11・バイト、時々特訓 その1
フェイトに殴られた翌日の話です。
ドンドンドンッ
朝っぱらから玄関の扉を叩く音が鳴り響く。
(・・・・・今日も来た。)
布団からもぞもぞを手を出して時計を確認する。
現在の時刻、朝の6時。
(まだ寝たりない・・・。)
わたしは聞こえなかった振りをして、布団を頭まですっぽり被った。
すると今度はトントントンッと階段を上ってくる足音がした。
その足音の主はわたしの部屋の前で止まり、バタンッと扉を開けて中に入ってくる。
「おいヤマダ、いつまで寝ているつもりだ。さっさと起きて支度をしろ!」
「お迎えご苦労様です、ディー団長。それではお休みなさい」
わたしは朝が弱いのだ。
もう一度布団を被って寝ようとすると、布団を剥がされた。
「こうして俺がじきじきに迎えに来てやってるんだ。さっさと起きろ!」
わたしがディー団長と呼んでいるこの人、名前をディエルゴ・リュディガーといい、若干19歳にして、王宮騎士団の団長を務められているお方だ。
少しカールがかかった手触りのよさそうな焦げ茶の髪は後ろで一つに括り、今はなかなか起きないわたしにイラついた顔をしているが、いつもは爽やかな笑みを絶やさないお方。
まだ決まった人はいないようで、王宮内の優良婿物件の一人らしい。
そんな雲の上の上の人が何故、朝っぱらからわたしを叩き起こしにくるのか?
それは、わたしが孤児院へ通い、どうにか言葉に困らなくなった頃のことである――――。
※ ※ ※
わたしが孤児院の子供達との体当たりの言葉学習に一区切りついた頃だった。
ようやく周囲に目を向ける余裕も出てきたわたしには一つ気がかりなことがあった。
(わたし、お金持ってない。)
王宮と孤児院の行き来の道すがら、並んでいる露店から肉の焼ける美味しそうな匂いにつられて覗いた時に気付いたのだ。
(買い食いしたくても、お金がない!)
その時、涎をタラタラ流しながら涙目で立ち去ろうとしたわたしを哀れに思ってか、露店の親父さんが肉の切れ端を分けてくれた。
至福の味がした。
帰ってから師匠にそのことを報告すると、「私の分の肉は?」と小突かれた。
「師匠はお金持ってるんだから、肉なんていくらだって買い放大でしょうが」
すると、チッと舌打ちされたので黙って視線で抗議した。
うちの師匠はがめついので、後で夕ご飯の肉を「食べ物の恨み」と称して持って行かれたのはまた別の話だ。
「ふんっ、まあいい。金が欲しいなら自分で稼ぎな。私が話を付けて、明日から王宮内で働けるようにしてやるよ」
そうしてわたしは王宮内で働くことになった。
仕事は主に厨房の野菜の下ごしらえだったり、庭の草むしりだったり、倉庫の掃除だったり、とにかく人手が足りない部署の臨時雑用係のようなことをした。
午前中から昼過ぎまでは孤児院へ行き、その後は色々なところへ顔を出して仕事をさせてもらい、お駄賃を頂く、というのがわたしの日常のタイムスケジュールとなった。
その日は、洗濯場の仕事で、カゴいっぱいに積み上げた洗濯物を運んでいるところで、洗濯物の山で前があまり見えていなかったのが悪かった。
ドンッと誰かにぶつかってしまったのだ。
「す、すいません。大丈夫ですか?」
「いや、こちらこそあまり前を見ていなくて、すまなかった。・・・ん?お前は確か、ヤマダと言ったか」
相手はわたしの顔に見覚えがあったらしい。
こちらからは相手の顔がよく見えないので、洗濯物のカゴを「よいしょ」と置いた。
そうして見た相手は焦げ茶色の髪に騎士姿、ついでにイケメンとくれば、
(・・・ああ、あの時の)
いつぞやかわたしが召喚された現場にいたイケメン脳筋騎士だった。
・・・が、わたしはあえてそ知らぬ振りをして言ってやった。
「どちら様でしたっけ?」
「お前・・・忘れたのか!?あの時、お前が桃姫の召喚にくっ付いてやって来た時、召喚の間に居ただろう。」
(よーく覚えていますよ。わたしにバシバシ殺気を飛ばしてくれやがりましたから)
とは言えないので、
「ああ、そういえばそうでしたね。わたし、自己紹介をしないような人の顔は覚えてられなくって、すみません」
ついでに嫌味を言ってやった。
わたしは桃姫関連のイケメンには、あまり関わりたくないのでさっさとこの場を去ろうとした。
「それは悪かった。わたしの名はディエルゴ・リュディガー。この国の騎士団長を務めている者だ」
意外にも素直な自己紹介を受けて拍子抜けした。
てっきりバカにされて怒鳴り散らすかと思ったが、非礼に対しては素直に謝るのだ、と分かって感心する。
「ディエゴ・るデガー?」
「ディエルゴ・リュディガー」
この人の名は発音しづらい。
「デーゴ・リリガー?」
「ディエルゴ・リュディガー!」
今のわたしの言語能力ではきちんと発音できない。
「ディゴ・りゅ」
「ディエルゴ・リュディガー!!あー、もういい。俺のことはディーと呼べ」
しつこく間違えるわたしに業を煮やしてしまったらしい。
「すみません。まだこちらの言葉に慣れていなくて」
そう素直に謝ったら、「いや、いいんだ。気にするな」と笑ってくれた。
(良い人だ。)
いつかきちんと名前を呼べるようになろう、と思った。
その時、遠くから彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
「だんちょうー!ディエルゴ団長ー!」
すると、彼は「しまった」という顔をして、
「すまない、匿ってくれ」
と脇にある大きな窓にかかったカーテンにその身を隠した。
彼の身長は180cmは超えているが、その2倍はある大きな窓に付いているカーテンなので、易々とその身を隠すことが出来た。
これなら一見して、人が隠れているとは誰も思わないだろう。
こちらにやって来たのは15~16歳くらいの若い騎士だった。
随分、探し回ったのだろう。額にうっすら汗が滲んでいる。
「まったく、これから警備の件に関する会議があるっていうのに・・・一体どこに行ったんだか」
(ディー団長、お前もか。)
とわたしはゲンナリした。
ディー団長は仕事を抜け出して、逃走中だったようだ。
この若い騎士の姿が、生徒会の仕事しないイケメン達を追いかけていた自分に重なる。
「あ、君、すまないがこの辺りでディエルゴ団長を見かけなかったか?」
目が合った若い騎士はわたしに尋ねてきた。
焦った様子から、会議の時間が迫っているのだろうことが予想できた。
わたしには分かる。彼は藁にもすがる思いで尋ねてきたに違いない。
わたしはニッコリ笑って答えた。
「はい、見ましたよ」
「えっ、どこに行ったか分かるかい?」
彼の言葉には喜びと期待が垣間見えた。
(頑張って探してたんだろうな。騎士さん、あなたの掴んだ藁は良い藁ですよー。)
「はい、ここに」
そして、わたしはシャッとカーテンを開けた。
そこには、項垂れるディー団長がいた。
「ヤマダ、お前、匿ってくれって言っただろう・・・」
「すみません。さっぱり聞こえていませんでした」
そう言って笑ったわたしの顔は、きっと目が笑っていなかったに違いない。
長くなりそうなので、次回へ続きます。




