16話 起死回生
久しぶりの投稿です。今まで投稿できなくてすいません。
ゴブリンたちが振り下ろす武器は、何故かとても遅く感じた。だが、それは俺が速くなったわけではない。
そう、例えるならフィクションの映画で描写されるような、死の間際に感じる遅延感。
自分の体も動かず、相手の動きも遅い。どうくるかなんて分かっているのに、それに反応することが出来ない。
そうこう考えているうちに、少し錆び褪せた刃は俺の命を奪わんと迫ってきている。
ふと脳裏に過るのは、異世界に来てからの、楽しそうな愛莉の姿。日本では見ることの出来なかった、心の底から楽しんでいる愛莉の笑顔。
こういうのが、走馬灯って言うのかな。
もはや抗えぬ現実の前に、俺は反って冷静に楽観していた。
あぁ、俺が死んだら、愛莉はどうなるのだろうか。俺を追って自殺でもするのか? それとも、俺を殺した奴らに復讐し続けるのか?
そう考え、それはダメだとすぐに否定する。
俺はまだ死ねない。死ぬわけにはいかない。だってまだ、俺は──
「お兄様!」
意識の奥底に沈んでいた俺の思考は、愛莉の呼び声に一気に目覚める。
そのことで、先程までとても遅く感じた世界は普通の速度を取り戻した。
それと同時、俺は【身体強化】をフルに発動し、全力で後方に跳躍。
間一髪のところで、ゴブリンの刃を避けることが出来た。
そして俺が離れた直後、愛莉の放った《ファイア》がゴブリンたちに襲い掛かる。野球ボールのサイズの火球は、一体のゴブリンに当たると炸裂弾のように弾け四散し、その周りにいたゴブリンたちも焼いた。
最初に直撃したゴブリンと、そのゴブリンに近かったゴブリンは全員炭と化したが、何体かはまだ生きておりその鋭い瞳を愛莉に向けている。
空かさず俺は地面を蹴り、残りのゴブリンたちの首を一瞬で切り落とした。
「ナイスフォローだったぞ、愛莉」
「ふふっ、ありがとうございます。お兄様も、いいスイッチでしたよ」
馬車から駆け寄ってきた愛莉を抱き締め、言葉を交わす。
そしてすぐに、俺と愛莉はゴブリンの集団へ目を向ける。
「それにしても、まさかゴブリンが出てくるなんて、嫌な予感が的中したなぁ」
これは多分、キングの固有スキルかなにかなのだろう。あの咆哮といい、ゴブリン生成といい、まったく厄介な相手だ。
「愛莉、一気に大量のゴブリンを斃す魔法はあるか?」
「なくはないですが……」
現状を切り開くための鍵になると踏み尋ねてみるが、歯切れの悪い反応が返ってくる。
「少しMPが足りないです。多分、ポーションで回復してもギリギリだと思います」
「そうか……」
それならば仕方ない。と割り切り、次の作戦を考える。
そして思い付いたのは、ただ【身体強化】をフルで使い、駆け回りながらゴブリンを殲滅させるという、脳筋な作戦だった。
だが、現状だと可能性が高い作戦はこれくらいだろう。今みたいに一人が少数を斃していくよりも、ずっと効率はいいと思う。
「だけどなぁ」
「? どうかなされましたか、お兄様」
「あぁいや、なんでもない」
ポツリと漏れた俺の呟きに、小首を傾げる愛莉。
さて、本当にどうするか。こんな無茶な作戦を遂行できるのは、マルエルさんくらいだろうし。
マルエルさんなら、片手直剣で動きやすく、すれ違い様にゴブリンを斃すくらい簡単だろう。だが、ドゥーエンさんは勿論、騎士団の人たちは絶対に出来ない。
ドゥーエンさんの場合は、その場に留まってあの大剣を振り回していた方が数倍強い。騎士団は……あの飾った鎧が重りになって動けないだろうなぁ。
「──トーヤくん」
「うわぁっ!?」
他の作戦はないかと思考を巡らせていると、不意に背後から声を掛けられた。
まぁ俺
まぁ俺をこんな呼び方する人なんて、一人しかないない。
「ど、どうしたんですか、ニィゼルさん」
平常心を取り戻しつつ、防具に身を包んだ受付嬢に尋ねる。
「いえ、偶然見掛けたので声を掛けただけです」
「えぇ……」
ニコリと笑うニィゼルに、俺は思わずため息を吐く。
「貴女という人は……」
それに対し、愛莉は不機嫌そうに頬を膨らませている。
「あらあら、なんでしょうトーヤくんの妹さん」
「私には愛莉という名前があります。ちゃんと呼んでください」
「そうですか、それではそう呼ばせていただきますね。アイリちゃん」
「うがー!」
二人とも、ゴブリンそっちのけである。
「さてと、それでは本題に入りましょうか」
「あ。あったんですね、本題」
当然ですよ、と唇を尖らせるニィゼルさん。まぁ可愛いけど……何故だろう、愛莉からの威圧が。
「トーヤくんは気付いてますか? ゴブリンが増えていることに」
「ニィゼルさんも気付いてたんですか。はい、気付いてましたよ。といっても、気付いたのはついさっきですけど」
現に目の前でゴブリンが発生したところを見たし。
「そうですか、なら説明は不要ですね」
「はい」
「それでは私が考えた作戦を説明しましょう。まぁただ、単純に私が広範囲のスキルでキングまで道を開けるので、そこをトーヤくんが突っ切ってチェックメイト。どうです、簡単でしょう?」
聞き捨てならない言葉が何個か出てきたんだが。
「広範囲スキル、ですか」
「はい、と言いましても、斬撃を直線上に飛ばすだけですが」
「なるほど、まぁそこまでは分かります。ただ、どうして突撃するのが俺だけなんですか?」
確かゴブリンキングは単体でもBランク冒険者が5人はいるはずだ。それを、俺だけで? 無茶にも程がある。
「そうですよ、確かにお兄様は強いですが、その作戦は無茶すぎます」
「大丈夫です、安全は私が保証します」
反論する愛莉に、ニィゼルさんは胸に手を当て答える。
「大丈夫です、トーヤくん。もっと自分に自信を持ってください」
「……っ!」
子を勇気付けるような、優しい口調でそう言うニィゼルさん。その言葉を聞いた途端、身体中に電撃が走ったような感覚に襲われた。
こんな言葉、親に言われたことがあっただろうか。
少し日本のことを思い出す。しばらく封じられていた記憶を辿るが、全く経験になかった。
「……分かりました、やってみます」
「お兄様!?」
初めて言われた、親のような優しい言葉を、俺はすんなりと信じることができた。
そうして答えを出すと、愛莉が抗議するような、悲しそうな瞳を向けてくる。
愛莉がどう思っているのか、分かるに決まっている。愛莉は心配なのだ、キングと戦って俺が死ぬかもしれないと。なら、俺がすることは一つ。
「愛莉、俺はキングを倒しに行く。……だけど、一人じゃ絶対に厳しい。だから後ろからサポートしてくれるか?」
「お兄様……っ」
俺の頼みに、愛莉は花が咲いたように微笑んだ。
「分かりました。お兄様を全力でサポートします。なのでお兄様、帰ったらご褒美くださいね?」
「あぁ、宿に帰ったらハグでも添い寝でもしてやるよ」
「できれば一線を越えてほしいのですが──」
「それはまだなしだ」
いい雰囲気をぶち壊す愛莉。それに空かさず俺は突っ込みを入れた。
「まだ、ですか。ふふっ、ではその時を楽しみにしてますね」
「気が早いわ」
「……二人とも、私の存在を忘れてませんか?」
話が纏まったところで、ニィゼルさんが声を上げる。
「勿論、忘れてませんよ」
「私は忘れてましたけどね」
俺と愛莉は別々の答えを口にし、そして笑った。
「改めて、お願いしますニィゼルさん」
「はい、任せてください」
心強い返事をすると、ニィゼルさんは長剣を後ろに引いた。
それに合わせ、俺は姿勢を低くし意識を集中させる。
さぁ、覚悟しろよ、ゴブリンキング──
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