」
わたしは何かしましたっけ、と首を捻る。
「ああ。最近団長が訓練もさぼって『王の盾』にご執心だったのが、お前を連れてくるようになってから、きちんと訓練に出るようになったからな。あいつにとっては良い弟分ができたんで、鍛えるのが嬉しいんだろうよ」
そう言ってクマ副団長はガハハと笑った。
わたしは、訓練は厳しいが、そういうことならもう少しディー団長に付き合っても良いかなとほんの少し思った。
(本当にほんの少しだけね)
ディー団長が天然男になってしまった。




