10・小さな騎士 その6
フェイトの想い。
〔フェイト視点〕
―――――殴ったその手が痛かった。
自分は物心付いた時から孤児だった。
周囲には自分と同じような境遇の子供もたくさんいたので、親がいないことを寂しいと思うことはなかった。
みんなを管理する母親的存在のマーサは優しく、ここを頻繁に訪れてくれるダン父さんもいたから、余計に寂しさを感じなくてすんだのかもしれない。
小さな頃から他の子よりも頭が良く、腕っ節も強かったので、いつの間にか仲間を引っ張るリーダー的な立ち居地になっていた。
ダン父さんに「剣を習ってみないか」と言われて始めた剣の稽古はとても楽しかった。
剣の先生となったダリル爺さんは、飲んだくれで年中酒臭かったが、剣の指導は確かなものだった。
稽古に来る者はたくさんいたが、自分は群を抜いて強いという自負さえあった。
どんどん新しい技を覚え、剣の腕が上がっていくのを感じる度、言い知れない高揚感を感じた。
将来のことなど考えもせず、ただ毎日が楽しくて、剣の稽古に集中できさえしていればそれで良かった。
ある日、それは自分より2歳年上のビルと試合をした時のことだった。
開始数十秒で自分に負けた彼は項垂れて悔しそうに言った。
「お前にだって負けるんだ。騎士の試験に落とされたって文句言えないよな・・・」
彼は先日、騎士の試験を受けるために王城へと向かったのだ。
騎士の試験は自分達のような一般庶民にも広く門戸が開かれている。
彼はその試験に落ちたのだ。
それでも、彼は「剣が好きだから稽古を続けて、騎士は無理でも街の自警団には入りたい」と言っていた。
騎士になれなかったことに、まだ諦めが付いていなかったのだろう。
彼は自分の方を睨み付けて言った。
「なあ、フェイト。お前、それだけ強いんだから将来騎士になるよな」
「えっ、俺は別に」
「ならないなんて言わないよな。俺がお前だったら、絶対騎士を目指すよ。いや、目指さないわけない!頼むから、俺の変わりに騎士になってくれよ。お前にはそれだけの力があるんだから!ならないなんて言わないでくれ」
そう強く腕を掴まれ懇願された。
その場は他の人間が彼をなだめて終わったのだが、いつまでもこちらを責めるように見つめていた彼の目が、今でも時折、残像として蘇ることがある。
この時の出来事が、強く将来のことを考えるようになった切っ掛けだったように思う。
ある時、街のゴロツキに絡まれていた女性を助けた時は、
「ありがとう、小さな騎士さん」
とお礼をされた。
孤児院の女の子達の間でも、いつの間にか自分は騎士になるものだと認識されていて、
「フェイトが騎士になったら、私をお嫁さんにしてね」
と言ってくる子さえいた。
マーサにも何かにつけて
「フェイトは良い騎士になるよ」
と言われた。
いつしか自分でも、「将来は騎士になるのだ」と思うようになった。
特にやりたいこともなかったし、もしなれるなら騎士になるのも悪くないか、とさえ思っていた。
そのためにはもっと強くならなければ、と思い、以前にも増して稽古に励むようになった。
それが彼のためなのか、自分のためなのかはよくわからなかったが、強くなるのは単純に楽しかった。
だから、言ったのだ。
「ダン父さん、俺騎士になるよ」
「本気でなりたいと思っているのかい?」
「うん。俺、今では稽古仲間で試合をしたら誰にも負けないし、ダリル先生ももっと強くなれるって言ってくれた。騎士になったら、色んな人がいるだろうし、もっともっと強くなれると思うんだ。だから、俺騎士になるよ」
ダン父さんは優しくて懐の広い人で、何か目指すものがあって悩む子がいれば快く応援してくれる人だったから、きっと自分のことも応援してくれると思った。
それに、彼が昔騎士を目指していたことは知っていたので、きっと喜んでもらえると思ったのだ。
「フェイト、君が本気で騎士になりたいのなら、私も全力で応援するよ。でも、騎士になりたいという理由が力を得るためだというのなら、そんな理由ではとても応援はできない」
彼の言っていることは理解できた。けれど、心が拒否した。
「何でそんなこと言うんだよ。俺は強いし、強いなら何かを目指さないといけないんだ。
だったら騎士になりたいって思ってもおかしくないだろ!?」
なんで分かってくれないの、という思いばかりが反発となって爆発した。
「そんなことでは騎士になれたとしても、いつか絶対に後悔する時がくる。
私のためを思っての言葉なんだったら、気を使ってくれなくていい。君は君の目指す道を見つけなさい」
「俺がなりたいのは騎士だよ!」
半ば自分に言い聞かせるために言った。
「それなら、何のために騎士になりたいのか、もう一度よく考えてみなさい」
ヤマダの言ったことは当たっている。
「力があるなら騎士になれ」と言われた時から、俺は力に固執している。
俺は強いから、騎士になる。
騎士になれば、もっと強くなれる。
そうすれば、この胸のモヤモヤもきっと晴れる。
そう思っていたのに・・・・・
力があるのに、呑気にしてるヤマダに腹が立った。
それでついつい喧嘩腰になって、突っかかって、「『力』は何かを得るための手段でしかない」
と言われた時、ハッとした。
「力が強いこと、もっと強くなることに執着している自分は何様だよ」と言われた気がした。
※ ※ ※
「力を求めて何が悪いんだ。『力』は手段ってなんだよ?全然分かんない」
もう一度、ヤマダを殴った手を見る。
「・・・俺は一体、何になりたいんだろう?・・・・・何を得たいんだろう?」
―――――殴ったその手が痛かった。
思春期の少年の葛藤を描きたかったんです。
自分の文才ではここまでが限界。




