8・小さな騎士 その4
気が付くと、わたしは自分のベッドの上に横になっていた。
「気が付いたか」
脇で椅子に座り、分厚い本を広げていた師匠が声を掛けてくる。
どれくらい意識がなかったのか、外はすっかり日が暮れていた。
窓からはそよそよと気持ちの良い風が入り込んでくる。
「師匠・・・。あれ、わたし孤児院にいたんじゃ・・・。それにリリアは?あの子、火傷してた」
「落ち着きな。あの子供なら大丈夫。そばにいた少年に押し付けてきたから」
押し付けるとは、師匠らしい言い回しだ。師匠がそう言うなら、大丈夫なのだろう。
とりあえずリリアが無事だったのには安心した。
ほっと息を付く。
「さて、一体何があったのか、詳しく話してみな」
わたしは今朝からの流れ(フェイトを構い倒してキレられ、リリアがフェイトの真似をして力が暴走し、それを止めるまで)を自分の感じたことを含めて包み隠さず話した。
一通り話し終えると、師匠がわずかに思案に耽る。
「やはりあれはお前か・・・。思わぬところで力が判明したね。今までの『王の盾』にないタイプだ。大地に作用する力か・・・」
(意味が分からない。)
「あの、師匠?師匠が天才なのはわたしもよく存じているのですが、わたしの足らない脳みそにも理解できるように話してくれませんか?」
丁重にお願いしてみる。師匠は自分で自分のことを天才だとか自画自賛しているが、他人に褒められることも大好きなのだ。
師匠はにまにまして思考から抜け出し、わたしに説明してくれた。
「異変を感じて私がお前の元に向かった時、お前の周囲の草が異常に成長してたんだよ。これの意味するところが何か分かるかい?」
「いえ、さっぱり。あの、草が異常に成長してたって・・・何ですか、それ?」
わたしは気絶していたので、あの後に何が起こったのか知らない。
師匠の目は至って真面目だったので、草が異常に成長したというのは本当のことなのだろう。
(明日、孤児院へ行った時に確認してみよう。)
「あの子供の魔力を吸収して変換させたんだ。『王の盾』の力とは変換の力。ヤマダ、お前の変換の力は大地に作用し、その地を活性化させる力だったってことさ」
「はあ、・・・それはまた、環境に優しい力ですね」
「ぷはっ」
すると、師匠が噴き出した。噴き出して、大笑いした。
この驚きが分かるだろうか。にこやかに笑うことなんて滅多になく、いつもニヤリと皮肉気に笑う人が大口開けて笑っているのだ。あの某有名なジ〇リ作品にでてくる人達のようにアハハと笑っているのだ。これが驚かずにいられるだろうか。
「あははっ。あー腹が痛い。お前、何にも分かってないのな。確かに『王の盾』の力は見た目派手だが、実用性に欠けるけど」
それはそうだ。魔法に対して絶対の盾になるとは言っても、剣などの実物の武器に対しては一切の防御能力はないのだから。
実用性を求めるなら、攻撃魔法の方が遥かに有用性が高いだろう。
「でも、実際に始まりの『王の盾』はその力で王と国を救った。この国の民には、心の底に『王の盾』信仰と言っても過言ではないほどの『王の盾』への希望と信頼が根付いているんだ。それはこの国の安定の基盤でさえある。もしお前が望むなら、この国の頂点にだって君臨することが可能なんだよ」
師匠の目はわたしに「お前はそんな力をどうする?どう扱うつもりだ?」と尋ねているようだった。
「わたしは・・・・・」
師匠の視線が突き刺さる。
「自分のことだって精一杯なのに、国の頂点に立つなんて真っ平ごめん、って感じですね。
元の世界に居た時から思ってたんですけど、わたしってつくづく補佐役って言うか、雑用向けの性格だなって。
だから、この世界でも平穏無事になんとか明日を無事に迎えられる生活が出来れば良いかなって思うんですけど・・・どうですかね?師匠」
頬をポリポリ掻きつつ、こう答えてみた。
「くくっ。欲が無いな、お前は。お前がそう望むなら、それで良いんじゃないか?」
何とか及第点をもらえたようだ。
「じゃあ、私はお前が言う平穏無事な生活が送れるよう、師匠としてサポートしてやるか」
そう言って笑った師匠の笑顔は、珍しく嫌味のない笑顔だった。
※ ※ ※
翌日、わたしは例の件が起こった場所に立っていた。
「おお、見事に成長してますなぁ」
わたしが居たであろう場所の草は、直径1M程の円を描いて異常に成長を遂げていた。
つい昨日まで足首くらいの長さだった草たちは、今はわたしの膝丈ほどに伸び、風に揺れてサワサワと揺れている。
(ちょっとしたミステリーサークルができました、ってか。)
しゃがみこんで、成長した草をつんつん突いたが、成長した以外は特に変わった様子はなかった。
「おい、ヤマダ。昨日のあれって一体何だったんだよ」
わたしがボーッとしてる隙に近づいてきたのか、いつの間にかフェイトが後ろに立っていた。
(目の前であんなことが起こったら、誰だって気になるよね。)
「さあ?ここは日当たりが良いから、草が頑張って成長したんじゃないかな?きっと草もめいいっぱい大きくなりたかったんだよ。うん、世界の不思議だね」
誤魔化してみた。
「ここ壁際だからそんなに日が当たることないけど?草が頑張って成長するわけないだろ。お前、俺のこと馬鹿にしてんの?それ、昨日お前の師匠だって人も言ってたけど」
自分でも無茶があると思ったが、師匠も同じことを言っていたとは思わなかった。
(あーやだやだ。同じ家に住んでると思考回路が似てくるのかな?もっと上手い言い訳を考えてくれば良かった。)
「わたしは、ただリリアの暴走を止めただけだよ。リリアが助かったんだから、別にいいじゃん」
「あんなの誰にでも出来ることじゃない。魔力が強い人間だって、あの業火の周りに結界を張って抑え込むくらいしか対処のしようがなかった。お前、あんな強い力があるのに俺達に黙ってたのかよ。お前、ここに何しに来たんだよ」
孤児院にやって来た言葉も碌に話せなかった人間が、得体の知れない力を持っていた。
フェイトの中では、わたしに何か含むところがあってこの孤児院に来た、という図式が成り立っているらしい。お前は中二病か、と突っ込んでやりたい。
「何って、子供達に触れることで言葉を学びに来ただけだよ」
「ふざけんなよ。あんな力を持った奴が言葉を学びに来ただけってことあるか」
フェイトはその理由では納得いかないらしい。
(えらい突っかかってくるよなぁ。面倒くさい。)
いつまでも「理由を話すまで動かないからな」という様にわたしを睨み付けるフェイトに、わたしの中でプチッと何かが切れそうになった。
二人の言い争いが続きます。




