5話 初めての特訓
翌日。
俺は目を覚まし、重たい瞼を開く。
目に映り混んでくるのは、いつもとは違う天井。
そして、俺が寝ていたのは自室の物よりも固いベッド。
俺は改めて、自分が異世界に来たことを実感する。
ふと隣に目を向けると、愛莉が規則正しい寝息を発てて寝ていた。
俺は起こさないように愛莉の頭を撫で、窓から外を見る。
まだ空は暗く、太陽は昇っていない。
俺は起き上がり、背伸びをしてから部屋を出た。
「あっ、おはようございます!」
1階に降りると、昨日の女の子がモップで床を拭いていた。
なるほど、少し古い感じはするがモップはあるのか。
「おはようございます。早朝の鐘ってもう鳴りましたか?」
「いえ、まだ鳴っていませんよ」
「分かりました。ありがとうございます」
「えっと、敬語じゃなくて大丈夫ですよ。もっとフランクな感じで!」
女の子は苦笑いを浮かべながらそう言う。
「んんっ、分かった。これからは固い口調は使わないようにするよ」
「はいっ」
それから数分、俺は女の子──ミュウと世間話をして部屋に戻った。
「お兄様っ!」
扉を開けた途端、中から愛莉が飛び付いてきた。
俺は愛莉を受け止めると、ゆっくりと頭を撫でる。
「おはよう、愛莉」
「あ、おはようございます」
愛莉と朝の挨拶を交わすと、俺は再び頭を撫でる。
愛莉は気持ち良さそうに微笑み──そしてすぐにガバッと頭を上げ、俺を見つめる。
「ん? どうかしたか?」
「お兄様、こんな朝早くから私を置いてどこに行ってたんですか?」
少し圧のある言い方。これは愛莉が怒っていることのサインだ。
「ただ1階に行ってただけだぞ。昨日の桶を返しにな。それからミュウ、あの女の子と少し世間話をしただけだ」
そう言うと、愛莉は唇を尖らせる。
「ほー、もうお兄様はあの子の名前を聞くくらい仲が良くなったんですね」
愛莉は拗ねるような口調で言う。
俺は苦笑いを浮かべながら、愛莉の頭を撫でた。
「……このくらいじゃ許しませんからね」
「分かったよ。なら、寝癖直してやるからそれで許してくれ」
今まで触れてこなかったが、寝起きなだけあって愛莉の艶のある長い黒髪は、所々明後日の方向へ跳ねている。
「……分かりました」
愛莉の返事を聞くと、俺は先程教えてもらった井戸の所に向かった。
地下水を汲み上げ、手を濡らす。
そして俺は手櫛で愛莉の髪を解いていく。
残念ながら、櫛などの便利品はなかった。
数分程掛けて、愛莉の長い髪を解き、最後に優しく頭を撫でた。
「んぅ~♪」
愛莉は気持ち良さそうに喉を鳴らす。
それから部屋に戻り、昨日買ったロングソードを装備する。
コンコン。
とその時、扉が軽くノックされた。
「はい」
俺はすぐに扉を開ける。
「おはようございます! 少し早いですが朝食の準備ができました。もう食べますか?」
「は……うん、宜しく」
「分かりましたっ!」
ミュウちゃんはビシッと敬礼すると、トテトテと1階に降りていった。
「愛莉、行くぞ」
「はい」
俺たちはミュウちゃんに続いて1階に向かった。
♡
今日の朝食はパンにポテツ入りの野菜スープ、それにデム豚の塩焼きと、昨日の夕食と全く一緒だった。
強いて違いを上げるとしたら、スープに入っている野菜の量が多かったり、豚の使われている部位が違うくらいだ。
もしかしたら、この異世界ではパンやポテツ、デム豚が主流なのかもしれない。
俺と愛莉は「いただきます」と声を揃え、朝食を食べ始めた。
俺たちの行動にミュウちゃんが不思議そうに首を傾げていたところを見ると、こういったことは異世界にはないらしい。
朝食を食べ終えた俺たちは、朝食代を払って火狐亭を後にした。
向かう先はギルド。ドゥーエンさんたちと待ち合わせをしている。
と言っても、まだ早朝の鐘は鳴っていないが。
俺たちはゆっくりと静かな街を歩く。
昨日は寝るまで騒がしかったが、朝は正反対に静かだ。
いや、ただ俺たちが早かっただけかもしれない。先程から目につく人たちは全員店の人ばかりだ。
ギルドに着き、俺たちは中へ入る。
まだ冒険者は誰一人来ておらず、だが受付は全員揃っていた。
取り敢えず、俺は昨日の受付嬢の元に行き、声を掛ける。
「おはようございます」
「おはようございます。お早いんですね、トーヤ様」
「えぇ、まぁ。ドゥーエンさんたちはまだ来てませんか?」
「はい、まだ来ていません。もしかして、ドゥーエンさんたちのパーティに入るんですか」
「はい」
「良かったですね。ドゥーエンさんたちはこのルイスの中でも上位に来る程の実力者ですよ」
「えっ、そんなに凄い人たちなんですか?」
「えぇ。そのくらいの強さがないとたった3人で10近く冒険者を続けることは不可能です」
……なんと、ドゥーエンさんたちはそんなに凄い人たちだったのか。……後でランクを聞いてみよう。
「雑談に付き合ってもらいすいません」
「いえいえ、気にしてませんよ。それに楽しかったですから」
そう言い、受付嬢は満面の笑みを見せる。
「最後に、あなたの名前を教えてもらえますか?」
「私ですか? 私はニィゼルです」
「ありがとうございます。ではまた来ますね、ニィゼルさん」
「はい」
ニィゼルさんとの会話を終え、愛莉の座っている席に行くと──愛莉は頬を膨らませ、ジト目で俺を見てきた。
「お兄様は手が早いんですね」
「言い方が悪いぞ。見知らぬ地で暮らしていくには、まず交友関係を広げるべきだ。そのために仲良くしようとしているんだ」
「そう言うとなんだかお兄様が下衆に思えてきます」
「ははっ、まいったな」
それから俺たちは、雑談をしながらドゥーエンさんたちを待った。
♡
太陽が昇り始めた頃、ドゥーエンさんたちがギルドにやってきた。
「おっ、トーヤとアイリ、俺たちより早く来てたのか」
「おはようございます。はい、少し早く起きたもので」
そう言うと、ドゥーエンさんは「早起きは良いことだからな。続けろよ」と言ってくる。
「さて、予想よりも早かったな。それじゃあ……もう始めるか?」
「はい」
場所変わり、ルイス近くの林。
俺はロングソードを両手で握り、真っ直ぐ構えていた。
剣道なども初歩的なことは教わったが、西洋剣や戦闘訓練なんかはやったことがない。まぁ、平和な日本にすんでいたから当然か。
「いいか? 剣を使うとき一番に考えることは、どれだけ真っ直ぐ、そして鋭く振れるか、だ」
「真っ直ぐ、鋭く……」
「そうだ。いくら早くても腹で叩いてちゃ切れねぇし、逆に剣が折れやすくなっちまう。だから最初は真っ直ぐ刃で切ることを意識しろ」
俺は「はい」と返事をすると、ゆっくりと素振りを始める。
俺が素振りを始めると、マルエルさんが「おぉ」と声を上げる。
「初めてにしては上手だね」
「そうだな。なぁトーヤ、お前剣を振ったのは今日が初めてだよな?」
「はい」
俺は素振りをしながら答える。
素振り中に早朝の鐘が鳴り、一度休憩を挟んだ。
休憩を終えると、今度は体力を付けるために5人全員でルイスの壁を添って走った。
感覚的には、1週1時間程だった。
ランニングを終え、愛理はルーヒーさんと魔法の特訓。俺は木剣を使い、ドゥーエンさんと実践形式の訓練を始めた。
が、ニィゼルさんから教えてもらった通り、ドゥーエンさんは強かった。
俺の攻撃は全て躱され、逆に攻撃を当てられる。
素人の俺でも、ドゥーエンさんの強さは痛いほど分かった。
実践形式の訓練を終えて、俺はせめて2週間以内に一度だけでも攻撃を当てよう、と心に決めた。
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