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少年(?)山田の胃が痛い日々  作者: 夏澄
王宮生活~基礎生活編
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12・バイト、時々特訓 その2

「良かったぁ。これで先輩達に怒られずに済むよ。ありがとう」

その若い騎士はわたしの手を握り、ぶんぶんと振って感謝の意を述べた。


ディー団長が恨みがましい目でわたしの方を見ていたが、それは無視する。

「では、わたしはまだ仕事が残っているので失礼します」

「ちょっと待ってくれ」

立ち去ろうとするわたしの腕を取って、ディー団長が引き留めた。

「なんですか?桃姫の好みのタイプなら知りませんよ。因みにわたしは、男性は髪が短い方が清潔感があって好ましいと思います」

「いや、そんなことは聞いていない!そうじゃなくて、少し頼みがあるんだが、聞いてくれないか?」

「はあ、聞くだけなら良いですよ」

わたしは耳を貸すというつもりで言ったのだが、彼は頼みごとを引き受けてくれるという意味にとったようだ。

結局、わたしは彼の頼みごとを引き受けることになった。


 ※ ※ ※


わたしは洗濯物をさっさと片づけると、王宮の中庭へと向かった。


そこは広いが、さすが王宮の中庭だけあってよく手入れが行き届いている。

色とりどりの花が咲き、ハーブなども植えられている。たくさんの色があるが、乱雑ではなく、配色に関してもよく考えて植えられているのだろう。

とても良い調和の保たれた庭だと感じた。


中庭の中央には小さな白い東屋があり、そこに腰まで伸びた栗色の髪、クリクリとした瞳が可愛らしいあの人が一人、ぽつんと佇んでいた。

彼女が待っているのは、ディエルゴ・リュディガー騎士団長。


彼によると、仕事の空いた時間に庭の散策をしよう、と約束をしていたとのこと。

それを聞いた若い騎士は

「団長にそんな時間あるわけないでしょ!」

と声を荒げていた。

近々、桃姫の『王の盾』としてのお披露目があるらしく、今日はその際の警備体制に関する会議があるのだそうだ。

わたしも思わず小さな声で、「仕事しろよ」と言ってしまった。


ディー団長の頼みごととは、桃姫に自分が行けなかったことを代わりに謝ってくる、というものだった。

余談だが、わたしはよく知りもしない相手のためにタダで働くわけがないので、お駄賃を請求している。

ディー団長が手持ちが無いと言うので、ツケにして引き受けてあげることにした。


近付いていくわたしに桃姫が振り返る。

くるりと振り返る姿は、ヒラヒラとドレープしたドレスの相乗効果で一輪の花のように見えた。

「あれ、山田さん!?」

まさか、わたしが現れるとは思っていなかったようで、ビックリされた。

「ごめんね。ディー団長は急用があって来れなくなったんだ。だからわたしが代わりに謝ってくるよう、頼まれたの」

そう断りをいれたが、桃姫はたいして気落ちした様子はなかった。

「そうだよね。団長さんだって仕事があるものね。それより、山田さんが無事で良かった。ラズーロ王子達に山田さんに会いたいって言っても、ヤマダは大丈夫だからって全然会わせてくれないんだもの。本当、心配してたんだよ?」


「そんなことがあったの・・・」

そりゃ、王子達にしたら(事実かどうかは別として)恋のライバルであるわたしに会わせたくはないだろう。

きっと彼らには、わたしに会いたがる桃姫の姿は、好意のある男性に会いたがっているように見えたに違いない。

(後でいわれの無い仕返しとかされたら嫌だな)


「ごめんね。そんなに心配してくれてたとは思ってなかった」

(それどころか、今の今まで貴女の存在を忘れてました。日々が忙しすぎてスッパリ頭の中から抜けてました。きっとお姫様扱いされてて、わたしのことなんか忘れてるだろうな、って心配すらしてませんでした。本当ごめん)

心から心配してくれていたという桃姫の顔が神々しく見え、自分が酷い人になったようで笑顔がひきつる。

「どうかしたの?」

「ううん、ちょっと胃が痛くなっただけ」

(ちょっと罪悪感で胸がいっぱいなだけです。)


それから、わたし達はお互いに近況を簡単に報告しあった。

わたしは、あの時わたしを拾ってくれた女性を『師匠』と呼び、世話になっていること。

桃姫は、今度のお披露目に向けて準備を進めていること。

これからまたドレスの採寸やダンスの稽古があるそうなので、手短に済ませ、今度一緒にお茶をしてゆっくり話そうという約束をして別れた。


 ※ ※ ※


次の日の午後、わたしは梯子に登って窓拭きをしていた。

大きな窓なので、梯子を使わないと届かないのだ。

あまり人通りのないところで静かな場所だったが、暖かい日差しが入り込み、どこからか微かに音楽が聴こえてくるのが、心地よい空間を演出していた。

わたしはその微かな音楽に耳を傾けつつも窓拭きに専念する。


「・・マダ。おい、ヤマダ!」

「うはいっ」

ガッ。

突然、名前を呼ばれたので驚いて梯子を踏み外してしまった。


落下するわたしを抱きとめたのは、ディー団長だった。

さすが騎士団長なだけあって、筋肉質な腕でわたしを軽々と受け止めた彼は、わたしの顔を覗き込む。

「大丈夫か?」

「う、はい。大丈夫です」

色々なイケメンを見てきたわたしだが、さすがに近距離で来られると少し照れる。

しかも今の体勢は、わたしのような人間には生涯起こりえないと思っていた『お姫様抱っこ』。


(は、恥ずかしすぎる!)


「もう大丈夫なので降ろして下さい」

あまりの恥ずかしさに赤面してしまった。

さっさと降ろしてもらったわたしは一瞬で思考を切り替え尋ねる。

「それよりも、何かわたしに用事があったんじゃないですか?」

こうしてわざわざ声を掛けてきたのだ。

昨日のツケでも払いに来たのだろうか。踏み倒されること前提で言ってみただけのことだったのに、律儀なことだ。

「ああ、そうだった。昨日のツケを払いに来たんだった」

(当たりですか。本当に律儀な人。)

そして彼は昨日のお駄賃をわたしの手の平に乗せてくれた。


「ありがとうございます。・・・・・あの、まだ何か?」

(人の手を取って固まらないで欲しいんだけど・・・)

ディー団長がわたしの手を取って固まってしまった。

彼の手は鍛えられた人の手で硬く厚くなっていて、碌に働いていないわたしのやわやわな手の平とは随分違っている。

そろそろこの沈黙に耐えられなくなってきた頃、彼はわたしの目をじっと見て言った。

「昨日も思ったんだが、お前は本当に筋肉が付いていないな」

「はいっ!?」


(言うにことかいて、筋肉ですか。さすが脳筋騎士。目を付けるところは筋肉って笑えないですよ)

次回、脳筋騎士は筋肉のない山田を見て、何を思うのか?

続きます。

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